連作短編『離島はよく雨が降るらしい』
Chapter 0 マクラ
えー本日はお日柄もよろしくて、なぁんて声を上げて読み上げてみますと…
おてんとさまを見上げる姿なんかがぁ思い浮かんだりするものですが
ちょこっと向きを変えてみますと…
お足元が悪い中、なぁんて下を向かせられちまいます
これも"てくにっく"ってなぇもんで
顔の向きが気分にも関わってくるってんで困ったもんだ
どうですか?上をみたら明るく、下を見たら暗く…
なに?蛍光灯の明るさと机の下の暗さだって?
さてさてそんな下らない話は置いといて…
今日のところはくらーい話
復讐が"てぇま"ってことなんですから、これまた困ったてぇへんだ!
そうなったらどうです?
今くらいは無理矢理にでも明るくしたってバチは当たらないとは思いませんかね?
それではそれでは、ここらであっしはおいとまを…
おい!
おいおいおい!やめとけやめとけ!復讐なんて!
ん?なんだい?あんた
やぶからぼうに!
何処のどいつだってんだ!
何処の誰だって構わないだろう!
とにかくだ!
復讐なんてなぁ損しかしないもんはやるもんじゃぁねぇのよ!
損だって?
お前さんは損するからやめるってのかい?
馬鹿言っちゃなんねぇ!
復讐はそんなちんけなものじゃねぇやさ!
世の中には復讐心を"えねるぎい"にして"びっぐ"になる奴だっているってもんよ!
なに言ってやがんだ、"えねるぎい"だって?
そんなもん勢いがつきすぎて、相手を殺しちまったらどうするんだ!
そうなったらお前、即お縄ってもんだ!
お前さんこそなに言ってやがる!
相手も人だ、人間だ。
そーかんたんに死んだりしねぇや!
それどころか、やって、やられて、やり返してって…
しまいにゃ強いもんが勝つって寸法よ!
やり返してっておまえ…だったらなおのこと損じゃねぇか!
お互いに損してなにも残ってねぇ!
なぁんてことになってみろ!
虚しいだけじゃねぇか!
虚しいだって?
ほんとーに虚しいってのはなぁ…
いざやっとここまできたぞ!って時にだなぁ…
当の奴さんがやせ細ってどうにも死にかけって寸法よ!
目の前にしたらやってやろうにどうにも気が引けちまって…
そ、そうなったらおめぇ…
そら、あれだ
たらふく食わせてやってだなぁ…
太ってきたらやればいい!
おっそいつぁ名案だね!
さてはあんた復讐名人だね?
おうよ!
恨みがあるならおいらに任せて…
ってなんかおかしくねぇか?
細かいことは気にしちゃいけねぇ!
そら!そうこうしてる間に開幕のお時間だ!
サイレン鳴り響く中照明が落ちていく…
Chapter 1 才能!努力!勝利!
「触んなよ!」
僕が一番よく言われる言葉。
消しゴムを拾えばばい菌扱い、いくらお風呂で洗ってもくさいって言われる。
給食の時間も、向かい合わせにはするけど僕の机だけ数センチ離れている。
たまに耐え切れずに涙がこぼれることがある。
そうなると先生が「関わった人は順番に謝って」って。
僕はこの時間が一番嫌いだからいつも涙をこらえるんだ。
でも本当に嫌なのは、僕だけが一人ってこと。
僕にひどいことを言う人、ちぎった消しゴムを投げる人、ノートを破く人、何もしない人、無視する人。
この人たちは皆クラスのメンバーで、僕だけが一人。
謝ってもらう時だってそう。
僕は一人、ごめんって言った人は皆の中に戻っていく。
それが耐えられなかったんだ。
だから僕は中学に入る前から学校に行かなくなった。
お母さんもお父さんも優しくて、僕の弱さをわかっているようだった。
「ごはん、一緒に食べないの?」
そう訊かれていたのは最初の数年。
次第に夜、両親が寝静まってから冷蔵庫から夕飯の残りを漁る日々となった。
顔を見られたくなかったんだ。
この時期は僕の人生で最悪だったと思う。
部屋で何をしても、油断すると自己嫌悪が襲ってくる。
数少ない同級生との会話を思い出しては、あの時ああ言えばと一人反省会を繰り返す。
逆恨みもあったと思う。
僕がこうなったのはお前らのせいだって。
でも誰よりも自分のことが嫌いだった。
転機というのは訪れるものだ。
19歳のある日、僕は両親の頼みで高校認定試験を受けに、試験場へ向かった。
3年前、同級生が妊娠した末に事故で意識不明の重体。
今も目が覚めていないらしい。
母はそのことにひどく胸を痛め、僕に彼女の分も若さを無駄にしないで欲しいと頼み込んできた。
内心ではひどく毒づいたが、母の手前まじめに勉強してついに今日、試験を受けに来たのだ。
試験場に着くと自分でも驚いた。
スラスラとペンが進む。
会場を出ると険しい顔をする受験者が何人もいた。
僕は1年ほどの勉強期間だったが、おそらく落ちることはないだろう。
少し晴れた気分で試験会場を出ると、ふと前から幼い子供と手を繋ぎ歩く若い母親が歩いてきた。
その姿は焼き付いたように脳裏に張り付いた。
同時にふつふつと怒りが湧いてきた。
僕は何をやっているんだ。
今日僕は、僕もやればできることを知った。
そしてずっと、何度も何度も手を差し伸べてくれていた存在があったことを思い出した。
自己否定に甘えて逃げることを正当化して。
確かに引きこもる切っ掛けを作ったのは同級生の奴らだ。
そして僕が本当に学校に行けなくなったのは、そんな奴らを受け入れて、僕を受け入れなかった教室そのものだ。
きっと僕がこれから行こうとしている社会で待つのは、小学校の教室と本質的には変わらない社会だろう。
だからこれは復讐なんだ。
怒る心が僕を突き動かした。
大学生活は楽しかった。
相変わらず友達と呼べる人間はいなかったが、勉強はやればやるだけできた。
ここでは一人で黙々と打ち込んでも変に見られることはない。
それどころか教授は僕を評価してくれた。
大人と話すほうが僕には向いていたんだろう。
入学当初は飲み会に誘われたことも何度かあったが、すぐに誘いはなくなった。
サークル活動にも興味が持てなかったし、同い年の先輩に敬語を使わないといけない意味がよくわからなかった。
毎朝、両親とニュースを見ながらご飯を食べ、車で大学へ送って貰う。
そして、講義が終わると毎日同じ研究室で教授と話しながら、論文について話し合った。
首相が変わったとか、知らない人が殺されたとか、芸能人が不倫したとか。
そんな話題を出すとなぜか教授は楽しそうにしていた。
僕の専攻は電子物理。
ここで最先端の半導体技術に触れることができたのは幸運だった。
僕は外資の半導体メーカーに就職した。
大学で学んだことを活かして働くのはやりがいだらけだった。
しかし、いつも人間関係が邪魔をする。
僕の言葉で訪れる沈黙は数え切れなかった。
そこで僕はよく観察して受け答えを準備しておくことにした。
課長が「頼むね」って言う時は外出する時だから、課長の承認が必要な書類は先に確認しないといけない。
エンジニアの手が足りない場合でも「難しい」や「無理」とは言わずに「確認します」と言わないといけない。
業務後に「喉乾かない?」って言われたときは「もちろんです!」って言ってからチェーン店以外の居酒屋に電話すると喜んでくれる。
そうこうしてる内に、齢40にしてついにプロジェクトリーダーに抜擢された
さすがにもう、自分が無能だなんて思ってない。
仕事はちゃんとできてる、評価もされてる。
女の子にはモテないけどね。
このプロジェクトは3億円の予算が組まれている。
成功したらローンを組んで家を建てよう。
このご時世、立派な家に住んでたら誰もが認める成功者に見えるはずだ。
「母さん、父さん
一軒家に引っ越さない?」
夕食の席で2人の顔を見ながらおもむろに提案した。
「今のプロジェクト成功させたらたぶん出世だよ
僕がお金出すから一緒に家を建てよう?」
僕の問いかけに答えらしい言葉はなかった。
ただ、なぜか母は泣き出して、父は普段飲まないビールを開けた。
ニュースでは24年間意識不明だった女性が目を覚ましたとしんみりした音楽とともに映像が流れていた。
「なあ?何でお前がそんなに金あるの?
大手で課長?年収1500万?
何でなの?おかしくない?」
ぶっきらぼうに問いかけてきたのはかつての同級生。
今いるのは居酒屋。
会社では絶対に行かない安さが売りのチェーン店だ。
何十年ぶりか、こいつが当時、僕をいじめていたかなんてもう覚えてない。
とにかく声をかけられて飲みに来たのだ。
僕のこのなりを見て驚いた顔は一生忘れられないな。
この為に頑張ってここまで来たんだと今なら確信できる。
「人を恨んだりしないことだよ」
僕もそっけなく返した。
Chapter 2 離島はよく雨が降るらしい
「あっづい…」
今日も快晴だった。
太陽はいやがらせのように僕の黒髪を容赦なく焼いた。
先日風に煽られ唯一の麦わら帽が飛ばされてしまった。
その日からなぜか雲一つ無い良いお天気が続いている。
いや僕にとっては全然良くない!
まじで熱中症なるから早く帽子を買わないと…
「尊!
おっすー!」
バタバタと足音が近づいてきたかと思うと、ポンと肩をたたかれた。
「おう晃
はよ」
晃はこの島で唯一の同い年の友達だ。
ずっと一緒に育ってきた親友でもある。
「尊暑そうだよね
わ、髪の毛灼熱じゃん!」
晃がポンポンと頭を触ってきた。
暑苦しいよ!
「暑苦しいよ!」
僕は晃を振り払った。
僕たちは高校三年生だ。
進学は考えてない。
僕は今日、東京の会社に面接に行くことが決まっている。
「スーツも暑そうだよねー
帽子なくしたんだっけ?」
晃がスーツのジャケットをツンツンとつついてくる。
「そうだよ…
飛ばされた…
だから今から買いに行くんだよ…」
どっと疲れが出た気がした。
なんだか肩が重い。
「それってミチコ商店だよね
昨日麦わらラス1だったよ」
なんでもないような顔で晃が言い放った。
なんで早く言わないの!
「なんで早く言わないの!」
そう叫ぶと僕は駆け出していた。
フェリーまでは時間があるが、帽子が買えないのは困るんだ。
全力疾走でミチコ商店に向かった。
やっとの思いでたどり着くと、膝に手をついて尋ねた。
「おばちゃん…帽子…」
「尊ちゃん…
ごめんよさっき売れちゃったんだ…」
ひどい耳鳴りの中で確かに絶望的な答えを聞いた気がした。
視界が白黒になって歪んでいく。
「尊ちゃん!?尊ちゃん!?
どうしたんだい!?」
ミチコおばちゃんの声は聞こえていたけど…目の前が真っ白に広がっていった…
恨まずには居られなかった…
逆恨みであることは僕にだってわかる。
でも何度だって考えてしまう。
あの時…
帽子なんて東京でも買えたじゃないか…
目を覚ました時、既にフェリーは出てしまっていた。
僕はいつの間にか部屋のベッドに寝ていた。
熱中症で倒れたらしい。
すぐに面接の約束をした会社には連絡したが、それだけじゃなかった。
大好きな落語のカセットテープも今日は聞く気になれない…
翌日から台風でフェリーの往復が止まったのだ。
何時東京に出られるかわからなくなり、会社とも相談したが、これ以上待つことは叶わなかった。
「お母さん…
僕…就職出来なかったよ…」
昔からお母さんは僕が泣き言を漏らすと、無言で優しく抱き締めてくれた。
肩から伝わる温かさがスッと気持ちを軽くしてくれる。
離島唯一の高校に届いた求人は他に無い。
晃の家は牡蠣の加工を行う工場を持っている。
僕もそこで働けないか頼んでみよう…
コンビニも無い、お店もミチコおばちゃんの所くらい。
他に選択肢なんてなかった。
それから数ヶ月が経った。
「お疲れ、尊」
隣に座った晃が缶コーヒーを手渡してきた。
まとめ買いされて段ボールで保管されていた、冷えてない缶コーヒーだ。
季節はすっかり秋だがまだまだ汗をかく気温だ。
「お疲れ、なあ晃
お前、東京出ようとか思わないの?」
プシッとプルタブを起こして1口含み、飲み込んだ。
それにしても、この前までココアとか飲んでた癖にいきなりブラックって背伸びしすぎなんだよ。
慣れない苦味に頬が痛くなった。
「俺は考えてないなぁ…
別にここでの生活好きだしさ
それに尊がいるじゃん」
晃がニッコリと笑う。
「はぁ…
マジかよ…
僕は絶対東京出るからね?」
僕はそう残し立ち上がった。
全く気が知れないよ…
作業着のまま荷物を背負って帰路に付いた。
家の前まで来たところで違和感に気付いた。
もう外は真っ暗なのに電気が点いていないのだ。
嫌な予感に駆られ、家の引戸を勢い良く開いた。
どうしてもそう考えてしまうんだ。
一緒に東京に行って、それならすぐに病院にも行けたじゃないか。
そう、考えてしまうんだ…
離島の診療所ではとても手術みたいなことは出来なかった。
母は命こそ別状はなかったが下半身に麻痺が残った。
もう歩くことはできないそうだ…
更に数ヶ月が経った。
介護自体は辛くなかった。
でも痩せていく母を見ているのは耐え難い苦痛だった。
毎日を工場と自宅の往復に費やし、母の世話をする。
そんな中で東京に住むと言う夢はだんだんと霞んでいった。
反対に晃は明るい表情が増えた。
晃のお父さんは仕事を覚え始めた晃に色々と任されるようになった。
晃はそれが嬉しいんだろう。
僕の暗い気持ちは晃の明るさに出来る影みたいだ。
晃が眩しい笑顔を見せれば見せるほど、黒く濃くなっていく。
「尊!
父さんがさ、尊と尊の母さんと、うちに引っ越してこないか?って!
悪くない話だろ?」
その日は雨が降っていた。
昼間なのに外は薄暗い。
それでも晃の笑顔だけが不自然に輝いてるように見えた。
「お、お母さんに聞いてみるね…」
目を伏せたまま返事をした。
僕はもう、晃の目を真っ直ぐに見られなくなっていた。
「うん、じゃあ俺も着いてく」
晃はニコニコと人懐っこく笑っている。
僕の思いには気付いているんだろうか…
家に着いてすぐ、お母さんのベッドに近付いた。
「お母さん、晃が来たよ
お母さん?」
その後のことは良く覚えていない。
でも晃の最後の言葉は覚えてる。
「じゃあ、尊は今日からうちに住めるな!」
Chapter 3 I Love U
「触れられぬ秘密がある
まさに俺たちだな!」
雅人のドヤ顔は板に付いてる。
まあムカつくよね。
「それ尾崎っしょ?
いつも歌うし歌詞憶えちゃった」
わたしは桐那、コイツは彼氏の雅人。
2人とも高1。
雅人はアホだけど愛はでかい。
でも尾崎ばっか歌うからカラオケ最近行ってない。
「なぁなぁ桐那!
もんじゃ行こうぜ!」
白い歯に青のりが着いてる。
さっきまでなんか食ってたろお前。
「わたしお腹空いてないんだけど」
わたしは肩に置かれた雅人の手を払った。
こんなんでも付き合って2年。
ちゃんと私も好きだよ?
放課後の帰り道はだいたいこんな感じ、この後、親が殆ど帰ってこない私の家に行くのが定番。
わたしと雅人は、誰も居ない家の中の更に奥、2階にあるわたしの部屋に吸い込まれていく。
若すぎるって歌詞は共感してるよ?
でもわたしたちは子供じゃない。
雨の音と軋むベッドの音。
蒸し暑い室内は捨て猫のダンボールかもしれない。
やば、あしたテストあんじゃん
「デート前ラーメン食うなつってんじゃん!マジで!」
マジ許せん!
わたしは鞄を肩に掛けて立ち上がった。
「わりぃって!ごめん!
寒くて食いたかったんだよ!」
雅人が両手を合わせて頭を下げた。
季節はもう冬。
雅人から貰ったマフラーが手放せなくなった。
寒すぎ!
「なあ?カラオケ行かね?」
雅人が肩に手を置いて尋ねてきた。
う…くさ…
なんかきょうムリ…
「ごめん、気持ち悪いから帰る…」
その場に居るのも辛くなり、雅人から逃げるように足早に帰路に付いた。
「おーい!気持ち悪いってひでぇよ!」
後ろから叫び声が聞こえたがそれどころではなかった。
胃から込み上がる不快感をなんとか飲み込みながらとにかく家を目指した。
まさか…まさかね…
でも怖いしあしたドラッグストア行かなきゃ…
冬は一層深まった。
もうすぐ年が明ける。
結局わたしは雅人にしか相談できなかった。
雅人は「任せとけ!」だって。
迷わないとこホント好きだよ。
その日から帰りの寄り道は減った。
代わりに増えたのはわたしの部屋での時間。
雅人なりに調べて身体に良さそうな物とか服とかを色々と買ってくれた。
たぶんみんなバカみたいって思うよね?
でもわたしたち幸せだよ!
雅人が選んでくれた服フワフワでピンクでサイコーだよ!
わたし雅人が居たら生きていけるよ!
「雅人…すき…」
2人でくるまった毛布の中、わたしは雅人の手を握って肩に額を寄せた。
「ああ…俺も愛してる…」
握り返してくれた雅人の手は、ガサガサだけどおっきくて、あったかかった。
年が明けた頃、ついに現実が追い付いてきた。
わたしの妊娠が親にバレた。
もともと気付いてたのかもしれないけど…
めっちゃ怒られ…はしなかったけど泣かれた…
でも雅人とは別れろって言われた。
わたしはそれが許せなかった。
「雅人、これ東京まで行けるの?」
ボックスシートの隣、座る雅人の裾を摘まんだ。
雅人はスマホの画面を凝視している。
「今!調べてるだろ!」
乱暴にタップしながら、視線は落としたままだった。
わたしは親からバイトを禁止されてるのでお金は無い。
雅人の貯金がいくらあるのか知らないけど…
わたしたちは行けるとこまで行くしかなかった。
駅弁を買ったけど、おかずがたくさん入ってて、一つ一つ食べて大丈夫か調べながら食べた。
大変だったけどちょっと楽しかった。
でも雅人ずっとイライラしてる。
ていうか余裕ない?みたいな。
走る電車の窓には知らない町並みが流れている。
「雅人雅人、あれみて!
看板!でっかい桃!」
ふふん!雅人ぜったいおしりってゆう!
「あ?なに?
見てなかった」
雅人がぶっきらぼうに声を荒げた。
相変わらず視線はスマホに向いている。
「雅人?なんか怖い…」
なんかちがう人みたい…
わたしは恐る恐る横顔を眺めるしかなかった。
旅の終わりは突然だった。
「雅人!ねえまってよ!」
電車を降りたところで雅人の腕を掴んだ。
「なんかずっとイライラしてるじゃん!
わたしなんかした?」
わたしは目を見つめて問い詰めた。
「ああ!?
全部俺に金出させといて偉そうにすんなよ!」
わたしを振りほどいた腕が頬を掠めた。
スローモーションみたいにゆっくりと視界が宙に舞った。
「あ…」
これたぶん、わたし線路に落ちてってる。
Chapter 4 これマジ?なんなの?
「ん...」
白い天井…
ここはてんごく?
「先生!好井さんが目を覚ました!」
看護師のおねぇさんがわたしの顔を覗き込んだ後に叫んだ。
あ、人居るんだ…
わたしは酷く疲れた気がしてゆっくりと目を閉じた。
「先生!先生!」
声が遠退いていく。
そのあと目が覚めてびっくり!
いやマジ驚いた…
鏡見て「だれ!?」って叫んだよね。
もうおもいっきり勢いで叫んだよね。
まあ声なんて出るわけ無いんだけどさ。
だっておばさんだよ?
てかお母さんだよ?
なにこれマジ?なんなの?ってかんじ。
は?いみわからん。
そんでさそっからまーじ地獄だったよね。
地獄過ぎて天国見えた、マジ。
リハビリくっそつらい!
痛い!
足ほそ!腕ほそ!
あと肌ガッサガサで草。
雅人かよ。
雅人思い出して凹んだよね。
とにかく会わなきゃって思ったよね。
なんでわたしが死にたくならないといけないの?
なんでお父さん死んでるの?
なんでお母さんがおばあちゃんなの?
なんで…
なんでわたしは…
私は退院した。
とは言っても歩いたり、1人で移動なんて出来ない。
車椅子を押してくれるのは手がシワシワになったお母さん。
1年半のリハビリのお陰で、少しだけなら喋れるし噛んで食べられる。
どっちがおばあちゃん?って感じだよね。
退院の前日、リハビリセンターの先生に言われた。
「桐那さんが諦めなければ、行きたいところに行けると言うのはそう遠くない未来でしょう
もちろん、それにはお金も苦労も覚悟しなくてはなりません
ですが桐那さんの目は行くべき場所を見通して居るんじゃないですか?」
ま、信じてあげる。
他に縋るものも無いしね。
「かぁ…さ…
あぃ…あぉ…」
車椅子を押してくれるお母さんに満足にお礼も言えないけどさ!
自宅に戻ってもリハビリは続いた。
でも驚いたのはうちがすっかりリフォームされてたこと。
段差が消えて手すりがついて。
お母さんは恥ずかしそうに「私が過ごしやすいようにしただけ」とか言ってたけど、いやツンデレかよ。
毎日の私の介助、家でのリハビリ、週2回のリハビリセンターへの送り迎え。
訪問リハビリの先生やホームヘルパーさん任せにしないで、お母さんも積極的に関わってくれた。
ありがとう、お母さん。
親不孝な娘でごめん。
そこから更に何年も月日は流れた。
「居た」
私はっきりと口にした。
いろんな人を頼って、興信所にも依頼して、わかったのは雅人は少年院から出てすぐ居なくなったこと。
彼の家族も居場所はわからなかった。
だからヘルパーさんに頼んで年格好の近いホームレスの目撃情報を追いかけてた。
こうやって自由に動けるようになったのもほんの1年前だ。
そこから何度も出掛けたけと、知らないおじいさんを眺める日々だった。
でも一目でわかった。
雅人は地元に戻っていた。
ボサボサに伸びた髪は白髪だらけ。
量は多いけど生え際は後退してる。
服は穴が空いたジャンパーで、青い布が黒いシミで斑になっている。
必死にゴミ箱に手を突っ込み、ゴミ袋を取り出すと、中からアルミ缶を取り出して潰していく。
動きの滑らかさは彼がこの"仕事"を何年も続けていることを用意に想像させた。
「カナタさん、もういいです
帰りましょう」
ヘルパーのカナタさんに目線を送る。
カナタさんは一瞬口を開いたが、無言で頷いた。
Chapter 5 サゲ
さあさあ!ここまでお付き合い頂いて!
感謝感激雨あられってなもんでして!
ん?話が中途半端じゃないかって?
細かいこと気にしなさんな!
そういうところが"粋"ってもんなんでい!
ん?誤魔化してるって?
なんだいなんだい!
"粋"じゃないねぇ!
そんなに慌てないでよ。
心配しなくても全部話すよ。
久しぶりにカセットテープを聞いたんだ。
晃の背中に包丁を突き立てた後にね。
やっぱり好きだなぁ落語。
いつ以来だろう…
たぶんあの日、フェリーに乗れなかった日からかな?
うん、そうだね、きっとそうだ。
完
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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