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第4話「光の海と新しい風」

 迷宮の緩やかな上り坂を、擦り切れた革のブーツが踏みしめる。

 硬い石畳の表面を靴底が滑るたび、微かな砂埃が舞い上がった。

 先ほどまで肌にへばりついていた冷たく湿った地下の空気は、歩を進めるごとに少しずつその温度を上げている。

 鼻先をかすめる淀んだ匂いも、次第に土の香りと微かな緑の匂いへと変化していた。

 長く暗い地下の道を歩き続けるレオンの肩には、小さな竜のティアが丸くなっている。

 首筋に触れるティアの鱗は滑らかで、内側からじんわりとした命の温もりが伝わってきた。

 その温もりが、レオンの奥底にこびりついていた仲間に裏切られた痛みを、少しずつ溶かしていく。


『もう、あの冷たい暗闇には戻らないんだ』


 レオンは静かに息を吸い込み、前を見据えた。

 視線の先、長く続いた通路の終わりに、小さな白い点が浮かび上がっている。

 それは間違いなく、外の世界から差し込む太陽の光だった。

 光の点は歩を進めるごとに大きくなり、やがて視界全体を眩い白で塗りつぶしていく。

 レオンは片手で日差しを遮りながら、迷宮の出口を覆うツタをかき分けた。

 外に出た瞬間、温かい風が全身を包み込む。

 眩しさに細めていた目をゆっくりと開くと、そこには見渡す限りの青い空と、風に揺れる緑の草原が広がっていた。

 空高くには薄い雲がたなびき、太陽の光が草の葉に溜まった朝露を宝石のように輝かせている。

 肺いっぱいに澄み切った空気を吸い込むと、草花の甘い香りが胸の奥まで満ちていった。

 耳を澄ませば、遠くで名も知らない鳥たちが軽やかな声でさえずっている。

 風が草を揺らす音が、まるで穏やかな波のように広がっていった。


「眩しいな……本当に、外に出られたんだ」


 レオンの声は、自分でも驚くほど穏やかだった。

 肩に乗るティアも嬉しそうに短い声で鳴き、小さな羽をぱたぱたと動かして空気をかき混ぜる。

 その小さな動作のたびに、ティアと繋がった魂の奥底から、清らかな魔力がレオンの体を巡った。

 手足の先まで力が満ち溢れ、長時間の探索で感じていたはずの疲労は微塵も残っていない。

 レオンは足元の柔らかい土を踏みしめ、王都の方角へと歩き始めた。

 太陽は高く昇り、じりじりと肌を焦がすような熱を放っている。

 しかし、その熱さえも今のレオンには生きている証として心地よく感じられた。

 背の高い草をかき分けながら進むと、緑の海を泳いでいるような感覚に包まれる。

 時折、草花の陰から小さな野ウサギが顔を出し、レオンたちの姿を見て慌てて逃げていく。

 その素早い動きを、レオンの目ははっきりと捉えることができた。

 以前の自分なら、ただの茶色い影にしか見えなかったはずの素早い動きだ。

 ティアから共有されている力は、視力や聴力といった五感の鋭さまでも引き上げている。


『世界が、こんなにも鮮明に見えるなんて』


 レオンは自分の手のひらを太陽の光にかざし、その輪郭をじっと見つめた。

 指先の細かな指紋までが、くっきりと浮かび上がって見える。

 迷宮の中で死を覚悟したあの瞬間が、まるで遠い昔の幻だったかのように思えた。

 日が傾き始めると、空は青から燃えるような橙色へと姿を変えていく。

 夕日が草原を黄金色に染め上げ、長く伸びたレオンの影が東に向かって伸びていた。

 やがて太陽が地平線の向こうに沈むと、群青色の夜空に無数の星が瞬き始める。

 レオンは風を避けられる岩陰を見つけ、そこで夜を明かすことにした。

 枯れ枝を集めて火を起こすと、赤い炎がパチパチとはぜて周囲を明るく照らす。

 炎の熱が顔を火照らせ、夜の冷たい空気を和らげてくれた。


「今日はここで休もう、ティア」


 レオンが荷袋から硬い干し肉を取り出すと、ティアは興味深そうに首を傾げた。

 レオンは干し肉を小さく千切り、手のひらに乗せてティアの口元に差し出す。

 ティアは小さな鼻をひくつかせて匂いを嗅ぐと、器用に口を開けて干し肉をくわえ込んだ。

 もぐもぐと口を動かすその姿は愛らしく、レオンの口元に自然と笑みがこぼれた。

 炎の揺らめきが、ティアの青白い鱗に複雑な陰影を作り出していた。

 夜が深まるにつれて、草原は深い静寂に包まれていく。

 聞こえるのは、規則正しく爆ぜる焚き火の音と、風が岩を撫でる音だけだ。

 レオンは膝を抱え、夜空に輝く星々を見上げた。

 星の光は冷たく澄んでいて、どこまでも広がる世界の大きさを教えてくれる。

 明日には、王都の巨大な城壁が見えてくるはずだ。

 そこから始まる新しい日々に思いを馳せながら、レオンは静かに目を閉じた。

 ティアの規則正しい小さな寝息が、レオンの耳元で子守唄のように響いていた。

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