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第5話「喧騒の街と冒険者の扉」

 翌日の昼下がり、視界の先に高くそびえ立つ灰色の城壁が見えてきた。

 堅牢な石を積み上げて作られたその壁は、どこまでも左右に長く伸び、王都の巨大さを物語っている。

 近づくにつれて、道を行き交う人々の数が増えていった。

 荷馬車を引く商人たち、農作物を抱えた農民、そして武器を背負った冒険者たち。

 様々な身なりの人々が、王都の正門に向かって列を作っている。

 車輪が石畳を転がる重い音と、馬の嘶き、人々の話し声が混ざり合い、活気ある喧騒を作り出していた。

 空気には、獣の汗の匂いと、車輪が巻き上げる乾いた土の匂いが漂っている。

 レオンもその列の最後尾に並び、ゆっくりと門へと向かって歩を進めた。

 肩に乗るティアは、初めて見る人の多さに驚いたのか、レオンの首筋にぴったりと身を寄せている。


「大丈夫だよ、怖くないからね」


 レオンはティアの背中を指の腹で優しく撫でた。

 その滑らかな感触に触れると、ティアの小さな体が少しだけ緊張を解くのがわかる。

 門番の厳しい視線を浴びながら身分証を提示し、レオンは王都の中へと足を踏み入れた。

 城壁の内側は、外とは全く違う色彩と音に満ちていた。

 石造りの建物が隙間なく立ち並び、色鮮やかな布の日よけが店先に張り出している。

 通りには香ばしく焼けたパンの匂いや、肉を炙る脂の匂いが漂い、空腹を刺激した。

 店主たちの威勢の良い声が響き渡り、すれ違う人々の肩が触れ合うほどの混雑だ。

 レオンは人波を縫うように歩き、冒険者ギルドの建物を目指した。

 以前のパーティにいた頃もこの街には来ていたが、1人で歩く王都の風景は全く違って見える。

 誰かの背中を追うのではなく、自分の足で目的地に向かって歩く感覚が新鮮だった。

 やがて、広場の一角に建つ巨大な木造建築が見えてきた。

 入り口には、剣と盾を交差させたギルドの紋章が深く刻まれた、分厚い樫の木の扉がある。

 レオンは扉の前に立ち、真鍮の取っ手に手をかけた。

 金属の冷たい感触が手のひらに伝わる。

 ゆっくりと力を込めると、扉は重い音を立てて内側へと開いた。

 建物の中に入ると、外の明るい日差しが遮られ、ランプの温かい光が空間を照らしていた。

 淀んだ熱気と共に、古い羊皮紙の匂いと、安酒の酸っぱい匂い、そして革鎧や鉄の匂いが鼻を突く。

 広い酒場を兼ねた1階では、昼間から大勢の冒険者たちがジョッキを傾け、大きな声で笑い合っていた。

 レオンが足を踏み入れた瞬間、何人かの冒険者がこちらに視線を向けた。

 しかし、レオンの貧弱な装備と、肩に乗る小さな魔物を見ると、すぐに興味を失って視線を戻す。

 レオンは彼らの反応を気にすることなく、真っ直ぐに受付のカウンターへと歩いていった。

 木目が美しく磨き上げられたカウンターの向こうには、数人の職員が忙しそうに羊皮紙の束を整理している。


「すみません、登録の変更をお願いしたいのですが」


 レオンが声をかけると、一番近くにいた職員が顔を上げた。

 眼鏡をかけた細身の青年は、レオンの姿を値踏みするように素早く視線を動かす。


「登録の変更ですね。ギルドカードを見せていただけますか」


 青年は事務的な口調で手を差し出した。

 レオンは腰のポーチから、使い込まれて縁が欠けた銅色のギルドカードを取り出す。

 それをカウンターの上に置くと、青年はカードの表面に刻まれた文字を読み取った。


「レオン様ですね。現在はギルベルト様のパーティに所属となっていますが、どのような変更をご希望でしょうか」


 ギルベルトという名前を聞いた瞬間、レオンの心臓がわずかに冷たく波打った。

 薄暗い迷宮の底で背中を押された感覚が、ふいに肌の表面に蘇る。

 しかし、肩に乗るティアがその不安を打ち消すように、レオンの頬にすり寄ってきた。

 温かい魔力の波が流れ込み、冷たくなった心臓の鼓動を落ち着かせてくれる。


『僕はもう、彼らの道具じゃない』


 レオンは顔を上げ、青年の目を見つめ返した。


「パーティを抜けました。これからは、ソロとして活動します」


 青年は一瞬だけ驚いたように眉を上げたが、すぐに表情を戻して羊皮紙に羽根ペンを走らせた。

 カリカリというインクが紙を擦る音が、カウンターの間に小さく響く。

 周囲の喧騒から少し切り離されたようなその時間の中で、レオンは自分の新しい冒険が本当に始まるのだと実感していた。

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