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天上界の、とある次元。
ここに、大天使エミディールと、彼女を総帥とするその他の天使たちは住んでいる。
「神」、と、地上人からは呼ばれることもある。
が、天上界に住むものは神ではない。天使である。
天使にいわせれば、地上人の多くは神と天使とを混同している。
天使にとって、神とは天上界のさらに上、「最天上界」そのものだ。
神は一にして全なるもの。
名指すこともできず、姿も存在しない。
さて、エミディールを信仰する地上人たちの国が、世に《栄えある愛の国》とよばれてすでに久しい。
《愛の国》の人々はみな穏和で賢く礼儀正しいと、天界でも地上でもたいそうな評判だ。
おかげで天使たちも鼻高々。
世界は平和で、差し迫った仕事もないので、天使はみんな極楽みたいな生活をしている。
ところが、総帥エミディールの腹心、医学と智恵の大天使たるスークレヒトには、近頃、悩みができた。
もともと、天上天下一の取り越し苦労人と評判の彼には、悩みは星の数ほどある。
しかし、今度のは特別だ。
なにも、高齢化社会の《愛の国》では医療の仕事は忙しすぎるとか、お布施は増えたが天界の税金にとられすぎるとか、そんなことではない。
彼は仕事熱心な働きもので、金には頓着しない。
基本的には「大きな政府」主義者だし、公共事業も重視している。
天が落っこちて、地上が壊滅したりしては本末転倒だ。
だが、今、スークレヒトが気にしているのは、まったく別のことだ。
近頃、総帥エミディールが妙な男を気に入って、四六時中そばに置いているのである。