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天使たちの騒々しい日々  作者: 三井ゆず
2.暗躍する悪友
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 それから数日後の、ある夕刻のことだ。

 スークレヒトが出先から自分の執務室に戻ると、部屋の前にひとりの女天使が立っていた。


「おや、これは……アスタリア殿ではありませんか。ご無沙汰しております」

「ええ、こちらこそ。ごきげんよう。スークレヒト様」


 彼女はきらめくほどに美しい。

 というより、実際に金色の光をまとってきらめいている。


 肌は透きとおり、長い金色の睫毛の下の瞳は、大きな二つのエメラルドのようだ。

 肩は華奢で細く、しかも肢体全体は適度にふくよかで、いかにもやわらかな女性的魅力にあふれている。


 彼女――アスタリアは、芸術と多産と恋とを一手にひきうける、優秀な美の大天使である。

 そのたおやかな笑顔は、どんな人間も天使をも魅了せずにはおかない。


 が、それゆえに、スークレヒトは彼女と間近で話すのは苦手だ。

 場違い感とでも呼べばいいのだろうか。

 地味な性格の彼は、アスタリアの華やかさに、つねに妙な居心地の悪さをかんじる。


「じつはわたくし、今日はスークレヒト様にご相談があってまいりましたの」

「相談? アスタリア殿が、私に?」


 何事だろう。

 条件反射的に「嫌な予感」に襲われつつも、とりあえず儀礼どおりドアを開けて室内を示す。


「それはお待たせしてしまい申し訳ありません。どうぞ」

「いえ、ここで。お話したいことはごく単純ですの」

「はあ。とおっしゃいますと?」


 内心ほっとしつつ、お言葉に甘えて、立ち話を決め込む。


「近頃、ダシェル殿が、さかんに絵を描いておいでなのです」

「え?」


 スークレヒトは一瞬、呆気にとられた。

 アスタリアはかまわず話を続ける。


「なんと申しましょうか……申し上げにくいんですけれど、そのことが、地上の芸術家たちに悪影響をおよぼしますの。彼らの芸術的インスピレーションを妨げてしまうのですわ」


「はあ……それで、ご相談とおっしゃるのは」

「どうかダシェル殿に、絵を描くのをやめていただけるよう、とりなしてくださいませ。スークレヒト様は、ダシェル殿のご親友でしょう」

「えー、と」


 「お願いしますわね」と言い置くと、アスタリアはスークレヒトの返事も待たず、一方的に去っていった。


(何なんだ?)


 まるで意味不明だ。残されたスークレヒトは呆然としている。


 まあ、ダシェルが絵など描きはじめた日には、地上の芸術家が苦悩するというのはわかる。

 彼の絵は、どうひいき目に見ても「下手」以上の評価を下すことはできない。《愛の国》全体の芸術レベルを一気に引き落とすことができる代物だ。地上界に悪影響を及ぼすのも当然といえる。


 物質的にも精神的にも、地上界と天上界とは、たがいに影響を与え合わずにはいられない。

 それは、誰の意志にも関係のない自然の摂理なのだ。


 それはわかるとして、問題は、ダシェルがなぜ突然、絵など描き始めたかである。

 そういえばスークレヒトは、例の依頼をした日から一度もダシェルに会っていない。


(エミディール様を見張ってくれる話はどうなってるんだろう?)


 ともかく一度ダシェルに会ってみようと再び部屋の鍵を閉めたとき、


「よう、どっか行くのか」


 当のダシェルの声がして、スークレヒトは思わずのけぞった。

 ふりかえると、ダシェルが階段を降りてくる。


「そんなに驚くなよ」

「いやその」

「何だぁ? ところで、エミイが呼んでるぜ」

「エミディール様が? どうなさったんだろう」

「知るもんか。スークと二人で話したいんだって。俺、追い出されちゃったよ」


 ダシェルはわざとらしくめそめそしてみせた。

 スークレヒトはあえてそれには触れずに言う。


「あのな、ダシェル。君、あの約束はちゃんと守ってくれてるんだろうね」

「えー、守ってますよ。だから今、こうしてエミイのおつかいで来てるだろうが」

「だったらいいけど」

「わかったら早く行け」

「うん。ところで今、」

「やべ。もう帰らないと」


 言うなり、ダシェルは前触れもなく背中の翼を大きく広げた。


「おい、こんなところで」

「急いでるんだよ。じゃ、伝えたぞ」


 そして一度大きく羽ばたくと、彼は、金色の光と数枚の羽根を残してスークレヒトの前から消えた。


「まったくもう!」


 スークレヒトは激しいくしゃみをしながら悪態をつく。


 大天使の翼は自分の都合で出したり消したりできるが、建物の中にいるときは、せめてしまっておくのがマナーというものだ。


 ちなみにスークレヒトの翼は、ほぼ常に消しっぱなしである。

 あれが背中でバサバサすると、頻繁にくしゃみが出てどうもよくない。

 彼は翼アレルギーなのだ。


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