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考え込んでいると、そのギムエが再びアンセルを肉体の前に引きずっていこうとする姿が目に入った。
「あ、待って」
スークレヒトがあわてて制した声に、ギムエは疎ましそうに、眉間にしわを刻んで振り向く。
「何だ」
「王子はもうすこし休ませたほうがいいよ。まだ霊体の回復が充分じゃないから」
するとギムエは舌打ちした。
それでも、放り出すようにアンセルから手を離すと、ぎろりとシェリーゼのほうへ目をやる。
スークレヒトは急いで言った。
「彼女はもっと無理だ」
その言葉に、ついに堪忍袋の緒が切れたとばかり、ギムエは声を張り上げた。
「いいかげんにしろ! じゃあ、どうしろと言うんだ」
「しばらく待つんだよ」
「ふざけとるのか。どうして貴様はそう悠長なんだ」
「焦ったってよくならないだろう。無理して霊体を弱めてしまっては、元も子もないよ」
「だったら薬を出したらどうだ! 貴様の取柄はそれだけだろうが!」
スークレヒトは一瞬考えた。
たしかにそれだけである。
「だけどねえ」
スークレヒトが溜息をつくと、今度はギムエが彼に先んじて言う。
「まさかおまえ、この期におよんで、それは天界法違反だとかぬかすんじゃあるまいな」
「そのつもりなんだけど」
するとギムエは、今度はなぜか哀れむような心配げな眼で、スークレヒトの顔をまじまじと見て言った。
「おまえ、大丈夫か。頭ん中に花でも咲いたんじゃねえのか? よく考えろよ。これが誰かの陰謀なら、放っておけば何が起こるかわからんだろう。誰が何の目的でやってるのか不明だが、それだけに、手がつけられなくなっちゃ困る。とにかく急いで収拾をつけなきゃならん」
たしかにそのとおりである。
正直なところ、今ではスークレヒトも、ギムエの意見に傾きかけていた。
「だけどねえ、」
「おい」
ギムエはいきなりスークレヒトの肩をわしづかみにして、その手にぎりぎりと力を込めた。
彼の額にはいまや青筋が立ち、目は血走って必死の形相だ。
その顔でにじり寄られて、スークレヒトはびくりとした。
「な、何?」
「いいか。とにかく責任は俺が持つ。何でもいいから薬を出せ。他に手段が思いつかん」
どうやらギムエは、スークレヒトの態度を、単なるいつもの優柔不断だと思ったらしい。
「……君はそう言うけど。でも何せ、天界の薬を地上人になんて、ほとんど使用経験がないんだよ。何が起こるかわからないんだから、それこそ何か、とんでもないことにでもなったら」
しかも、相手はただの地上人ではない。
王侯貴族、つまり国全体の指導者層だ。
それも自国だけではない。近隣の多くの国々の、である。
下手をすれば、周辺世界全体を大混乱に陥れかねない。
だがそんなことはスークレヒトに言われるまでもない。無論、ギムエだって百も承知している。
「だから、そのときは俺が責任をとると言っているだろう」
「責任って、どうやって? 君は薬のことなんか、何もわからないじゃないか」
「……そうだが。とにかく、裁判上の罰は俺が受けるって意味だ」
「でも、死んだ魂や肉体を元に戻すわけにはいかないし、一度起こった歴史をやり直すわけにはいかないよ。罰を受けることと責任をとることは別じゃないのかな」
「……」
ギムエは歯ぎしりした。
が、やがて数度深呼吸すると、こう言った。
「じゃあ、おまえ、このまま放っておいて、もし地上がよからぬ輩の餌食になったとき、どういうふうに責任をとってくれるんだ?」
「……」
スークレヒトは数秒考えて、すぐに両手を挙げた。
「わかったよ。薬をつくろう」