2_09
「……ねえ。もしかして、その代わりに絵を描いてる?」
「ご名答」
スークレヒトは思わず溜息をついた。
ダシェルも意外に発想の貧困な男とみえる。
にしても、わざわざ「絵を描く」などという、彼にあるまじき行為を選択させるとは、「かめら」もずいぶん罪な機械だ。
「あーあ。送料無料につられた俺がバカだった。……しっかしなあ。テレビは今朝までちゃんと使えてたのに。何が悪いんだ? 俺の配線はまちがっていないはずだ……」
ダシェルはぶつぶつ言いながら、またその「てれび」とやらの前に屈みこみ、恨みがましく、べしべしとそれに平手打ちしながら話しかける。
「頼むよー。ジェディスにばれたら、ほんとに洒落にならねんだからよー」
「なんだ、君もジェディスに頼まれてやってるのか」
「俺がすすんで時間外労働すると思ったか?」
ジェディスというのは、結婚をつかさどる大天使である。
今回の結婚式に対する彼女の意気込みは半端ではない。
「いや。てっきり遊んでるのかと。君、そんなにジェディスと仲良かったっけ」
「べつに仲良かねーけどさ。ああ、俺ってば、なんでこんなに他人の仕事ばっか押し付けられてんだろ。まったくお人好しだよなあ」
ぼやきながら、ダシェルはちらりと横目にスークレヒトを見る。
(しまった、やぶへびだ)
とスークレヒトが目をそらした瞬間、バチッと火花の散るような音がした。
「映った!」
ダシェルの狂喜した声に、スークレヒトは彼の後ろから「てれび」を覗き込んだ。
さっきまで灰色だった四角い枠内に、見慣れた地上の《愛の国》王宮の大広間が映っている。
「なんだ――てれびって、水晶球や水鏡みたいなものか」
「そんなとこ。つーか昔、エミイが遊んでたじゃねーか」
「そうだっけ」
「わかんねーか。ちょっと形もちがうしな。画像も荒い。なにせ、あれより少し時代遅れの次元から買ってやったから。世界の秩序のために。感謝してくれ」
ダシェルはポンポンとスークレヒトの肩をたたいて言った。
なぜそこで恩を着せられるのか、理由は定かではない。
第一、だったら初めから水晶球でも使えばよさそうなものだ。
わざわざ他次元からこんな妙なものを仕入れる必要もない。
スークレヒトがそう言うと、ダシェルは肩をすくめた。
「いや、水晶球って、みんな使うから混線するんだよ。とくにこういうときには。俺、神通力よわいし、緊急のとき役立たないと困るだろう」
たしかに水晶球や水鏡で下界をのぞくには、本人の透視能力が強くなくてはならない。
ほかの天使に力が負けていると、ザーザー砂嵐しか映らないはめになる。
情報の天使のわりに、ダシェルはその能力は弱いらしい。
そのぶんを、彼は道具や細工を駆使することでまかなっている。
結果、彼の情報網は、だれよりも精確で迅速だ。
「しかし、今回は危うくこれも意味なくなるところだった。一体なんだったのかなー」
ダシェルは自嘲気味に言って「てれび」をなでた。
幸い、中継は順調だ。
ただし、目立ちたがりの地上の中天使たちがしきりにちょっかいを出すので、画面が乱れて、肝心の地上人の様子がよく見えないことを除けば、だが。
「くそ。あいつら、よけいな怪奇現象を……もしかして、ずっと映らなかったのも、そのせいか?」
「まあまあ。とくに問題もないみたいだし、よしとしようよ」