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「あなたの隣を歩きましょう?」  作者: イチイ アキラ


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08


 その卒業式の舞踏会に参加したものたちは後まで語る。


 その美しいダンスを。

 多くの女生徒を魅了したその姿を。


 クロエ・グラフティーの――男装を。


 彼女は何と男装だった。

 いや、それは完全に男装というには少しばかり違うだろうか。

 男装というにはあまりにも華やかで。


 彼女の背の高さや細腰を魅せるすっきりとしたデザインながら、腰に飾られた真珠を散りばめられた大きな薔薇飾りや、袖や裾にあしらわれた贅沢なフリル。その袖口の銀のレースの見事なこと。

 まるで夜明けに輝く星のような。

 そう、タキシードでありながらまるでドレスのような。

 何より彼女の黒髪を一つに束ね、シンプルに飾りながらも輝きたなびく長いリボン。

 それらは実に彼女に良く似合った。

 いつもの彼女に良く似合う紺色の。

 そう、クロエといえば紺色のドレスで影のような存在であったはず――なのに。


 紺色とはこんなにも華やかに映えるものなのかと皆が驚いて。


 やがて彼女が踊り出して理解する

 彼女がまとうから――似合うから凛として華があるのだ。


 彼女は踊り出す。

 パートナーを引き立てるその影の色。

 けれども彼女自身も――輝いて。



 ――――



「お任せください!」

 呼ばれて駆けつけたのは――スピカ。

 今や王太子お気に入りのデザイナーにして、クラリスの頼りになる義娘(予定)だ。(予定)なのはまだ彼女も学生で息子の婚約者だから。

 婚約段階でどうなるかわからないのは今回のことでも少しばかり考えてしまう。しかし我が子たちは「王命」により決まった婚約をきちんと理解できる子たちだから大丈夫だと――信じているが。


「まあ、スピカさん!」

「お久しゅうございます、セリーヌ様」

 実はスピカはネージェン侯爵家とはすでに恐れ多くも顔見知り。

 レトラン家がネージェン侯爵家の寄り子であったバーディ家の領地を含んで興っているので、レトラン家の後見もネージェン侯爵家が請け負ってくださっている。

 領地管理は男爵位であったスピカの父母では、伯爵位クラスとなるとまだまだ不慣れなところもあるのでご指導ご指南、助かりまくり。日本のゲーム会社が作った世界観だから春始まりな学園だし寄親寄り子の関係もあるんだな、なんてことまでスピカは考えつつ。

 そしてネージェン侯爵デリック。レトラン家も引き受ける余裕のあるなかなかのやり手であった。

 何よりデリックにとってクラリスは歳下の叔母にあたるが、実際は妹のようなものだった。セオドアは甥のような。彼が爵位を受けられるようにとしたあれこれが、巡り巡って――今だ。


 こんなやり手の彼が、彼の期待を裏切ったテレンスのピートル子爵家に何もしないのは……――。


 そう、セリーヌにとってのクロエのように。デリックとクラリスは仲が良かった。

 セリーヌは家とクラリスという伝手を使ってスピカにウェディングドレスをデザインしてもらっていたのだ。むしろせっかくある伝手を使わずしてどうするというのか。

 おかげで嫁ぎ先の侯爵家も大満足なドレスを製作中なのだが――今はそれどころではなくなったところ。

 そしてスピカはクラリスと、己の婚約者に何故かなった彼女の息子のセオドアの柔らかい灰色味ある銀髪はこの侯爵家の色なのだと知ったり。その際にお知り合いになったクロエの黒髪に個人的に親しみをもっていたり。

 そう……親しみもったそんなお人を!


クラリス様(お義母さま)の教え子ならば私にとっては姉弟子のような御方……許しがたい!」


 スピカはすでに事情を聞いてきていた。そして義憤にかられて腕まくりだ。

「一ヶ月しかないですとか! ならば急いで打ち合わせましょう! 時は金成り、一寸の光陰軽んずべからず!」

 何処の国の言葉だろうか。でも何となく意味はわかる。

 皆は頷いた。

 クロエも。

「まずはクロエ様のお好きなものや着たいものを……」

 基本的なところからと、スピカはいままでしてきた己のスケッチブックを持参してきていた。

 これは世に持ち出しても良い「A」以外のデザイン画だ。

「今回は時間がありませんから、既存のデザインでもお気に召す型などの参考に」

 それでもスケッチブックは秘蔵扱いであり。

 クロエだけでなくセリーヌやクラリスもそのお宝に目が輝く。女の子であればそのドレスとはお宝である。憧れである。

「お好きな色……クロエ様に似合う色は……と……」

 スピカはふと、聞いていた話を思い出す。

 クロエは婚約者から「紺色」のドレスばかりを贈られていた、と。

 ならば違う色がいいだろうか。

 今は普段着として淡い水色のワンピースを着ていらっしゃるが……うん、それもお似合いなのだが。


 ――ふと。


 クロエの青味ある黒髪にまた珍しい青かがった明るい緑の瞳。

 それはやはり――深い紺色がとても合う、のでは……。


「あかんあかん……」

 小さく、皆さまには届かないよう小さくつぶやき、スピカは切り替えた。御本人が一番着たいドレスを作るのが自分の役目。


 ……なのだけど。


 そこでスピカは反省した。今回の依頼主、クロエのことを先にクラリスに聞いて来たわけだが、自分もまだまだ人を見る目が足りなかったと。


 クロエは――格好良かった。


 誰もが彼女の決意を、そこまでだとは。

 彼女を憐れんでいた――見くびっていた。


「……紺色が、着たいです」

「クロエ?」

「え、でも……」

 今までの彼女はテレンスにそればかり贈られて着ていた。嫌になっていても仕方がないし、皆もそう思うだろう。

 だが。

「でも私、紺色……似合いますから」

 それな。

 スピカは頷いた。少し会ったばかりの自分がそう思ったくらいだ。御本人がきっと一番良く思っていたって当たり前。

「じゃなかったらずっと着ていません。三年間も、彼の婚約者も」

 それな。

 再び。


 その時、スピカはこの少し歳上の少女がとても――格好良いと思った。


 ドレスばかりは三年間も我慢していたのではない。

 我慢ではなく、自分に似合うときちんと理解していた。

 婚約者にいろいろと我慢させられた中で、きちんと――。


 ――我慢はあきまへん。


「テレンスのセンス悪くなかったんです……ので……」

 少し、クロエは自分の恥ずかしことなので顔を赤らめながら。

「あの、私……こんな背が高くて大きいくせに、フリルとかレースとか、大好きで……テレンスに、彼の贈ってくれていたドレスには、助けられて。自分で好きなの選んだら……きっと……あの……」

 きっと、大惨事。

 背が高い女が豪奢なフリルたっぷりのドレスをまとったら。

 それは壁の花としてそれはそれは目立っただろう。

 テレンスはクロエに嫌味で紺色のシンプルなドレスを贈っていたが、実はそれがクロエを助けていただなんて。

 恥ずかしいと顔を赤らめうつむくクロエに――。


「いや、フリルやレース、かまいませんよ?」


 ドンとお任せあれ。

 頼もしい存在がここに。


「女の子ですもん。かわいいの好きは――正義ですわ!」



 書きたかったところまで来ました!


 師の師は我が師も同然!

 …そんな世界があるんデス。スピカさんのは正統に姉弟子ですけんども。


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