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テレビには、今まさに行われている王子の結婚披露宴が映し出されている。
豪華絢爛な大広間で、贅を尽くした装いに身を包んだ老若男女が、ダンスと食事と会話に華を咲かせていた。
と、ふと音楽が止み、人々のダンスの足が止まる。
直後、楽隊はひときわ明るく高らかに、マーチの冒頭を響かせた。
大広間中央の入口が開き、招待客が興奮してさざめく。
拍手喝采の中、運び入れられてきたのは、巨大なウェディング・ケーキだ。
ケーキが正面のふたりの前に到着すると、新郎新婦に儀式用のナイフが手渡される。
花婿は《愛の国》の末っ子、第四王子のアンセル。
二十歳になったばかりの見目麗しい青年は、文武両道、絵に描いたような明るい素直な性格で、家臣や諸侯からの信望もあつく、将来を期待されている。
さらに人懐こい笑顔と気さくな態度は、国民にも人気が高い。
花嫁は隣国の王女で十七歳。名はシェリーゼ姫。
まだどことなく幼さを残してはいるが、しとやかにアンセルに付き随う可憐さは、《愛の国》の人々の好感を誘う。
親同士がきめた結婚ではあるものの、ふたりは幼いころから相思相愛の仲だ。
これは彼らにとっても両国にとっても、待ちに待った幸せな結婚である。
ふたりはナイフをともに握り、はにかんで微笑み、見つめあう。
そして息を合わせるように、そっとケーキにナイフを入れた――。
「なんだ、あれ!」
ダシェルとスークレヒトは同時に叫んだ。
「”愛”じゃないぞ!」
ウェディング・ケーキにはふつう、”愛”や”希望”、”幸せ”が、これでもかとばかり詰め込まれている。
「結婚配達人」と呼ばれるジェディスの部下が、祝福のしるしとして授けるものだ。
地上人の目には見えないが、ケーキを切ると、それらが虹色や金色、ピンク色の霧のように、ふわふわと会場全体を包み込む、はずだった。
だが、いま出てきているものは、それとはまったく違っている。
「これ、”疑惑”? ”不安”、”不審”……”羨望”」
「こっちは”怒り”……”嫉妬”……”欺瞞”……」
ほかにも、次々にあらゆる悪意と悪徳がもくもくと噴出し、みるみるうちに会場を覆っていく。
スークレヒトとダシェルはおもわず顔を見合わせた。
「うわあ。姐さん、入れ間違えたかな」
「そんなわけないだろう!」
いつにもまして気にかけていた、末っ子王子の結婚式だ。
ジェディスがこんな当たり前のことを間違うわけがない。
誰かの陰謀に決まっていた。それも、天界人の。
スークレヒトが真面目に応じると、ダシェルはへらへら笑う。
「冗談だよ、冗談」
「くだらん冗談はやめてもらおう!」
「い?」
ダシェルは目をぱちくりしてスークレヒトを見た。
反射的に、スークレヒトはぶんぶん頭を振って否定する。
実際、叫んだのは彼ではなかった。
地上人の招待客の一人が言い放った声が、テレビを通じて聞こえたのだ。
その男は、さっきまで穏やかに談笑していた相手と、いきなり喧嘩を始めたのである。
(そうか――こんなふうに怒れば、ダシェルでもびっくりするんだな)
スークレヒトは感心してうなずいた。
ただ、彼自身があれほど思い切りよく怒鳴るには、いささか心構えが必要だ。
スークレヒトは、ひそかにスーハー深呼吸をして、大声を出すシミュレーションなどしてみる。
「なあ。何に納得してんのか知らねーけど、あれ、どうすんだ?」
ダシェルは呆れ顔で、テレビの画面をコンコンと叩いて示す。
「へ?」