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「あなたの隣を歩きましょう?」  作者: イチイ アキラ


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05


 テレンスは確かに「卒業後」を考えていた。

 それをずるずると一ヶ月前というぎりぎりまで悩んで――天秤にかけながら。


 そうして天秤はクロエには、むしろついてくる子爵位には傾かなかった。


 そして三年間の憎しみを返すタイミングを計って。

 自分から「非を認めて」解消を申し出せば、しかも平民になる決意でと言えば、誰もがテレンスがそこまで悩んでいたのかと。テレンスが嫌がらせでそのタイミングまで待ったとは思わなかった。

 むしろぎりぎりまで悩んだのだろう――そりゃ自分からお宝を手放すだなんてと。皆はテレンスが苦悩したのだと同情的に。


 誰もがテレンスが天秤にかけただなんて思わなかったから。


 彼は侯爵家から「了承した」とだけ返事が来たことに。平民となるならばとお咎めがなかったことに、計画通りだとニヤリと笑みを浮かべた。

 さあ、卒業パーティが楽しみだ!




「えー、婚約破棄にしなかったんですかぁ?」

 テレンスは自分に甘えてくる赤味ある金髪の少女に、彼女の好きな美しく甘い笑みを向ける。少しばかり皮肉屋な苦笑混じりの笑みを。

 彼女はこの顔に惚れ込み、彼を――クロエから奪ったのだ。伯爵令嬢でありながら。  


「あ、ああ……本当は今までかけられた迷惑料として、皆の前で破棄を突きつけてやりたかったけれどな?」

「本当よぅ! いつもテレンスに恥をかかせて! だからいっそ卒業式で婚約破棄を突きつけてやれば良かったじゃないですかぁ!」


 少し前に流行った小説のように。

 彼女らはクロエを惨めに一人で卒業式後のパーティに参加させて、長く自分たちの障害であったことを思い知らせる。惨めに泣き叫ぶクロエを許してやりながら皆に祝福される。

 そんな婚約破棄劇をしてやりたいと、彼女は思っていたのだが。

 クロエは侯爵家に後見を受けているがそれは寄り子としてだし。親を亡くしたときに身内に引き取りを拒否されたようなクロエでは、卒業式に参加して守ってくれる身内もいないだろう。


 テレンスがそう思うのにはさらに理由があった。

 侯爵家の姉姫のセリーヌだ。

 昨年まで在学なさっていた寄り親貴族の。

 彼女はしっかりと寄り子貴族の子らを監督していたようだった。


 その中でもテレンスと――クロエに向けれる瞳は冷たかった。


 あれはきっと、親が亡くなったのをこれ幸いと侯爵家にすり寄ってきたクロエに腹を立てているからに違いない。

 でもなければクロエともっと親しげでも良いはずだ。

 けれども二人は寄り親貴族と寄り子貴族としての距離のまま。

 テレンスは本当に自分がハズレくじを引いたことに悔しくなった。

 子爵位をもらえるとはいえ、その寄り親であるネージェン侯爵家に良く思われていない相手なんて、先が真っ暗で思いやられるばかり。

 だから侯爵家の皆様が卒業式後のパーティでクロエのパートナーを気にかけるはずがない。


 寄り親として三年前に自分という婚約者をあてがうほど、彼らがクロエを気にかけていたことを、当事者の彼自身が忘れていた。三年はそれほど彼を屈折させた。

 そう、婚約者であるテレンスがいなければエスコートの当てもないと思い込んでしまうほど。


 だから一人惨めな姿を拝めるはずと。


 実はぎりぎり一ヶ月前まで引き延ばしたのは、実はテレンスの新しい婚約者になるこの少女の案だった。もちろんテレンスが欲深くこの少女とクロエを天秤にかけてこちらに傾いたのもあるが。 

「いや、クロエとの婚約は侯爵家からの話だったからな……」

 さすがにテレンスは侯爵家まで敵に回すつもりはなかった。

 侯爵家はテレンスが平民になるほどの覚悟ならと、それで溜飲を抑えたはずだ。

 彼らは平民落ちと考えているようだが、ただの、ではないことにテレンスは悪い笑みを浮かべる。当てがある平民落ちなのだ。


 一ヶ月前では危ないかなと彼も懸念したが、やはり彼も惨めなクロエの姿がみたくなり。


 一ヶ月ではドレスも――パートナーも用意できまい。


 三年間も惨めな目に遭わされた仕返しがしたかったからだ。

 そしてこの卒業式の、今日まで何も言われなかったことに。

 自分はやはり「幸運」だなと、テレンスは満足気に新しい婚約者のエスコートをする。

 彼女とはこの卒業式が終わったら新たに婚約を結ぶことになっているのだ。何故後かというと、解消したばかりでは外聞が悪いと親たちに止められたからだ。

 彼女はテレンスの取り巻きの中のひとり。そして周りの忠告も聞かないで彼に惚れ続けているひとりで――今回、とうとうテレンスを手に入れた。

 メアリー・マイン伯爵令嬢だ。

 彼女の家はたくさんの商会を抱えてとてつもなく裕福だった。先頃、その納税額などから子爵から伯爵へと位を上げたほどの。

 メアリーは三女であるが、家族に愛されて可愛がられていた。

 彼女はその美しいテレンスに惚れて。どうしても欲しくて――この卒業まで、ずっと彼の取り巻きとなり、彼に囁き続けてきたのだ。


「私に婚約者を変えましょうよぅ」

「私なら貴方にそんな想いはさせないわ」

「私なら、貴方にいつか……貴方自身の手で、爵位を買わせてあげられる(・・・・・・・・・)


「貴方を惨めにさせたクロエなんかのおかげ(・・・)じゃなく!」


 その愛え上手なところもそう暮らしてきたからだろうなと、クロエと比べてしまうテレンスだ。

 まあ確かに、両親を事故で亡くして身内にも引き取りを拒否されたら暗くもなるかとかわいそうには思うが。三年前、自分もそう思って、かわいそうなクロエを助けてやるために婚約を受けたのだったが。

 けれどもいつしかその思いは。

 勝手に憎しみに変わった。

 クロエが隣にいることで、低くもない背をからかわれることになったし。何よりも「幸運」だなんてからかわれることが。


 クロエと結婚するから子爵位をもらえる男。


 そう言われたことがテレンスの男のプライドに触れた。

 三年前の学園に入る前の自分に出会えたらその婚約の話は断われと言ってやりたい。

 自分ならば――クロエなどいなくても自力で貴族になれる(・・・・・・)、と!


 だからメアリーからの話に乗り換えた。

「昔からお父様たちも私と結婚するひとには一番良い商会を譲ってくれるって言ってるの! お姉様たちよりも良いところよ!」

 そうしてマイン子爵家がもともと商人から男爵位を買って貴族になったように。少しずつ子爵へと上がり、そして先だって伯爵位へと成り上がったように。


「ああ、俺も自力で爵位を買ってみせるさ! ありがとうメアリー! 俺をクロエから解き放ってくれて!」

「きゃあ! テレンスのためなら……それにネージェン侯爵家て、お祖父さまが確か……そう! うちにも何か昔に借りがあったそうだから。お金でも貸してあげたんじゃないかしら? だから何も言ってこない……ううん、言えないのよ?」

「さすがだな、マイン家……伯爵位を自ら取りに行ったくらいだ。尊敬するよ」

 テレンスの強みは。クロエを切り離した強みは。

 自分にはマイン伯爵家という、ネージェン侯爵家より裕福で勢いがある味方ができたからだ。

「えへへ……テレンスもマイン家の一員になるんですよ? あ、一番良い商会てどれにしよう。私、宝石とかがいいなぁ」

「宝石かぁ……確かに、俺達にぴったりだな」

「ねー?」

 二人の未来は輝いていた。クロエという影を切り離すことで。


 光は影がないと眩しいばかりなことに彼らが知っていたら。

 光によって目がくらんでいる彼らには、友人たちが笑顔でないこともわからず。

 それはクロエからメアリーに乗り換えただけで婚家の力にたよるのは一緒じゃないかと、テレンスの友人たちは止めたのだが。

「何を言う。メアリーはすべて私に任せると言ってくれているんだ。「子爵家は自分が継ぎます」だなんて可愛気のないクロエとは違って、俺を立ててくれるんだぞ!?」

 いや、子爵家を継ぐのはクロエ嬢だから当たり前だが?

 友人たちは卒業式のあとは……――平民となるテレンスとの関係を考え直すだろう。


 テレンスは甘かった。

 若人故に夢をみたと言えるだろうが――若人だからこそ現実をみなければ。


 貴族に、そんなに簡単になれるものか。

 テレンスは貴族を自ら止めたが、それで良かったのかもしれない。

 余りにも――甘い。

 



 だから彼は卒業式で思い知る。

 自分が自ら捨てたものの価値の高さを。

 彼ではきっと商売の何たるかもわかるまいと、今ここで皆が知ったことまで。

 彼らは惨めな存在となるクロエを笑ってやるのを楽しみに――。


「何よ、あれ……なんであんなに格好いい(・・・・)の!?」


 ――していたのだが。


方言娘「ステイステイ、まだだまだだ」

糸目娘「?」

方言娘「…ツッコミが欲しかぁ」


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