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総帥が何を考えているのか、スークレヒトにはさっぱり理解できない。
彼の心配は大きくなるばかりだ。
思うに、エミディールは昔から、新しいものや珍しいものにめっぽう弱い。
しかも、夢中になると、まわりが見えないほどのめりこむ癖がある。
さらには地上のものが大好きだ。
ついこの前も、唐突に異次元からのお取り寄せグルメに凝って、一週間毎食『あんぱん』なる怪しげな地上食を食べつづけ、皆を心配させた。
もっとも、地上食はいくら食べても、おなかが空いて力が出ないのだそうで、これまたある日突然、ふつうの天界人の食事にもどっていたが。
きっとまた、悪い癖が出たにちがいない。
その証拠に、今もヴェイアと話すエミディールの声は少々はしゃぎすぎている。
扉に耳をひっつけたままスークレヒトが一人でいらいらしていると、扉の向こうで、急にヴェイアが退出のあいさつをした。
つづいて、エミディールが屈託なく見送りの言葉をかける声が聞こえる。
「そうか――では残念だが、また明日な」
「御意」
(明日も来る気か!)
腹を立てている隙に、室内からヴェイアの足音が近づく。
スークレヒトはとっさに扉をはなれて廊下を曲がり、走って柱の影に身をかくした。
立ち聞きしていたことが知れては、さすがに体裁が悪い。
柱の影からうかがっていると、ヴェイアが扉を出てこちらへ歩いてくる。
スークレヒトはあわてて、走ったせいで乱れた髪をなでつけ服をととのえた。
そして、さも今はじめてやってきたような何食わぬ顔でヴェイアとすれちがう。
ヴェイアは軍人特有のきびきびとした身のこなしで、深々とスークレヒトに一礼して通り過ぎた。
スークレヒトもむろん礼を返したが、うっかり、その人間あがりの将軍が漂わせる威厳に圧倒されてしまい、妙な敗北感と自己嫌悪とを感じる。
生涯をほとんど休むことなく戦場で将軍として過ごしたヴェイアは、天に引き上げられてなお、彼の生前からの特徴である、黒づくめの甲冑とマントを身にまとう。
エミディールの執務室の前で、スークレヒトは、ヴェイアのその漆黒の後ろ姿を用心深くじっと見送った。
なにか嫌な予感がする、と彼は思った。
が、それは「嫌な予感」というより、単に「『嫌なやつ』という感じ」にすぎない。そのことに、彼は自分で気づいていないのである。