2_08
その時、ポーン、と、スークレヒトの背中で時報が鳴った。
同時に、彼の背中から突然、孔雀が羽をひろげるように何万枚ものモニター・パネルが飛び出し空を切り裂く。
その角に突き刺されそうになったダシェルが、驚いて飛びのき叫んだ。
「何それ? 凶器? 今、俺を殺そうとした?」
「ちがうよ。ごめん」
モニター・パネルといっても、実際はスークレヒトのエネルギーの一部を自律化させたもので、物質的な機械とは異なり、厚みも質量もまったくない。
殺傷能力の有無は未確認である。
画面のそれぞれには、細かい数値やグラフが映し出され、数秒ごとに次々と自動的に書き換えられていく。
スークレヒトは少々自慢げに言った。
「地上の国の、王から六親等までの王族と配偶者全員の生体反応を数値化して、これで常に管理してるんだ」
「て、王族はそんなにたくさんいないだろ」
「うん。だけど結婚式だからね」
《愛の国》は現在、第四王子の結婚祝賀行事の真っ最中である。
地上時間で一週間にわたる盛大なイベントで、庶民にいたるまで国中がお祭ムードに沸立っている。
「いつもの王族に加えて、この一週間に彼らと接触のある親族、姻戚、貴族に宮廷人と、そのほか招待客全員、警備兵、召使い、出入りの商人、パレードの沿道に並ぶ予定の単なる一般市民なんかも、全部データをとっているんだ」
「細かすぎだよ!」
「よく言われる」
だが、ずさんな管理で後悔するよりは、はじめから細かい仕事をするほうがずっとよい、というのがスークレヒトの信条だ。
人々の健康状態は、異常があれば、数値を確認しなくてもスークレヒトに直接知覚できるよう接続されている。
現在のところ、だれひとりとして予測外の動きはない。
「ただ、そろそろ王宮の披露宴が中盤に入るから、チェックしておこうと思って。だいたい想定外に体調を崩す人が出るのはこのあたりだから」
「えっ! もうそんな時間? まずいじゃないか」
くそっ、と、ダシェルはいじっていた四角い機械を蹴りとばす。
スークレヒトは尋ねた。
「さっきから何やってるんだ? それ何?」
「テレビだよ。決まってるだろう」
「てれび? 何に使う道具?」
だがダシェルはスークレヒトを無視し、ひとり頭を抱えてのたうちまわった。
「あーやだやだ。このテレビといいカメラといい、今回は高い金すったなー、もう」
スークレヒトはなおも根気よく尋ねる。
「かめら? 何に使う」
「カメラってのはそれだ」
スークレヒトを遮って、ダシェルは部屋の一角の、うずたかく積まれたガラクタの山を指差した。
そのてっぺんに、妙な形のごく小さな機械が載せられている。
何に使うものやら、検討もつかない。
しかし今度はスークレヒトが尋ねる前に、ダシェルがこう言った。
「カメラってのは、一瞬で目の前のものをそっくり絵にできるっていう地上の機械なんだけど」
それを聞いて、スークレヒトはにわかに不機嫌になる。
もっとも、「てれび」を一目見たときから、大方そんなことだろうと予測はついたのだが。
「どうして君といいエミディール様といい、そうやって何の関係もない次元の、しかも地上のものをここへ持ち込むんだ?」
「あれ、異次元だってわかっちゃった?」
「当たり前だろう!」
するとダシェルはかえって胸を張る。
エミディールのマネをして言った。
「だけどね、スーク。次元はちがえど、天界はひとつなんだよ」
「やめろ。地上はひとつじゃないだろう。混乱させたらどうするんだ」
「面白みのないやつだなー。このカメラで写してやれば、エミイが珍しがって、俺とお話してくれるかもと思ったんじゃないか。おまえもそれくらい工夫したら?」
「うるさいよ」
「もっとも、こいつは大失敗だったけどな。地上のものしか写せないらしくて、ここじゃ何を写しても真っ白なんだ。期待させた分、追い出し行為に拍車をかけてしまった」