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「人、それを嫉妬と呼ぶ」
「断じて違うッ!」
スークレヒトの叫びに、ダシェルはげらげら笑った。
その日の昼下がり。
スークレヒトは、自分の執務室に親友あるいは悪友のダシェルを呼びつけた。
テーブルをはさんで向かい合ったソファに掛け、男ふたりは茶を飲んでいる。
かくも心配性で粘着質の男にも、友人はいるのである。
刈り込まれた短髪に伊達メガネ。
ダシェルは他の大天使とくらべると、一種珍妙な格好をしている。
これはむろん、宗教画の姿とは異なる。
趣味のよしあしはともかく、ダシェルの容姿は、ダシェル自らが好んで自分のために創りだしたものだ。その意味でも、彼は他の天使と違っていた。
さて、朝からあんなことがあったので、スークレヒトはたいそう不機嫌だ。
しかしダシェルと話していると、不機嫌をとおりこして胃が痛くなる。もちろん、天使の胃なんて幻覚の産物だが。
「だいたい、君、ヴェイアのこと知ってたんだな。人が悪いよ。二人で秘密にしているなんて」
スークレヒトが不機嫌な理由は、そこにもある。
彼とダシェル、エミディールの三人は幼なじみのようなもので、昔から仲がいい。
もっとも、たいていの大天使は何万年も前から知り合いなので、全員幼なじみといえば言えなくもない。
ともかく、スークレヒトは自分だけ除け者にされたようで気分が悪い。
ぶつくさ言う彼に、ダシェルは困った顔で頭をかいた。
「そう言われてもな。俺は、そういう仕事なんだ。ヴェイアが地上人だったころから、やつを調査してるし。ヴェイアの時代は、地上にもかなり降りてたし」
「……そりゃそうだけど」
ダシェルは情報の守護天使だ。
天上・地上界双方を多次元移動し、諜報活動もおこなう。
本業は、商売と移動・旅行の守護天使でもある。
だが、今は商業の守護とは名ばかりだ。
というのは、一時期、彼があまりに長く他国や地上を放浪していたため、その間に天使の加護をなくした《愛の国》は深刻な不況におちいった。
その罰として、ダシェルは大天使から中天使に降格され、商業の守護は実質、他の天使の管轄となったのだ。
が、それで懲りるかと思いきや、ダシェルは自由な中天使の地位がすっかり気に入ったらしい。彼の放浪癖はますます激しくなる一方だ。よほど旅が性に合うとみえる。
しょうもない男だが、スークレヒトはダシェルの調査能力の高さを買ってもいる。
それで、ここに呼んだわけだ。
何も愚痴を言うためだけではない。
「私が思うに、ヴェイアは危険だよ。彼と《霧の帝国》は絶対に何か企んでいると思う。それで、君に真相を調査してほしいんだ、ダシェル」
「なんで俺?」
「ヒマ人だから」
「失礼だなあ」
ダシェルはへらりと笑うと、座ったまま伸びをし、テーブルに足を投げ出す。
彼もまた細身だが、スークレヒトとはタイプが違う。
引き締まった体はいかにも敏捷そうに見え、実際に敏捷だ。
「その前にさ。長年ヴェイアを調査してきた、このプロの意見を聞く気はないか」
「いいよ。ヴェイアはどんな人物だ?」
無防備に尋ねたスークレヒトに、ダシェルはニヤリとした。
「もし俺が女なら、間違いなく、おまえよりはヴェイアに惚れる。あいつの方がはるかに男前だし、性格もさっぱりしてる」
「そんなことは訊いてないだろ!」
「地上人のころから、ヴェイアに惚れてる女なんてごまんといたぞ。おまえに勝ち目があるのかなー」
「訊いてないと言ってるんだよ!!」
スークレヒトがわめくと、ダシェルはしてやったりとばかり膝を叩いて大喜びした。
この「智恵の天使」のからかわれやすい純朴さを、ダシェルは友人として深く愛しているのだ。