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「あなたの隣を歩きましょう?」  作者: イチイ アキラ


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 その夜明けの色をまとったクロエをエスコートするのは。

 彼女が夜明けの色ならば、自分はその後見であるとさらに深い色のタキシードを着たエリオットであった。

 そしてその色はクロエの髪の色。青味ある黒の色だ。

 舞踏会の照明で輝く銀の髪にその色はなんとも映えた。

 そしてクロエのタキシードでありドレスなものの銀のレースや刺繍は、控えめでありながら彼に合わせてあるのだと。

 エリオットのタキシードも装飾が多いが、男性でもむしろ彼の年代だから着れるものだ。可愛らしさと凛々しさ、それが絶妙に混ざりあう。いや、高め合う。

 クロエと並ぶと控えめにみえるし、けれども並ぶと互いに引き立て合う。

 それぞれ一人で立ってもまた華やかだと、また一目で解る。


 本来男性は女性のエスコートとして。そして女性を引き立てるために在るというが――これは互いにエスコートしている。


 それがさらに皆から感嘆を引き出したのはダンスが始まってから。


「あれ……!」

「まさか……すごい……」

「ああ、なんて――素敵!」


 二人のダンス。

 彼らは直ぐに気がついて。


「ネージェン侯爵子息が女性パートだ!?」


 そう、二人はパートを逆に。

 そのための衣装であったか。

 だからエリオットも華やかであったのか。


 そして何より――。


「クロエ嬢……格好良くない……?」

「ダンス、上手い……」


 背が高いクロエの完璧なエスコートでエリオットは女性パートを危なげなく踊っている。

 むしろそう在るべきと楽しそうに。


 少年は見事にエスコートをやり切り、そしてエスコートされ切った。


 クロエは踊るのが昔から好きだったが、今では誰にも誘われない。

 ならば。

 クロエが誘う側になれば良い。

 妹弟子からの腕組みしての提案だ。

「逆に考えるんですよ」

 セリーヌの練習相手として男性パートもしっかり踊れるクロエだった。それに彼女は男性パートも楽しめる性格だった。

 そしてスピカによってそのためのドレスを。新たに挑むための鎧が用意されて。

 しかもこんなにもクロエ好みの。


 一曲が終わり皆が拍手する中――さらに驚きが。


 何とクロエ嬢にダンスの申し込みが。

 それはアスター公爵令嬢。

 彼女はアルフレッド王太子殿下の婚約者――王太子の溺愛すさまじく、いつもはお身内としか踊らない、彼女が。

 皆が息を呑む中、王太子殿下はにこやかに送り出していた。

 そうか、相手が女性ならば……と。

 いやそれ以上に。彼女は王太子殿下の婚約者様と踊る許可が降りた存在なのだと察し良いものは。

 それは「女が男側なんて!」と呆気に取られていた頭の硬くて古い方々が、難癖をつけることも封じていた。

 王太子殿下が許したことを誰が文句を言えようか。


 そして見事としか言えないダンス。

 アスター公爵令嬢はエスコートされることに慣れておられた。

 皆がまた「おや?」と感心も。

 艷やかな濃い茶の髪に合わせながら、王太子殿下のお色である黄金色をまとうアスター公爵令嬢をクロエのまとう紺色がなんと鮮やかに引き立てているのだろうか。

 その華やかに装飾された男装ドレスは、そのフリルやレースもダンスの邪魔にならないよう計算されつくしている、とも。

 黄金のドレスをクロエの紺色が引き立てる。


 まさに王道ともいえる素晴らしいダンスを終えた二人に惜しみない拍手が。一番拍手しているのが王太子なことに安堵も。

「さすがだねスピカ。今度、僕にも紺色よろしく」

 王太子が紺色を欲しがられた。

 クロエが婚約者に贈られ続けた、蔑ろにされた証のような色を。

 皆がさらに驚いたのはそう頼まれたのが、入学してからその才能で話題になったレトラン伯爵令嬢で。

 皆は察した。つまりこの王太子のお気に入りのデザイナーこそが、このクロエの――と。

 そのレトラン伯爵令嬢がアスター公爵令嬢を王太子の下に送り届けたクロエの次の相手だ。驚き落ちつく時間がない。


 クロエは伯爵位になったばかりのまだまだ不慣れな令嬢を、安心させるように優しくエスコートしている。

 麦の穂のような明るい金の髪の美少女を、黒髪の凛々しい美少年――そう、クロエは中性的な危うい美貌の持ち主であったと皆もはっとした。

 今まで眩しいテレンスのせいで、紺色の壁の花とされて気が付かなかったのが惜しいほど。

 クロエのエスコートでまたレトラン伯爵令嬢の淡い若葉色のドレスも映える。

「え……あのドレスの色も合う、の……?」

「さっきは黄金で、今はあの淡い緑にも……」

 それはクロエのエスコートあればこそ。彼女が上手く少女たちを引き立てる影となるからだ。

 だからクロエのエスコートは安心だとばかりに、レトラン伯爵令嬢ものびのびと踊っている。

 なんて初々しい。そして――……。


「……羨ましい」


 一人の女生徒がそんな不思議なことをつぶやいた。

 けれども言葉なく同意でうなずくものの多さ。

 しかも驚きも休みなく続くのだ。


「え、あの方……」

「あ……あ、黒の君よ……!」

「今宵こそ……!」


 とうとう男性陣からも黄色い悲鳴が。

 それは何とも不思議に、妖艶とあどけなさが混じる――美しい黒。

 舞踏会や夜会など、こうした催しものだけに現れる美少女だ。

 最近ではまるで天女のようだと他国の使者たちからも讃えられる。それは美貌だけでなく、その豊かな知識からも。様々な言葉が通じる彼女こそ天女、と。

 今日は赤い大輪の牡丹の髪飾りをつけたフランター伯爵令嬢だ。その瞳の縁に赤い色が乗り、なんて蠱惑的で美しい流し目だろうか。

 ドレスもまた深く赤く。複雑に結ばれた帯がまた華を模したように。

 そしてまたその美しい牡丹を引き立てる夜明けの色よ。

 何より二人の黒髪が。

「ねえ、ご存知? クロエ様?」

「何でしょう?」

「黒という色は、尊くて、一等派手な色、なんですって」

「……まさに」

 彼女らの微笑みこそ、尊く。



「なぁ、クロエ嬢って……ダンス、上手いんじゃないか?」

 それはかつてテレンスとのダンスがあまりにもお粗末であったことを。

「いや、男性側だからでしょう? そりゃあ、あんなに背が高かったたら、男相手だと難し……」

 かつてクロエと躍ったことがあるテレンスの友人が、自己弁護もあって言いかけた。彼は最後まで言い切らなくて命拾いした。


 なんとクロエは五人目にして再び、エリオットの手を取った。

 皆が驚く中――ふたりは。

「まあ……まあ……」

「素敵……」

 エリオットが男性パートを。クロエが女性パートを。

 完璧に。

 クロエは先ほどまでの凛々しい男性のような雰囲気はまったくなく。そこにはただ背が高いだけの美しい女性がいた。

 今日、卒業した彼女は。今まさに大人の仲間入りをし背伸びしている(・・・・・・・)のだという雰囲気だ。

 それを幼くも紳士として立派にエスコートするエリオット。

 エリオットの方がクロエの肩までしかない身長差なのだが、そんなことがまったく気にならない。

 何より。

 なんて楽しそうに踊る二人なのだろう。

 そうだ、先の三人の少女たちもとても楽しそうに躍っていた。

 今までクロエと躍ったことがある男たちは――恥じた。

 己のエスコートが下手くそだったことを、クロエの背の高さのせいにしていた。

 クロエを貶したことがある女生徒たちも。


 真実は、クロエの技量に追いつけていない野郎ども――であったわけだ。



 エリオットはここでそんな野郎どもに止めを刺した。

 曲が終わる。

 五曲も続けて踊ればさすがにクロエも息が切れて。

 一度休憩しましょうと付き合ってくれたエリオットに提案しようとして。

 隣をみて、己より低い彼の頭が消えたことに「あれ?」と思った瞬間。


 それはエリオットがクロエに片膝を付いて、その手を持って見上げたからで。

 彼はこのために一ヶ月前に扉を蹴破る勢いでエスコートを任せてほしいと部屋に乗り込んだのだ。

 そして一ヶ月という短い期間での怒涛の仮縫いも、女性パートの練習も。

 彼女にエスコートされるために自らも華やかな姿になりながらも。


 このために。


「クロエ姉様。五年前、初めてお逢いした日からずっとお慕いしておりました。私と婚約してください」


 やりやがったこの小僧!?


 会場の声が、一つに。

 クロエのダンスの話題も。「男装なんて……」と一部にあった不満や靄を、お仕舞いに全部吹き飛ばしたエリオットである。



 書いていて、めちゃんこ楽しかったです!!

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