表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天使たちの騒々しい日々  作者: 三井ゆず
3.一大事の勃発
22/24

3_02


 結果、出てきた答えは、なんとも安直なものだ。


「とにかく、地上人の医師に彼らを診せる手段を考えよう」


 すると、ギムエが怒鳴った。


「この状態を、外部に知らせろというのか? 何のために俺が今まで見張ってたと思ってる。大騒ぎになるぞ」


 焦って考えた結果なんて、こんなものだ。

 たいてい、ろくなことにはならない。


 ギムエの髪は逆立ち、まるで咆哮する獅子そのものだ。

 スークレヒトはすっかり恐れ入った。

 そのうえ、ジェディスまでもが夫の加勢にやってきて文句を言う。


「まったく。スーク、あんた仮にも智恵の天使なんでしょう」

「え、まあ」


 そういえば、そんな役職もあった。

 スークレヒトのいかにも気のない返事に、ギムエもジェディスも苛立ちを隠せない様子だ。

 もちろん二人とも、はじめから隠す気など毛頭ないらしいことは言い添えておく。


「もうすこしマシなことは思いつけんのか」


 ギムエの怒号に、天上のシャンデリアがゆらゆら揺れた。

 彼の部下の中天使や小天使があわてて集まり、落ちそうになったロウソクを固定する。


 そのときスークレヒトは、一瞬、違和感をおぼえたのだ。が、


「聞いてるのか、スーク!」

「わ。聞いてるよ」


 ギムエの罵声に、スークレヒトはまた一歩下がる。

 下がりすぎて、ついに体が壁面にのめりこんでしまった。


 たとえ物質体がない天使でも、壁に埋没するのはあまり気分のいいものではない。

 おまけに前方間近には、あいかわらずギムエの顔だ。


(閉所恐怖症になりそうだよ)


 そう思った時には、かすかな違和感は、すでにどこかへ吹っ飛んでしまっていた。


 この状況に助けを求めてジェディスを見たが、無駄だ。

 彼女はすでに、アンセル王子たち王族の霊体と、熱心に何か話し合っている。

 夫が小火ぼやを起こしかけようが、男に迫ろうが、一切関心はないらしい。


 ギムエの鷲鼻はほとんど顔にくっつきそうなほど迫っている。

 それをなんとか回避するため、スークレヒトの頭は、往生際悪くフル回転した。


「ねえ。だけどギムエ。今日中に帰る予定の客もいるんだ。家族が心配して探しはじめれば、ことが公になるのは時間の問題だよ。それよりは」


 スークレヒトが言うと、ギムエはうなる。

 突然、気弱な声になって言った。諦めきれないらしい。


「だが、妙な噂が立つのは困るだろう。今後の問題もある。事前になんとかしたい」

「それはわかってるけど……」


 スークレヒトだって、できるならば何とかしたい。

 考えながら、ふと、元凶であるケーキと、そこから湧き出る黒いもやに目をやる。


(あれ?)


 いまだにさまざまの悪意を吐き出しつづけているケーキだが、よく見ると、”眠り”そのものを出しているわけではないらしい。


(そうか、悪意同士がぶつかって反応した結果が”眠り”なのか)


 通常の人間にもよくあることだ。


 大きな感情におそわれたとき、人は、無意識にその状態から逃避しようとすることがある。

 症状はさまざまだが、人に会いたくないとか、何も手につかなくなったりするのがいい例だ。

 休んだり眠ったりすればよくなることも多い。

 あるいは眠れなくなったり、逆に、いくら寝ても眠いということもある。


 同じことがいま、ケーキから出る悪意でも起こっているらしい。

 濃すぎる感情が、みずから反応し、やがて”眠り”という逃避状態におちついてゆくのだ。


 その証拠に、ケーキのそばでは何種類もある感情が、部屋に広がるにつれ、ただひたすらに濃い、”絶望”と”眠り”だけになっていく。


(しかし、だとしたら、”絶望”の最終段階が”眠り”だったのは、まだしも救いだな……いまのところ、だけど)


 つまり、病気や死にくらべれば、という意味だ。


 自分のなかで処理できないほど”絶望”が長引いたり、激しい場合、悪くすれば、病気になったり、死に至ることもある。


 それを考えながら、スークレヒトははっとした。


「そうだ、ギムエ。”絶望”の影響をはねかえせるくらい希望に満ちた人物なら、覚醒できるんじゃないのかな」

 

 もし誰か一人でも目覚めれば、その目覚めた者が、ほかの人間たちを起こすよう、現実世界で取り計らうだろう。


 ギムエは一瞬、きょとんとしたが、しばらく考えてうなずいた。


「やってみるか。つまり、いま一番幸せな人間……当然、花婿と花嫁だろうな」

 

 見ると、アンセルとシェリーゼは悄然として、自分の肉体のかたわらに佇んでいる。


 ギムエは急に指揮官らしく胸を張り、ジェディスと王族たちを呼び集めた。

 さっそうとした姿勢には、ようやく本来のギムエらしさが垣間みえる。

 彼はてきぱきと作戦を説明し、命令を下した。


「花婿か花嫁、どちらか一人ずつやろう。ジェディスとスークの小天使は、集められるだけその一人に集めて、覚醒を補佐するエネルギーを与えろ。それから」


 本人たちの守護天使はもちろん、家族や、土地の守護天使たちも全員、協力しようと集まってくる。

 これだけ天界人のエネルギーが一人に集中すれば、瀕死の人間でも蘇生できそうなほどだ。


「どちらからやる?」


 ギムエの問いに、花婿のアンセル王子が、完璧に爽やかな笑顔をもって一歩前に進み出た。


「もちろん、私から」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ