大人気スポーツに完璧なコンピュータ審判が導入されなかった理由
この世界では『ケラッツ』というスポーツが大流行していた。
プロリーグもあり、サラリーマンの会話というと天気の話か『ケラッツ』かという具合だ。
『ケラッツ』がどんなスポーツなのかというと、広いコート内で10人vs10人のチームが入り乱れ、一つのボールを投げ合い、当て合うというもの。
かなり荒っぽいスポーツではあるが、その分細かいルールは数多い。
たとえば、ボールを頭部に当ててもスコアにはならないとか、至近距離からのボール投げはファウルを取られるとか、ボールを投げる瞬間両足が地面についていないといけないとか。
なので審判も非常に繊細なジャッジが求められ、試合中揉める場面も多くなる。
「今のは頭に当たっていたでしょ!」
「投げる時右足浮いてた!」
「距離近いって……ファウルだ!」
時には乱闘になることもある。
選手が熱くなれば、観客や視聴者も当然ヒートアップする。
「審判どこ見てんだ!」
「えー、今のは頭じゃなくて首だろ。一点入ってたよ……」
「ふざけんなー! 審判買収されてんだろ!」
『ケラッツ』は紛れもなく大人気スポーツだが、選手同士、ファン同士の諍いも絶えることがなく、そこが唯一にして最大の問題点と言われていた。
***
一人の科学者がいた。
彼もまた『ケラッツ』の大ファンであり、選手やファンが揉める光景を日頃から苦々しく思っていた。
そこで彼はこんなことを思いついた。
(完璧なコンピュータ審判を作ることができれば、『ケラッツ』をもっと平和で公正なスポーツにできるのでは……)
そして、長い月日をかけて、試行錯誤を重ねて、ついに人型のコンピュータ審判が完成する。
科学者は歓喜する。
「……完璧だ! 高性能カメラと高性能センサーで『ケラッツ』特有の判定の難しい部分を完璧に判定できるようになった! この審判を導入すれば選手もファンも、もう曖昧な判定で揉める心配がない!」
さっそく科学者はこのコンピュータ審判を大々的に発表する。
私が『ケラッツ』の歴史を変えるのだ、という思いを胸に秘めて。
彼の耳にはすでに「すぐ導入しよう!」「こういうのを待ってたんだ!」などの声が聞こえていた。
ところが――
「うーん……」
「今のままでいいんじゃないかな」
「無理に変えなくても……」
選手も、ファンも、『ケラッツ』を運営する協会も、導入には否定的だった。このような世論の中、大人気スポーツの審判をコンピュータ化するというのは難しく、結局話は流れてしまった。
「な、なぜだ……? なぜなんだ……?」
科学者が大いに落胆したことは言うまでもない。
***
ある夜、科学者は一人バーのカウンター席で飲んでいた。
コンピュータ審判導入の失敗により、酒のペースは早く、心も荒れている。
「くそっ、なんでだ……。私のコンピュータ審判を導入すれば、より精密な判定が可能になるのに……」
その横に、スーツ姿の壮年の紳士が座る。
科学者の酔った頭でも、それが誰かはすぐに分かった。
「……!? あ、あなたは!?」
紳士は『ケラッツ』協会の会長であった。
彼もかつては『ケラッツ』のトッププロ選手だったという側面もある。
「隣、いいかな?」
「どうぞ……」
二人の前に、酒が入ったグラスが置かれる。
少しの静寂の後、会長が口を開く。
「コンピュータ審判……残念だったね」
「……ええ」
会長はグラスに入った酒を飲み、言う。
「なぜ、コンピュータ審判の導入が許されなかったか、分かるかね?」
科学者は目を細め、答える。
「人気スポーツの審判を機械如きに任せたくないってことですか?」
「ん~、ちょっと違うな」
しばしの沈黙。
「私がプログラムをいじり、特定のチームを贔屓するような不正をする恐れがあるから、でしょうか?」
「あの発表会を見れば、君がそんなチャチなことをするような男ではないことは誰でも分かることだ」
科学者はさらに考え――
「なら、人間の審判の職を奪ってしまうとか?」
「仮に人間の審判が全てお払い箱になったとしても、『ケラッツ』の市場規模を考えれば、彼らには次の仕事をいくらでも用意できるさ」
コンピュータだから、ではない。
製作者の不正を疑う声もない。
人間の職を奪うからでもない。
科学者は首を傾げる。
「じゃあ……なんなんです?」
「ちょうど今、『ケラッツ』の試合をやってる。見てみようか」
バーにあるテレビの画面では、『ケラッツ』プロリーグの試合が生中継されている。
投げたボールが頭に当たったか、首から下に当たったかで、選手同士が大いに揉めている。
客席も歓声やブーイングで沸騰している。
「これだよ」
「え?」
「審判の曖昧な判定こそが、この熱気を生むんだ。『今のはミスジャッジだ』『いいや、審判の判定は絶対だ』とね。もしコンピュータ審判が完璧なジャッジをするようになったら、『コンピュータの判定なんだから』とこの熱気が生まれなくなってしまう」
「……!」
「それにね、人気のあるスター選手ほど審判の目を欺くのが上手い。そうやって細かなルール違反をしつつ、スーパープレイを決める。もしコンピュータ審判を導入してしまったら、彼らの手は一切通用しなくなって、スーパープレイは生まれなくなり、スター選手の誕生も難しくなってしまう。かくいう私ももし現役時代に君の作った審判が導入されていたら、きっと凡庸な選手のまま引退することになっただろうね」
科学者は黙って聞いている。
「ようするにだ。人々は口では公平公正なジャッジを求めつつ、心の中では遊びの部分が一切ない完璧なジャッジなんて求めていない。だって『あの判定はおかしかった』『審判がちゃんとしてればこっちが勝ってた』と騒ぐ余地がなくなってしまうわけだからね」
「……」
「もっと言ってしまえば、『ケラッツ』というスポーツそのものが、完璧なコンピュータ審判を求めていないというわけだ」
これが言いたいことの全てだ、と言うように会長はグラスの中の酒を飲み干した。
一方の科学者は、会長の言葉を神妙な顔つきで咀嚼する。
「……なるほど、よく分かりました」
科学者の目は決して死んではいなかった。
「だとしたら、そんな遊びの部分まで完璧に考慮できるコンピュータ審判を作ることができれば、あの熱狂をより大きくできるコンピュータ審判を作ることができれば、採用される可能性はあるということですよね?」
「フフ、その通りだ」
科学者もまた酒を飲み干し、宣言する。
「私は諦めませんよ……」
会長はこれを見て、にっこり笑みを浮かべる。
「期待しているよ」
完
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