セイギのミカタ 下
俺、本郷ハヤタは改造人間である。
どうしてそうなったかは、記憶にあるようでないが、そうなってしまった。
不思議系美女七海ちゃんに連れられ、俺を改造したマッドサイエンティストに脅されながら、地下闘技場――通称“虎の穴”で、ルール無用のデスマッチに参加して、正義の味方を目指す事になりました。
と、これが、前回までのあらすじ――
■■■■
「さあ始まりました。コーラン虎の穴恒例、正義の味方選抜トーナメントぉ! 今日も司会はこの私――MCハマーH2《エイチツー》でお送りいたします」
そんな実況と歓声の中、俺は舞台の上にいた。それは円形の舞台。強化セラミックスで磨き上げられた青白い舞台が闘いの場所だ。見上げればドームのようにまるくバカ高い天井へ、規則正しく並ぶライトの数々。そのひとつひとつが俺と、対戦相手を照らし出していた。
「それでは、選手の紹介! 赤コーナー、小山内ラボ所属、改造人間、本郷ぉ、ハヤタぁ!」
再び歓声が舞台を三百六十度取り巻く観覧席から震えを生んだ。目が、首が、右往左往していると、背後からおっさんの声がする。
「ほれ、これ巻いて、手ぇ挙げ応えんか」
振り返ると、差し出される拳。一瞬びくっとなりながらもよく見れば、そこには赤い布がはみ出し、長く垂れ下がっていた。
「これは……」
「勇者のマフラー言うてな、これを巻けば、なんとなくやけど勇気が出てくるっちゅう代物や。さすがにお前は華がない。これくらいないと見栄えがせん」
「勇気……」
熱血の赤。それに染まったマフラーを受け取り、俺は首に巻いた。余りが風になびく程度の長さになる。それはたまたまかもしれない。けど、昔見たヒーローは、赤いマフラーを翻し、力の限り闘っていた。
それと同じ。そう思うだけで、勇気がわいてくる。
自然と右手が動いた。拳を握り、天を突く。
風が鳴り、空気を裂いた。
歓声が渦を巻く。
ああ、なんて気持ちいいんだ……。ヒーロー万歳。
「続きまして、青コーナー。ボトックスラボ所属、ライカンスロープ、ヴォルフ・アイゼン!」
MCがそう言うと空間に咆哮が走った。それはまるでオオカミの遠吠え。反射的に相手を見れば、大きく仰け反らせた大柄で筋肉質な白いタンクトップが、迷彩柄のミリタリーパンツを穿いて天井を仰いでいた。
頭が見えない。逸らしすぎだよこのハト胸。と顔をしかめた時、厚い胸板に隠れていたその顔がむっくりと起き上がり、ぎろりと俺の方を向く。
筋張った顔。いかにも好戦的で、なぜか鋭い八重歯がぎらつく。
「では、ここでルールのおさらいです。このトーナメントでは、相手を完膚なきまでに叩きのめさなければ、勝利はありません。もちろん。逃走、ギブアップなんて正義の味方としてあるまじき行為。絶対に認めません。その場で爆死してもらいます」
おいおい。本当にデスマッチじゃないか。ヒーローに後退はないのだ! ってか……。
「また、繰り返すようですがルールは基本的にありません。しかし、三十分一本勝負とします。もし、時間内に決着がつかない場合――点数判定による決着を取ります。採点内容は、技術、芸術の分野で審査員三人による採点方式。それらに関して異論は認められません――」
そうやって長々と続く説明に、おっさんが鼻で笑う。
「芸術? 馬鹿げとるな。要は勝てばええんやろう?」
「ま、そうなんでしょうけど……」
と、相槌を打ちながらも、七海ちゃんの事を思う。だいぶ話が逸れてきた。こんな状況で、なかなか同棲の話なんて切り出せない。ここはなんとかおっさんの機嫌をとって、彼女の話を切り出さなければ……、優勝して、話そうか? そうすれば、俺の話も聞いてくれるかもしれない……。そう言えば彼女もそんな事を言っていた。
「――もし、判定で敗れた場合は、爆破処理となりますので、観客の方々はじゅうぶんにご注意ください」
「げ!」
「当然や、敗者には“死”あるのみ。ま、どうせ復活させるんやろうけど……、な。せやさかい、殺しても罪にはならん。思いっきりやってこい」
どんと背中を押された。けれど――
「もし俺が負けたら……?」
恐る恐る聞いてみる。けど、おっさんは大袈裟に首を横に振った。
「残念ながら金がない」
「ええっ!? そ、それじゃあ……」
「復活できんから、な。しゃーない。だから、勝て! それだけや」
「嘘だろぉ……」
うな垂れる。けど、もう逃げ場はない。前に進むしかない。何がどう転んだとしても結論は一点――勝って、勝って、勝ち抜いて――優勝するしかない! 七海ちゃんと俺の未来のために……、俺はヒーローになるっ!
「両者前へ」
MCの号令に合わせて、俺は前を見た。筋骨隆々の軍人モドキを見据え舞台の中央へ、立つ。心なしか、マフラーがはためいている気がした。いや、間違いなくはためいている。それが俺に勇気をくれた。
間合いが一メートルを切った空間で、俺は相手を見上げ睨んだ。近くで見るとかなりでかい。まるで熊か何かだ……。そんな熊が俺を見下ろし、笑った。
「何だお前、ただの改造人間のくせに、俺に勝てるとでも思っているのか? どうせ、スタンダードの変身なしだろう?」
変身とは、文字通り変身機能の事を指す。ヒーローが掛け声とともにバトルスーツに身を包んだり、改造人間が合成された動物の姿をしたりなど、いくつもバリエーションがあるらしいが、取扱説明書を見た所、相手の読み通り、俺にはそんな機能がない。
言い返せないでいると、相手が更に馬鹿笑いを上げた。
「図星か? なら――」
そう言って、相手は俺の前に五指を開いて掌を見せる。
「五秒だ。五秒でお前を爆発させる」
なんだ? 何かの見すぎじゃないのか? そんな事言われたって、五秒で何ができるって言うんだ? 俺が逃げ回れば、それだけで五秒だと言うのに……。
「おおっとぉ! ここでヴォルフ選手、死刑宣告だぁ! 芸術点に加算されるぞぉ!」
「な!? 何だってぇ!?」
「アホかぁ!? 言われっぱなしじゃ話にならんぞぉ! お前もなんか言えボケぇ!」
何か言えって言われても……。あ、いい事を思い付いた。びしっと人差し指を相手に向け、俺は叫ぶ。
「じゃあ、俺はお前から五秒逃げ切ってやる!」
「おおっとぉ! ここでハヤタ選手残念。これは減点ですねぇ」
「え? 何で?」
「アホかぁ! 後ろ向きな事言うてどうする!」
「え、いや、結構前向きだと思ったんだけど……」
「どうやらハヤタ選手、ルールを理解していないもようです。これは誠に残念。芸術点は期待できそうにありません」
「うるさいなぁ! もう」
確かに理解していないけどさ、要は、勝てばいいんでしょ、勝てば!
「さあ、舌戦はここまで、いよいよ試合開始です。今、戦いのゴングが……」
カーン。
「鳴ったぁ!」
合図と共に、相手は後ろへ大ジャンプ。俺との間合いを開けた。
「いいか小僧。よく見ておけ、これがただの改造人間と、ライカンスロープの違いだ……」
そう相手は腰をかがめ、力をためる。そして、それを解き放つように叫んだ。
「変、身っ!」
相手の体が白く光り、徐々にそのシルエットを変える。体が一回り大きくなり、口が裂け突き出す。体中から青と銀が混ざった色の体毛が生え、タンクトップを破り裂いた。徐々に変わり行く体。ワーウルフに変わりつつある相手。けど――
「隙だらけだ……」
「やれハヤタぁ! 必殺技を繰り出せぇ!」
それは悪魔の所業――そう恐れられた行為だ。こういった世界には暗黙の了解がある。登場シーンと、変身シーンでは相手を攻撃してはいけないというものだ。しかし、こちらとしては命がかかっている。何と言われようが、勝てばいい。
「四十八の必殺技のひとつ――」
そう声に出す。別にカッコをつけている訳じゃない。こうしないと必殺技が発動しないと取説にかいってあったぁ!
俺は走り、跳ぶ。軽く跳んだつもりだが、常人の倍は跳んでいる。そこから体を切りもませ、蹴り足を突き出す。
「や、やめろぉ! まだ、変身が……」
慌てる相手。だが、それを許容するほど俺はできた人間じゃない。
「喰らえぇ! 超・天馬蹴っつ!!」
名前の意味は知らない。命名者は俺じゃないからだ。しかし、威力は絶大だった。
一撃必殺。
正に必殺技。必ず殺す技だ。
相手の胸板を蹴り抜き、貫通する。勢いあまって舞台の表面をえぐった。その背後で、うめき声の後――
「卑怯だぞぉ!」
断末魔となって、爆発。舞台中央に黒煙が上がった。
「五秒、要らなかったな……」
その後の反応たるや、想像通りの大ブーイングだった。罵声が飛び交い、座布団が舞って、飲みかけの缶ビールに、発煙筒まで飛んできた。けれど、俺は勝った。こうやって生きている。例え「卑怯」と罵られようが、勝てばいいのだ。
と、続いて二回戦――鳴り止まぬ蔑みの中、俺は勇気のマフラーを揺らし、舞台に立った。
「おおっとぉ! ハヤタ選手、性懲りもなく舞台に登ったぞぉ! この時点で芸術点はマイナス五万とんで十二ポイントぉ! 死刑までのタイムリミットは三十分だぁ!」
もうなんだか、完全にアウェーになった。MCすらも敵だ。そして、二回戦の相手が舞台に登る。もう、最初から変身が済まされているのだろう。赤い戦国時代の鎧兜に身を包み、日本刀を携えた武者。それが相手だった。歩く度にガチャガチャと音が鳴っている。
「来た来た来たぁ! 今回優勝候補筆頭、ルーネラボ所属、バトルマシーン、戦人丸だぁ! さあ、やってくれ、卑怯な相手を切り伏せろぉ!」
湧き上がる観客。そんな声が反響し――ああもう、どうでもいい……。
「死刑執行ぉう!」
カーン。
ジリジリと相手が迫る、正しく正眼に構えられた切っ先は、俺の方へ突き付けられ、間合いをわかりにくくしている。って、素手の俺に、それは卑怯じゃないか?
と言っても、仕方ない。武器使用不可のルールがない以上、これが真っ向勝負と言う訳だ。残念ながら、俺にソード的な武器はない。もちろん、飛び道具だって実装されていなかった。
「やるしか、ないか……」
だがしかし、それ以上に卑怯な技が、俺にはあったのだ。
「この指を見ろぉ!」
叫ぶと同時に、右手人差し指を突き出し立てる。これが第一段階――
「行くぜぇ、四十八の必殺技のひとつ――」
そこまで言うと、相手の動きが止まった。確認のため、立てた指を少しずらす。相手の体が合わせて揺れた。完璧だ。これで第二段階――
そして、その指をずらした方と逆に、体ごと思いっきり振った。
「神の見得ざる手ぃ!」
同時に叫ぶ。すると、鎧武者の首が体ごと指を振った方へ思い切り向く。剣先が外れた!
「かーらーのぉっ!」
できた隙を見逃す俺ではない。相手に向かって走り、跳ぶ。
「超・天馬蹴っつ!!」
叫びながら見事に鎧武者を蹴り貫き、無言の鎧は爆発とともに散りとなった。
“神の見得ざる手”――はっきり言って、これほどの効果とは思っていなかったけど、実際、恐ろしい事だ。反射に対する催眠術とハッキング的な技術を併用しているとかなんとか、説明書には難しく解説的な事が書いてあったが、俺には理解不能だ。けど、効果ははっきりしている。言っちゃ悪いが、これならばどんな敵でも片付けられるはずだ。これは絶対的な力――優勝も夢じゃない。いや確実だろう。
そんな確信を得て俺は、黒煙が立ち上る舞台で、再び卑怯という二文字の嵐に包まれた。
それからというもの、バランスブレイカー一号、二号の活躍により、トントン拍子に勝ち進む。
三回戦は同様に、T・コムラボの軍事ロボを爆発粉砕し、四回戦の鹿虎ラボのライカンスロープ虎型は、さすがに“神の見得ざる手”対策が練られてきたのだけれども、残念ながら、なにぶん最初から絶対に指を見ないという方法だったので――ペガサスで一蹴――爆発させた。
卑怯? 悪辣? 結構、結構。七海ちゃんとの幸せを邪魔しようとする輩は、ペガサスキックの錆にしてくれるわぁ!
なんて思いながら、辿りついた準決勝――そこで遂に俺より卑怯な相手が現れた。
それは、神河ラボ所属、パワードスーツ、カラー戦隊、オオインジャー。
もしかすると相手がどう卑怯なのか名前からわかるかもしれない。けれど、俺は確認のために数えてみた。
赤、青、黄色、ピンク、緑。黒、白、金、銀、銅に、茶色、蝦茶色、こげ茶色、渋茶色、煎茶色、さび色、檜皮色に煉瓦色と、まだまだ続くのだけれど、どうしてこう、赤系暗色に偏っているんだ? 銅から後ろはちょこっとそれぞれの色合いが違うだけで、ほとんど茶色に見えるのは俺だけか?
いい加減数えるのを途中で放棄したけれど、ざっと数えて五十人。舞台の半円を茶色の点描と言うか、スクリーントーンを貼った感じに埋め尽くしている。
それにしても多い。スタンダードな戦隊モノから言わせれば十倍を越える人数である。しかも、茶色系ばかりが目立つ戦隊――俺にどうしろと?
いやいや、倒すしかないのだ。五十人を三十分で。そうしないと、俺が爆死してしまう。
どこからか「戦いは物量だよ」と聞こえてきそうだが、俺は認めないし、諦めない。
「今度こそ、本郷ハヤタの死刑執行が見られるぞぉ! さあ、みんな、千八百秒のカウントダウンを始めよう!」
MCがゴングを鳴らし、闘いは始まった。いや、戦争が始まったのだ。一個中隊に相当する茶色の軍勢を、俺は見据え、叫んだ。
「四十八の必殺技のひとつ――」
例えどれだけ多かろうが、射線軸に纏めてしまえば、同じ――ならばぁ!
両手を広げ、体を軸に回る、回る、回るぅ!
「超・時空要塞竜巻ぉ!」
俺を中心に風が渦を巻き始め、やがてそれが周囲を巻き込む竜巻となる。観客席ならば、まだ被害は少ないだろうがオオインジャー諸君にとって、それは脅威となった。ひとりふたりと巻き上げ、更に回転数を上げれば、舞台から俺以外誰もいなくなった。そして、上空には茶色い竜巻が出来上がる。それはとぐろを巻いた茶色い……、いや、止めておこう。語るに足らん。そんなウ〇コを登る茶色たち――行き着く場所は決まっている。
「かーらーのぉっ!」
回転を止め、足を踏ん張り、力をためて、拳を握り締めた。竜巻が弱り、ばらばらと茶色い戦隊ヒーローが、俺めがけて落ちてくる。射線軸に並んだぁ!
「廬山・昇竜拳!」
舞台を蹴り、パワーを蓄積した俺の拳が、次々と茶色を突き抜け爆砕させていく。閃光と黒煙を引き、俺は天井までも突き破った。
瓦礫と共に、着地する。突き破った天井から差し込む太陽の灯。それに照らされパラパラと、小さな部品が舞台に舞った。
さすがに今回は俺を卑怯と罵れまい。相手が俺より卑怯で、俺は正攻法で勝ったのだ。多少必殺技が強力であったとしても、それは仕様だ、仕方のない事だ。
さあ、どうするMCよ。今回はどうやって俺を罵ると言うんだ?
そう、観覧席に特設されているMC席を睨みつけると、MCハマーH2はとんでもない事を言い放った。
「ハヤタ選手、卑怯に続いてエンガチョです。エンガチョ、エンガチョ。さあ、みなさん移されないように、バリアーを張りましょう。俺、全体バーリア」
「全体バーリア」
復唱が、合唱となる。ってオイコラ! 小学生かお前らは!?
振り返り、おっさんを見る。そして、歩み寄った。
「おっさん? それって?」
半眼で見たおっさんの姿は、胸の前で両手をクロスさせ、両手で閉じたチョキを作っている。
「おい、触るなよ。わしは全体バリアーを二枚張っとる。触った所でびくともせんけど触るなよ」
ほう……。あなたの地区では、それがバリアーでしたか。でも、そんなのまやかしですよ。
「って、あんたも同じかぁ!」
卑怯と言われ、エンガチョの烙印と共に俺は生きている。いや、生きる為に、俺は、甘んじてその苦汁を舐めてきた。いや、エンガチョに関して舐めたって言うと、誤解が生まれそうだから、言い換える――、まあ、とりあえず無事に決勝まで俺は勝ち進んだのだ。
つまり、あとひとつ勝てば、おっさんのご機嫌が取れ、七海ちゃんの話ができる。いや、それよりも俺は正義の味方になれるのだ。
半ば夢物語だと思っていた。けれど、これだけの力があると、それができそうな気がする。動機は不純で偶然から生まれた物かもしれない。けど、俺は、正義の味方としておっさんと、七海ちゃんと一緒に暮らし、地球の平和を守るんだ。それを成すまで、あとひとり……。
最後の敵を、舞台で待つ。
まだ、相手の準備ができていないと言う事らしい。トーナメント表を見れば、カジュマラボ所属の相手が出てくるのだが、どんな相手か俺は知らない。
一応全試合は選手も見る事ができるようにと、特別席が準備され、観覧できるのだが、さすがにずっと「卑怯者」を連呼される場所にいたくはない。当然だろう。その度に控室にこもっては、自分自身の取説を熟読していたのだ。
だから、“神の見得ざる手”や“超・時空要塞竜巻”、“廬山・昇竜拳”などが使えた訳なんだが、今回はすぐに決勝と言う事もあり、卑怯とエンガチョに包まれここで待機している。
「なあ、おっさん、ちょと……」
「ん? なんや?」
「最後の相手ってどんな敵なんだろ?」
「カジュマラボは……、わしやったら勝てんかもしれん。いや、間違いなく一撃も喰らわせることなんてできへん」
「そ、そんなに強敵なのか?」
「ああ、いや、何と言うかな……、勝てんのや。わしは……」
そこまで言って、おっさんは俺に背中を向けた。なんだろうこの感じ、ザラザラする。何かとても大事な事が絡んでいるのかもしれない。そう思う。けど、俺はそれを口にせず、呑み込んだ。その時、MCの声が、決勝の相手を招き入れる。
「さあ、遂に虎の穴恒例、正義の味方選抜トーナメントぉ、決勝戦! 今回のトーナメントは正に波瀾。その台風の目となったのは、エンガチョ卑怯の本郷ハヤタぁ! 破竹の快進撃で、初出場で決勝まで上りつめおりました。ですがこれは、全ておぜん立てにすぎないのだぁ! さあ、やってきました二代目白い悪魔ぁ! カジュマラボ所属――」
はっとして、振り返り、相手の影を見る。小柄で、細いシルエット――
「――リアルロボット――」
それが舞台に上がり、白い姿が光り輝く。
「――RX-22-2、機動戦士ニャンダムぅ!」
あれ? 猫耳ロボット? って、これは色んな意味でヤバイ。はっきり言ってギリギリじゃねぇか? 規制がかかる事は明白だな。早く何とかしないと……。
そんな俺の懸念も露知らず、猫耳ニャンダムは、赤い爪先を踏みだし、青い胸を張ると黄色のダクトから、水蒸気を吐きだした。かろうじて、目の部分に黒い自主規制的な物があるが、アンテナがあれば、もうダメだろう。おまけのように付いた猫耳なんぞ、飾りだ。偉い人にはあれがわからんはずだ!
独特の機動音を鳴らし、動くニャンダム。せめてもの救いは、歩く音が“にゃーん”だったりするのだが、それはそれで、馬鹿にしていると思う。
そんな俺の遥か後ろで、おっさんの声が何か言っているが、“俺は”聞こえないふりを決め込んだ。
“攻撃するな”とか、あり得ないでしょう。むろん、秒殺を狙います。
「さあ、二代目白い悪魔は、赤い卑怯を切り裂くのか? 君は、生き残れるのか?」
とMCが、ゴングを鳴らす。
「決勝開始だぁ!」
どうする? やはり最後もあれに頼るか?
迫り来るギリギリニャンダムに、俺は人差し指を突き出し立てる。
「俺の指を見ろぉ! 行くぜっ、四十八の必殺技のひとつ――神の見得ざる手ぃ!」
にゃんにゃんと迫るニャンダムが、横を向いて止まった――あっけない――もう、勝負ありだ!
「かーらーのぉっ!」
「喰らえぇ! 超・天馬蹴っつ!!」
これは、俺じゃない。凛とした声が言った事だ。それが、俺の必殺技を奪い、天から降り注ぐ白い彗星のようにニャンダムを貫いた。
爆炎と黒煙が舞台に立ちこめ、視界が遮られた。見えない。しかし、ニャンダムはもういないだろう。白い彗星にやられたはずだ。
ドームの空調が働き、黒煙を流し始めた。揺れる煙、晴れる視界。その中に立つ白いワンピース。あ、あれは……。
「七海ちゃ――」
言い切れなかった。確信がなかった訳じゃない。俺があんなにかわいい子を忘れるはずがない。それは言い切れる。でも、今回言い切れなかったのは、一瞬にして煙を切り裂き、俺の懐へ飛び込んだ彼女が、俺の腹を、片手で軽々と貫いた事が原因だった。
どうして? 七海ちゃん?
力が抜けた。膝を突き、視線が下がると、彼女の手には、球形の赤い部品が握られていた。
体が揺れ、俺は舞台に倒れる。ショックで体も動かない。何とか目だけで彼女を追うが、スカートの中は覗けなかった。
やがて、煙がはれると、ドームは静まり返った。全てが固まり、硬直している。まるで、時間さえも彼女が凍らせてしまったような空気が、充満していた。
沈黙を破ったのは、おっさんの声――鬼気迫る、怒りに満ちた怒号。
「このダアホの裏切り者がぁ! ようわしの前に顔ぉ出せたなぁ、七海ぃ!」
体を貫かれ、何かの部品を抜き取られたのにもかかわらず、俺の意識ははっきりしていた。これが改造人間であることのもっとも大きな収穫だったのかもしれない。まだ生きている。それが、救いなのかもしれない。
首がまだ回った。耳も聞こえる。だから俺は、ふたりのやり取りを見据えた。
「お久しぶりですお父さん。いえ、世界征服をもくろむ悪の秘密結社――コーラン幹部、小山内宗平」
「寝返り、善におぼれた悲しい娘よ、まだ父に盾突くんかぁ!?」
あれ? ど、どういう事だ? 俺は正義の味方トーナメントに参加していいたんだから、おっさんは善だろう? なんだよ? 悪の秘密結社コーランって?
いやいやいや、それよりも七海ちゃん、どんな確執? 裏切り者って何?
「おおっとぉ! ここで、小山内ラボ初代白い悪魔の登場だぁ! これは何かの悪夢か、悪夢なのかぁ!?」
MCが言った。それが楔となって、会場の沈黙が割れる。蜘蛛の子を散らすように観客席が蠢き、悲鳴と、ざわめきがドームを揺るがす。
「盾突く? いいえ。わたしは、あなたを倒しに来たのです。そのために――わたしは帰って来た」
ドンと七海ちゃんの細く綺麗な足が、強化セラミックを割る。足元を飾る白いミュールは、特別素材なんだろう。そちらには傷ひとつない。
「しかし、飛んで火にいる夏の虫っちゅうやつや、今、お前がおるんは、その中枢――悪の巣窟なんやで、わしの正義に満ちた、悪の温床っ!」
そう言い切っておっさんが宙を舞う。くるりと回り、俺を挟んだ七海ちゃんの眼前に立つと、ぴっと人差し指を立てた。
まさか? 見ちゃいけない!
「わしの指を見ろぉ!」
「しまっ……」
七海ちゃんの動きが止まる。やっぱりこれは、四十八の必殺技のひとつ、“神の見得ざる手”。おっさんも使えるのか!? って、言う事は、おっさんも改造人間?
「油断、したなぁ……」
ニヤリとおっさんの顔がゆがむ。
「さて、聞かせてもらおか? 今回の真相を……」
「嫌です」
「ほぅ。まだそんな強気でおれるんか……、せやけど、そんな強がりいつまで続くかなぁ?」
そう言いながら七海ちゃんの頬に添えられる手。お、おっさん……ダメだって、実の娘なんだろう? エロい事はやっちゃいけない。でも、それは見てみたい……かも。
そんな欲望が過った時だった。振り上げたおっさんの足が、俺の背中を踏み抜く。
「がぁっ!」
こんな時だけ激痛が走る。それに、な、なぜ、俺?
「どうする? 言う気になったか?」
少しの沈黙、そしておっさんはもう一度足を振り上げた。
「わ、わたしは――悪を倒すために……」
ぼそりと漏れる七海ちゃんの声。それをおっさんは鼻で笑う。
「主軸はそれやろうけど、ハヤタを利用したのは失敗やったな」
え? おっさん? なんで俺たちが知り合いだって? ってそれより――
「利用したって何? 七海ちゃん?」
思わず声が漏れた。案外普通に出た言葉に、自分でも驚きだ。
「ハヤタさん。ごめんなさい。わたし、あなたを利用したの。この、悪の組織が主催するトーナメントを破壊するための助力として、利用させてもらった……」
「でも、だったらどうしてさ七海ちゃん。どうして俺を攻撃なんか……?」
「残念やったな七海、やっぱりこいつはドアホウや。お前が抜いた自爆装置――その存在すら忘れとる」
自爆装置? あっ!
「わ、忘れてなんか、ないやい!」
精一杯の抵抗も、おっさんの鼻が鳴るだけで、なかったものとして話は進む。
「どうやってハヤタの存在を知ったかなんて、可能性の問題や、どんだけでもある。せやけど、わしが作った改造人間だと知ったお前は、わざわざわしの所まで送り込んできたわけや。街中で自爆されるのを恐れて――いや、それとも同じ境遇のこいつに同情でもしたか?」
「いつから、気付いて?」
驚きが、七海ちゃんに広がった。それをおっさんは笑い、当然と切り出す。
「最初からや、こいつが戻ってきた第一声――“娘さんを”と来おった。一般人なら誰も知らん事実やで? お前がまだ生きとるっちゅうのは、この世界におるもんしか知らん。わしはこいつに言うてへんでな、接触があったと考えるのが普通や。それに、もしかしたらお前が既に入り込んどる事もわしの中では想定内やったわ」
七海ちゃんの目が、少し細くなった。やっぱり怒ってるよね。ごめんなさい……。
「せやから、わしもそれを利用させてもらった。上手い事いったわ、これでわしの改造人間が誰よりも、何よりも優れとると証明されたわけや。李香蘭総帥からも、間違いなく声がかかる――どうや七海、もう一度わしの部下にならへんか? そうすれば、日本の半分くらい支配させたってもええで」
「馬鹿にしてっ!」
ギリっと彼女の奥歯が鳴る音がした。よっぽど屈辱だったのか俺にまで聞こえた。
しかしこの流れ、どう考えても、正義の味方は七海ちゃんの方だろう。結局俺は、おっさんに騙されたのだろうか?
――正義の味方に成りたいんやろう?――
悔しい。
一瞬でも、おっさんを信じて、正義の味方になろうと思った俺が悔しい。
俺は俯き、声を絞り出す。
「おっさん……」
「なんやハヤタ? お前は支配の器っちゃうであかんぞ」
「違うよ、おっさんは俺を騙したのか? 正義の味方とか言って、俺を騙したのか?」
「騙してなんかおれへん。何故なら、わしの正義は、悪やからな」
何を言ってる?
「違う。正義は悪じゃない」
そう言うと、おっさんは声を上げて笑った。
「やっぱり頭が足らんなぁ。ええか、ひとつ教えといたるわ。正義っちゅうもんは、義を正すと書く。つまり、秩序とその維持が正義や。悪の反対やない。悪の反対は善。表裏一体の言葉にすぎん」
「そんなの、屁理屈だろ?」
「違う。真理や。ただ、多数派が善で、少数派が悪。そう呼ばれるだけや。誰かの都合のええように、そう決められるだけの話や。それをただ、わしらが甘んじて受けとるだけにすぎん」
「なら、おっさんは善だって言いたいのかよ? 世界征服を狙う秘密結社にいて、善だって言えるのか!?」
「言うたやろ、善も悪も所詮言葉や、幻想と嘘にまみれた、汚い言葉や。それを持ち出す頭の悪いボンクラどもがトップに立って破滅に向かうこの社会を、どうにかすんのこそ、正義やろ? その為の世界征服や」
「だからって、やっていい事と悪い事の区別ぐらい……」
「バカも休み休みに言えよ、ハヤタ。お前がここで体現した事は、良い事か? 悪い事か?」
「くっ……」
言葉に詰まる。ぐうの音も出ない。確かにそうだと言ってしまいそうになる。目的のために、生き残るために、俺は、卑怯な手を使い勝った。それこそ手段は選ばず、勝つことだけを考えて。
「ええか。誰にでもな、正義はある。それが、善やろが、悪やろうが、そのふたつともに、いや、それ以外にもそれぞれの正義があると言うてええな。そして、それを掲げて闘うのが、正義の味方――」
「つまり、俺は……」
「コーラン虎の穴トーナメント優勝で、悪の正義の味方になった訳や。おめでとう、改造人間本郷ハヤタくん。わしらの手足となり、我らが野望、世界征服の足がかりとなれ。そうすれば、征服の暁には、お前は晴れて善の正義の味方になれるわけや。どや? “お前が”――望んだ通りやろ」
ニヤリと口が歪みクククと始まったおっさんの笑いが、段階を経て、高笑いへと変わる。
勝ち誇った笑いだ。見下した笑いだ。俺をバカにした笑いだ。
おっさんは最初からわかってたんだ。俺が、善の正義の味方に憧れている事を。それでもなお、こんな事を言って、バカにしている。腹が立った。俺の信じた正義をバカにされているようで、無性に腹がったって来た!
勇者のマフラーがたなびく。立ち上がれと、俺の心を奮い立たす。
絶対的な正義の味方が幻想だというのならば、
俺の正義が嘘であるというなら、
屁理屈なんて抜きにして、
俺は、
俺の正義を貫くだけだろうがっ!
「おっさん!」
「なんや?」
「俺の――」
仰向けになる。見下すおっさんの顔が見えた。
「指を――」
人差し指を突き出し、おっさんの前に。
「見ろぉ!」
「貴様ぁ!?」
おっさんの動きが止まった。それと同時に、七海ちゃんへの呪縛が解ける。
「四十八の必殺技のひとつ――」
指を回し、矛先を天へ……、向けなくてもいい――七海ちゃんが動いた。俺は声だけ絞り出す。
「正義のぉ、見得ざる手!」
彼女は一瞬でおっさんと野間合いを詰め、細く滑らかな脚で自分の身長よりも高い父親の顎を蹴り上げる。
俺の言葉と同時に空中に放り出されたおっさん。それを追うように踏み切り、天井を蹴り返し空に舞う彼女は、まるで天使のようだった。
そんな彼女が紡ぎ出すであろう言葉。それに俺も声を重ねた。
「かーらーのぉっ!」
ユニゾンした俺と七海ちゃんの声。天使は差し込む天井の明りを背に体をすぼめ、蹴り足を何度も突き出す。
「超・天馬流星蹴っつ!!」
一筋ではない光――無数に繰り出される彼女の連撃が、まるで流星郡となって降り注ぎ、おっさんの体を微塵にしていく。
それは残酷な事だ。実の父親を手に掛ける娘――それが、互いの正義のためだと言っても、心に傷が残るだろう。そう思えば、俺もなんだか、悲しくなってきた。
「これで勝ったと、思うなよぉ!」
空中で爆砕されるおっさん――いや、悪の秘密結社コーラン幹部、小山内宗平。悪に囚われた悲しい男。ここに成敗。
そして、蹴り抜き、ふわりと舞い降りた天使こと七海ちゃんは――今日もやっぱり白だった。
■■■■
あれから俺は、七海ちゃんが所属する組織において善の正義の味方になった。給料はそこまで高くないが、立派な就職先だろう。それに、お陰さまで高スペックな俺は、あっという間に全国レベルのヒーローとして活躍している。
まあ、全国レベルと言っても、一般人に知られる事はない。国が情報規制を掛け、更には記憶消去光線なるものを活用し、情報を完全にシャットアウトしているおかげで、素顔の俺でも、安全に闘えると言う訳だ。
相手はもちろん地球制服をもくろむ悪の秘密結社コーラン。よくよく聞いてみると、実はかなり昔から、争っているそうだ。それもずっと、絶え間なく。
だから俺は全国を飛び回り、そんな闘いに明け暮れている。今日も移動で静岡へ。ちょうどニャンダム……、もとい、ガンダムの立つあの公園が舞台になりそうだと、俺のパートナーである七海ちゃんが、言っていた。
今は東静岡駅へ向かう途中のローカル線だけど、隣で寝息を立てている七海ちゃん、その姿がとってもかわいい。ワンピースの襟元から見える鎖骨とか……、思わず襲いかかってしまいそうだが、それをしてしまうと、このコンビが解消されてしまうし、俺は仕事を失うだろう。
それはもう笑い事じゃなく、地獄が見れる。
そうやって外を見ると、どうやらもうすぐ到着だな、晴天の空の下――パトカーが慌ただしく走る平行する道路。もう、相手は先にいるらしい。眠り姫には悪いけれど、そろそろ目覚めの時間ですよ。ってね。
「裏切り者の七海にハヤタぁ! わしのガンダム見学を邪魔すやなんて、とんだドアホやのぉ!」
「やっぱりあなたでしたか、お父さんっ!」
「はぁ……、何度目の復活? ああ、もう、どうでもいいから、おっさん……」
俺の指を見ろぉ!
――了――
読了ありがとうございます。そしてごめんなさい。藤咲一です。
えっと、去年に引き続き、今年も参加させていただきました空想科学祭2010。
とっても楽しく書かせていただきました。もう、プロットとか、そういったもの全くなしで、一気に書いたこの作品。
「あなた、やりすぎですよ」と言われる事を覚悟して、書きました。ここまでオマージュを入れてしまう事に、抵抗がなかったと言えば嘘になります。できる事ならば、すべてオリジナリティ溢れる笑いを狙いたかった。
反省はします。けど、後悔はしません。
だって、とっても楽しかったんですから。
そんな私の書いた今回の作品。楽しんでいただけたり、何か、感じていただければ、私は幸せ。そして、オマージュネタが共有できた方々に感謝と、一方的な愛を送り、ここであとがき終了です。
長々と、付き合っていただき、誠にありがとうございました。
また、どこかでお会いできる日を夢見ながら、失礼いたします。
藤咲一でした。
10/08/22