2_07
「ところでおまえ、何しに来たんだ?」
ダシェルは素早く話題を変えたが、スークレヒトは別段それを疑問に思わなかった。
それどころか、ようやくそこで自分の用事をおもいだして、ほっとした。
ダシェルに言われなければ、あやうくこのまま帰ってしまうところだ。
仮にも客人にたいしてずいぶんな言い様ではあるが、文句も言えない。
「そうだ。君、ちかごろ毎日エミディール様の部屋で絵を描いてるって聞いたんだけど」
「うん」
ダシェルはまったく悪びれない。
「それがどうした。おまえがエミイとヴェイアを見張ってろって言うからやってんだろう」
「それと絵と何の関係があるんだよ」
「だって、部屋にいるのに口実がいるじゃないか。すぐ追い出されるんだもん」
「ほかにもっと方法があるだろう」
「たとえば? 盗聴とか?」
「うん。わかってるじゃないか」
するとダシェルは、あーあ、と深い溜息をついて言う。
「やだよ。これだから素人は」
「何が」
「考えてもみろ。あれ、いちおうあれでも総帥なんだぜ」
「わかってるよ。あれって言うな」
「見ろ、全然わかってない」
「? だから何が」
「あの部屋、徹底的に管理されてるんだぞ。盗聴なんかしてばれてみろ。何を疑われるかわかったもんじゃない。俺はそんなリスクごめんだ」
「……」
そう言われて、スークレヒトは冷静に考えてみた。
たしかに、それは一理ある。
目的のくだらなさを鑑みるに、あまりにリスクが大きい――いや、ちがった。
ヴェイアの企みを暴き、国を救うのだった。
立派に正当性があるではないか。
「ないない――」
ダシェルは馬鹿にしたように、顔の前でヒラヒラと掌を振って否定した。
「――企みがあったら、ちゃんと宮殿の警備隊が暴いてくれるから。連中もそれくらいはやってるよ」
そしてダシェルは、さもくだらない議論に時間を費やしてしまったとでも言いたげに、最初いじっていた怪しげな四角い機械に向き直ろうとして、またくるりとスークレヒトに向き直った。
「そういえば、おかげでひとつ収穫があったんだけど、聞きたい?」
「本当? 何?」
「ヴェイアって、案外おまえと話が合うんじゃないの」
「へ?」
嫌だな。
スークレヒトは真っ先にそう思ったが、もちろん、そこまで率直には口に出さない。
一拍、間を置いて言った。
「どういうこと?」
「薬草育ててるって話。天界にきてから」
「ヴェイアが?」
「そう。エミイがやたらに聞きたがるんで、今日はその話ばっか」
「嘘だろ」
スークレヒトは衝撃を受けた。
ヴェイアにではなく、エミディールの反応に。
彼女はかつてただの一度も、スークレヒトの薬草の話に興味を示したことはない。
彼が熱心に話せば話すだけ、その薬草オタクぶりをからかってくれるくらいが関の山だ。
なのに、ヴェイアの話にはまともに耳を貸すというのか。
そりゃたしかに、スークレヒトは他人の興味をひくような上手い話術など持ち合わせていない。
そもそも会話が苦手だ。気の利いた冗談も言えないし、話題も少ない。
それは充分、自覚している。
だが、この仕打ちはあんまりじゃないのか。
(そうだ。スピーチ教室に通えばいいのかな)
スークレヒトはブツブツとひとり自分の殻に閉じこもり始めた。
彼のオーラには、今にも泣き出さんばかりの黒雲が、瞬く間にどんよりと立ち込めている。
毎度おなじみのその様子をぼんやり眺め、ダシェルは思う。
(どうしてこう、何でも悪いほうにしかとらないのかね)
ほとんどすべてあらゆることを、強引なまでに自分の都合よくしかとらないダシェルにとって、スークレヒトの思考回路はつねに斬新だ。
薬草の話といったが、実際のところエミディールの興味は、スークレヒトの話にある。
何かにかこつけて、やれその薬草はスークに飲まされたの、スークも同じのを育ててるのと、自分からわざわざ彼の話にもっていくのだ。
ヴェイアは何でも興味深げに愛想よく聞いているので、エミディールはいつになく口のすべりがいい。
内容は他愛もないハーブティみたいなものの話ばかりだが、何かの拍子に重大な情報が漏れないともかぎらない。
それをスークレヒトに報告して、彼自身にヴェイアを見張らせ、厄介払いしようと思っていたダシェルだが、やめにした。
このていどでこんなに動揺していては、スークレヒトこそ気が張りすぎてよけいなことを言いかねない。
ダシェルが見張っておいてやるほうがよさそうだ。
それに、スークレヒトの悩みがどこまで勝手に発達していくのか興味がある。
真相ももうしばらく告げないでいることにした。そのほうが面白そうだ。