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「でもさ、あれからエミイは変わったんだよ。本気で反省したんだ」
「それはわかってる」
その後、エミディールは大あわてで政務に復帰した。
他の天使たちも全力で地上にはたらきかけた。
どうにか戦争は終わったが、他国もふくめ、地上はかなり荒廃していた。
これが、《愛の国》最後の戦争である。
当時は当然、天上界でかなりの批判を受けた。
だがたしかに、それ以来、エミディールは変わったのだ。
総帥としての自覚が強く感じられた。
政務に熱心になったのはもちろん、いそがしい合間をぬって、ときには他次元まで出かけ、あらゆる分野の有識者や実務家たちから、さまざまのことを学んだ。
成果はほどなく出て、彼女の言うこともやることも、みるみる変わってきた。
それにつれ、心が離れかけていた配下の天使たちも、ふたたび徐々に彼女を慕い、支えるようになった。
おかげで人間界も見事に復興を果たし、ついには《栄えある愛の国》と呼ばれ、賞賛を浴びるまでになったのである。
エミディールの失敗も、いまでは徐々に歴史から抹消されつつある。
彼女の神性はいやますばかりだ。
エミディール自身がそうするのではない。
彼女を祀り上げることによって得をする人間、はては天使もたくさんいる。
天上界といえど、歴史はかくも操作されるものだ。
スークレヒトは溜息をついた。
「それはわかってるけど。でも反省したくらいで、人はそう簡単に変われるものだろうか」
「彼は人じゃない。天使だ。しかも大天使」
ダシェルはつねに揚げ足をとることを忘れない。
スークレヒトはまじめに応えた。
「天使でもだよ。それから、できれば彼女って呼んでほしい」
「こだわるねえ」
ダシェルはニヤニヤ笑う。
「しかし、スークよりエミイのほうが、よっぽど男気にあふれてると俺は思うんだが」
「大きなお世話だ」
「ていうか――何万年一緒にいるんだよ。ガツンと行け、ガツンと」
「うるさいな。おまえに関係ないだろう」
「関係はないけどさ」
ダシェルは含み笑いのまま口をつぐむ。
天使に性別はないが、天使同士の恋愛は珍しいことではないし、ご法度でもない。
それでもスークレヒトがエミディールへの想いを、他の天使に明かすことはない。
ましてエミディール本人に対しては、絶対気づかれないよう、彼なりに気をつかっていた。
こんな打ち明け話ができる相手はダシェルくらいだ。
「総帥」という彼女の立場を思いやれば当然のことだ。
もっとも、打ち明けなくとも見ればおのずと誰にでもわかるというのは、また別の話だ。
気づかないのは当のエミディールくらいのものである。
訊かれもしないのに、スークレヒトは弁解がましく呟いた。
「私はべつに――何も特別なことを望んでいるわけじゃない。ただ今のまま、友人……いや、部下として、力になりたいと思ってるだけだ」
「ふーん」
つまらなそうに言ったダシェルが、突然、ぽんと手を打つ。
「あ、そうか。わかっちゃった」
「なにが」
「要するにおまえは、昔みたいにずっとエミイを自分の手の中においておきたいんだ」
「何だ、それ。どういう意味だ」
「エミイが自分から離れていくのが嫌なんだろ。いつまでも自分に頼っててほしいから、そうやって無用の心配ばかりしてかまいたがる」
「ちがうよ。勝手にわかったようなことを言うな」
怒ったスークレヒトに、ダシェルは笑って立ち上がった。
「ま、いいや。今日のところは、このお兄さんが負けておいてあげよう」
「何だ、それは」
「エミイとヴェイアを見張らせたいんだろ。請け負ってやるよ」
「あ」
「その代わり、胸に手を当てて、自分の気持ちをよーく考えてごらん」
「あのね」
振り上げたスークレヒトの手を、ダシェルはするりとかわす。
部屋を出際に片手を挙げ、冗談めかして言った。
「気持ちを殺すと、堕天におちるよ」