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天上の宮殿を、スークレヒトは総帥の執務室へと歩いている。
髪は腰まで長く、つややかな亜麻色のストレート。眼は切れ長で細面。
几帳面に唇をひきむすんだ姿は、全体に線が細く中性的な美しさがあり、かつ涼やかで落ち着いた印象だ。
中身が伴っていないのはご愛嬌。天使の姿は、人間のとどまることなき理想と妄想の体現なのである。
スークレヒトは医天使であり、多くの天使を部下にもつ「大天使」のひとりだ。
この次元の天使には、大・中・小天使という三段階の階級がある。
その呼び名はどうも単に大きさを表しているような誤解を生むので、特上・上・並天使と呼んではどうかとの議論も一時は白熱したが、最近はうやむやのまま下火になったらしい。
スークレヒトにいわせれば、どうだってよい無駄な議論である。
さて、総帥エミディールに部署の活動を報告することは、スークレヒトの毎朝の日課のひとつだ。
彼は総帥執務室の前に立ち、ドアをノックしようとして手を止めた。
中から、楽しげな談笑の声が聞こえてきたからだ。
(……また?)
おもわず、スークレヒトは扉に耳をつけ聞き耳をたてた。
透き通るように明るい、エミディールのはずんだ声が聞こえる。
「なるほど。それで、《霧の帝国》の人々がみな、あなたを英雄と称えるわけがわかったよ」
「とんでもない。そのときは、たまたま地形と天候に味方されたのです」
低い深みのある声で、おごそかに答えたのは例のあの男だ。
エミディールが最近、やけに気に入っている男。
ここ一週間、つづけざまに総帥の部屋に出入りしている。
その名をイレイン・ヴェイアという。
ヴェイアははるか昔、人間の戦士だった。
しかも、いまだ十年と戦のやむことのない《霧の中の帝国》とよばれる国の英雄的将軍だ。
その英雄ぶりが《霧の帝国》人の信仰の対象となり、死後、軍神として彼の国の天上界に引き上げられた。
ところが、その《霧の中の帝国》を見守る天上界の女王と天使たちは、他次元の天界人からは評判がよくない。
女王たちは、《帝国》の地上人にやみくもな崇拝をうながし、精神を支配しようとする――その行いは、「堕天」つまり悪魔の所業ではないかと、非難する天上界の有識者は多い。
とはいえ、地上からの信仰が篤いだけに、天上界も《霧の帝国》の女王たちを一方的に排除することはできない。
無理に地上人から天界の守護を奪うことは《帝国》を混乱させ、さらには地上の他の地域にも悪影響をおよぼす惧れがあるからだ。
そんな国の軍神をなぜ、もはや戦とは何の関係もない、この《愛の国》に引き入れる必要があるのか。
それも、古来この国を守護してきた戦の天使を差し置いてまで。