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スークレヒトがそれほど熱心に見つめているにもかかわらず、ヴェイアのほうは彼に何の興味もないらしい。ふりむきもせず角を曲がって姿を消した。
そこで医天使はようやくほっとし、気をとりなおすように深呼吸して扉をノックする。
「どうぞ」
明るい声が応える。
扉を開けると、エミディールがいつものように優しく微笑んだ。
「遅かったな、スーク。待っていたんだぞ」
美しく波打つ豊かなブロンド。透きとおる白皙の肌に、紅を差したような頬。
完璧な造形。
威厳と優美さを併せもつ姿は、まさに人間が思い描く最高の天使。天使の中の天使そのものだ。
大天使の姿は、主に人間界でひんぱんに描かれる宗教画のイメージを反映している。
天使には肉体も性別もない。
したがって、本来は外見もない。
生殖もしないし、めったに死なない。
いつ、どこから生まれたのかも定かではない。
時間的にも空間的にも、輪郭はあやふやなものだ。
とくに中天使や小天使には、人外の姿をとるものや、姿形のないものも多い。
しかし「大天使」とよばれる天使たちは比較的はっきりした輪郭をもつ。
宗教画はひとりひとりの天使について特定のイメージを創り出し、それが大衆の間で共通イメージとなる。
すると天使の姿は、人々のそうした空想に影響されて自然に変化する。
スークレヒトは今でこそ男性形に定着しているが、昔は女性形や動物形だった時代もある。
髪の色は今でも変わる。
亜麻色のことが多いが、黒髪のときもあれば金髪のときも銀髪のときもあり、場合によってはピンクだったり緑だったりといそがしい玉虫色だ。
もっと以前は形などなかった。形ができたのは、彼の長い半生から考えれば、ごく最近のことだ。
総帥エミディールは、大天使の中で唯一、いまだ性の別がはっきりしない。
《愛の国》を統べる第一の天使であるにもかかわらず、あるいはそれゆえにというべきか、男性形に描かれることもあれば、女性形に描かれることもある。
ただ、その豊かな黄金の髪と堂々とした佇まい、健康的で優しい顔立ちの上品さは、エミディールを描くすべての芸術家が、持てるすべてを注いで表現しようとする。
慈愛と保護とをつかさどるものは、男性性と女性性とをを同時に体現するということの象徴かもしれない。
しかし、ここではスークレヒトのごく個人的な好みにしたがって、エミディールのことは「彼女」と呼ぶことにしておく。