第6話「琥珀色の瞳と隠された素顔」
ギルドカードの更新手続きを終え、レオンは依頼の張り出された巨大な木の掲示板の前に立った。
掲示板の表面には無数の画鋲の跡が残り、長い年月をかけて多くの冒険者たちがこの板を見つめてきた歴史を物語っている。
コルクの板からは古い木材の匂いが漂い、重なり合うように貼られた羊皮紙からはインクの匂いがした。
レオンは視線を巡らせ、自分に合った依頼を探す。
ソロになったとはいえ、今の自分にはティアから共有された途方もない力が宿っている。
しかし、いきなり目立つような大型の魔物討伐を受けるのは避けたかった。
まずは自分の力を正しく把握し、新しい感覚に体を慣らす必要がある。
『薬草の採取と、街の外れに出没するゴブリンの討伐……これくらいがいいかもしれない』
レオンは手頃な依頼書に手を伸ばし、それを掲示板から剥がし取った。
羊皮紙のざらついた感触が指先に伝わる。
その時、ふと横から微かな花の香りが漂ってきた。
むせ返るようなギルドの空気の中では明らかに異質な、甘く気品のある香りだ。
視線を向けると、すぐ隣に1人の少女が立っていた。
年齢はレオンと同じ18歳くらいだろうか。
深い群青色のローブを深く被り、目立たないようにしているが、その下からこぼれる髪は銀糸のように美しい光沢を放っている。
彼女もまた、掲示板の依頼書を熱心に見つめていた。
しかし、その視線は依頼の報酬額や難易度ではなく、もっと別の何かを探り出すように鋭い。
レオンがじっと見つめていることに気がついたのか、少女が顔を向けた。
ローブのフードの奥で、琥珀色の瞳が揺れるランプの光を反射してきらりと光る。
その瞳の奥には、強い意志と知性が静かに燃えているように見えた。
「何か、私の顔についているかしら」
鈴を転がすような、しかしどこか芯の通った凛とした声がレオンの耳に届いた。
レオンは慌てて視線をそらし、軽く頭を下げる。
「すみません、ギルドには珍しい香りがしたもので。つい見てしまいました」
少女は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに自分の袖口に顔を近づけて匂いを嗅ぐ仕草をした。
「香の匂いが残っていたのね。気をつけたつもりだったけれど、冒険者の方の鼻はごまかせないみたい」
少女は小さくため息をつき、困ったように微笑んだ。
その仕草はどこか優雅で、荒くれ者が集まるギルドの雰囲気とは全く噛み合っていない。
彼女の名前はアリア。
王都を治める王家の姫であり、民の生活を自身の目で知るために身分を隠してギルドを視察に訪れていたのだ。
レオンには彼女の本当の身分など知る由もない。だが、ティアから共有された鋭敏な感覚は、ギルドの喧騒に紛れて彼女を遠巻きに護衛している、数人の凄腕の気配を正確に捉えていた。
ただの少女ではないと内心で警戒するレオンをよそに、彼女は不思議そうな表情を浮かべて口を開いた。
「その小さな魔物は、あなたの従魔?」
アリアの視線が、レオンの肩に乗るティアに向けられた。
ティアは知らない人間からの視線に警戒したのか、小さな体をレオンの首筋に隠すように縮こまる。
「ええ、ティアと言います。僕の大切な相棒です」
レオンが優しく言うと、アリアの琥珀色の瞳がわずかに細められた。
彼女の目は、ただの珍しい魔物を見る好奇心の目ではない。
その小さな体から漏れ出す、微かでいて深淵のような魔力の残滓を的確に感じ取っているようだった。
「とても……不思議な気配を持った子ね。見かけによらない力を持っているのかもしれないわ」
アリアの言葉に、レオンは少しだけ肩をすくめた。
ティアの真の姿を知る者は誰もいない。
この小さな体に伝説の神獣の力が眠っているなど、誰も想像すらできないだろう。
「ただの小さな竜ですよ。でも、僕にとっては誰よりも頼りになる存在です」
レオンの迷いのない言葉を聞いて、アリアは少しだけ驚いたような顔をした後、柔らかい表情を見せた。
「素敵な関係ね。最近の冒険者は、力ばかりを追い求めて大切なものを見落としがちだから」
そう言い残すと、アリアは軽く会釈をして掲示板の前から離れていった。
群青色のローブが風を切るように翻り、微かな花の香りが空気に溶けて消える。
レオンはその背中をしばらく見送った後、手に持った依頼書を強く握りしめた。
王都には、色々な人がいる。
新しい出会いが、これからの日々を鮮やかに彩ってくれるような予感がした。
レオンは向き直り、最初の依頼をこなすためにギルドの重い扉に向かって歩き出した。
背中を押すのは、自分の足で前へと進む確かな意志の力だった。




