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天使たちの騒々しい日々  作者: 三井ゆず
3.一大事の勃発
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 ジェディスは、天上界の大地である聖なる雲を突き抜け、ぐんぐん地上世界へと近づいていく。

 戦いの天使も顔負けの高速飛行だ。

 その速さに、スークレヒトは舌を巻いた。


 ちなみに、その間ずっと、彼はジェディスに首からぶら下げられたまま飛んでいる。

 風にあおられ、目を回しそうになって、遠慮がちにこう言ってみた。


「ねえ、ジェディス。頼みがあるんだけど。この姿勢、もう少し、どうにかならないかな」

「黙ってないと落っことすわよ」


 言われて、彼は地上を見下ろした。

 気づけば、ここは天界と地上界のはざまで、最も高度な飛行術を要する場所だ。


 今いきなり手を離されたりしたら、たぶんどんな天使でもバランスを崩して墜落するだろう。

 へたをしたら地獄行き、天使といえど分解して消滅しないともかぎらない。


 まして、スークレヒトの飛行技術はお粗末そのものなのだ。

 二度と口がきけなくなる前に、みずから口を閉じるほうが賢明なようだった。



 だんだん地上に近づくにつれ、王都がはっきり見えてくる。

 ここはすでに、「地上界」のうちの天空だ。

 空から見下ろすと、王城全体が濃いどんよりした邪悪な気配に包まれているのがわかる。


 そのちょうど大広間に位置する辺りから、多くの小天使が空へと昇り、やがて天上界へと消えていく。

 彼らは溢れ出す悪意の感情を浄化すべく、それらを天界へ運んでいるのだが、とてもでないが手が足りていない様子だ。


「ギムエ、連れてきたわよ」


 城の真上でジェディスは叫び、スークレヒトともども王城の屋根を高速ですり抜けて、直接、大広間へと入った。


「待ちかねたぞ、スーク!」


 破鐘われがねのような声がとどろく。


 多くの部下を従えた堂々たる体躯の男天使が、広間の中央で巨大な翼を所狭しと広げて仁王立ちし、スークレヒトを待ち構えていた。


 知らない者が見たら、ひるんで逃げ帰りたくなるだろう。

 まるで威嚇されているかのようだ。


 だが、長年付き合いのあるスークレヒトには、一応、それが歓迎の挨拶であることがわかる。

 ただし、わかっていても恐ろしいことには変わりない。


 彼の名はギムエ。今、この場を統轄し警護している大天使だ。

 治安と法、そして正義をつかさどる大天使であり、ジェディスの夫でもある。


 スークレヒトはようやくジェディスの手から解放されて地上に降り立つと、ギムエに近づいた。


「現状は?」

「見てのとおりだ」


 惨憺たるありさま、と言っても言い過ぎではないだろう。


 大広間には、着飾った人々が折りかさなるように倒れ、肉体は死んだかのように眠っている。

 彼らの霊体は、困惑した様子でそこらをさまよっていた。


 幾人かが、みずからの守護天使などの励ましを受けて、体に戻ろうと試みているが、ことごとく失敗している。

 体にはね返されてしまうらしい。


 ときおり、一時的に体と霊体の融合に成功するものもいるが、金縛りのような状態になるのが限度で、また眠りのほうへ引き戻されてしまう。

 覚醒できたものは、まだひとりもいない様子だ。


 部屋には”眠り”に混じって、悪意と失意、幻滅の感情、”絶望”が色濃く漂っている。


 ふだんは威厳と自信にあふれたギムエも、どことなく弱った表情をみせていた。

 獅子のたてがみのような髪をかきむしり、言う。


「さっぱりお手上げでな。これは眠りの毒なんだろう。天界人の仕業だ」

「うん、おそらくね」

「そこでだ、スーク」


 ギムエは、彫りの深い、いかつい顔でスークレヒトに迫る。

 スークレヒトは一歩あとずさった。


「な、何?」

「おまえの薬で、何とかならんのか?」


 にじり寄るギムエに、スークレヒトは後退しつつ、なるべく穏便に言う。


「何とかと言われても。地上人相手に、天界の薬を使うわけにはいかないだろう?」

「そこを何とか。地上の薬だってかまわん。何かあるだろう」

「地上の薬は、肉体に飲ませなければ効果はないよ」

「飲ませりゃいい」

「また無茶を」


 天使が地上の薬草を直接病人に飲ませたりしたら、それこそ怪奇現象だ。

 天界法に違反している。

 それも数百人規模の人間になどありえない。


 法の天使の発言とも思えない。

 それだけギムエも焦っているということだろう。


(――冷静になるべきなんだ)


 スークレヒトは自分に言い聞かせる。

 おちついて考えれば、もっと穏当な手立てが、まず何かしらはあるはずだ。


 一刻も早く、恐るべきギムエの顔から逃れるべく、スークレヒトは必死で頭をめぐらした。


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