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第3話「小さな奇跡と共有される力」

 どれほどの時間が経ったのか、時間感覚すら曖昧になるほど静かな時が流れた。

 手のひらから溢れていた金色の光がゆっくりと収束し、レオンは深く息を吐き出した。

 目の前に横たわっていた巨大な竜の体から、深い傷跡が完全に消え去っている。

 引き裂かれていた青白い鱗は元通りの滑らかさを取り戻し、暗闇の中で真珠のように美しく輝いていた。

 竜はゆっくりと体を起こし、力強い四肢で地面を踏みしめる。

 そして、その透き通るような金色の瞳でレオンを見下ろした。

 感謝と親愛の情が、言葉を介さずともレオンの心に直接流れ込んでくる。

 竜の体が眩い光に包まれたかと思うと、その巨大な姿がみるみると縮んでいった。

 光が収まった後、そこにはレオンの手のひらに乗るほど小さな、愛らしい小竜の姿があった。

 背中には小さな羽が生え、長い尻尾を揺らしながらレオンの足元にすり寄ってくる。


「君が、僕に合わせて姿を変えてくれたのかい」


 レオンがしゃがみ込んで手を差し出すと、小竜は嬉しそうにその手に飛び乗った。

 鼻先を指に擦り付ける仕草は、とても人懐っこく温かい。

 鱗の表面はすべすべとしていて、内側からじんわりとした体温が伝わってくる。


「名前は……そうだな、ティアというのはどうかな」


 小竜はティアという響きに反応するように、短い鳴き声を上げて羽を羽ばたかせた。

 その瞬間、ティアの体からレオンの手を伝って、途方もない量の魔力が流れ込んできた。

 まるで乾いた土に水が染み込むように、レオンの細胞一つ一つに力が満ちていく。

 骨が軋むような痛みは嘘のように消え去り、疲労しきっていた筋肉にはバネのような弾力が戻っていた。

 呼吸をするたびに肺の中に澄み切った空気が満たされ、視界の隅々までが恐ろしいほど鮮明に見える。

 魂の共鳴は、相手の傷を癒すだけではない。

 結ばれた絆を通して、神獣の持つ膨大な魔力と生命力を共有する力を持っていたのだ。

 レオンはそっと手を握り込み、その内に秘められた力の大きさに驚愕した。


『これが、ティアの力……なんて澄んでいて、温かいんだろう』


 レオンは立ち上がり、はるか上方に見える迷宮の天井を見上げた。

 以前の自分なら、この底なしの縦穴を登るなど絶対にできないと絶望していただろう。

 しかし今は、全身から溢れる力と、肩に乗る小さなティアの温もりが、すべての不安を消し去ってくれる。

 レオンは軽く地面を蹴った。

 たったそれだけの動作で、体は羽のように軽く宙に舞い上がる。

 足元の岩が砕け散るほどの跳躍力だった。

 壁面のわずかな出っ張りに足をかけ、次々と上へ向かって跳躍を繰り返す。

 頬をかすめる風の冷たさすら、今は心地よい。

 暗い縦穴を抜けると、先ほど自分を突き落としたオーガの群れがいた階層に出た。

 魔物たちが一斉にこちらを振り向き、血走った目で唸り声を上げる。

 しかし、レオンの心に恐怖はなかった。

 ただ静かに右手を前にかざすと、ティアから共有された魔力が手のひらに集束していく。

 複雑な詠唱も、魔法の知識も必要ない。

 ただ払いのけるという意思だけで、膨大な光の奔流が通路を埋め尽くした。

 轟音と共に光の波が迷宮の闇を打ち砕き、強固な岩壁すらも削り取っていく。

 光が収まった後には魔物たちの姿は跡形もなく消え去り、静寂だけが残されていた。

 レオンは自分の手のひらを見つめ、静かに息を吸い込む。

 土と苔の匂いが交じる迷宮の空気が、少しだけ外の風の匂いを含んでいるように感じられた。


「行こう、ティア。ここから外の世界へ」


 肩に乗るティアが元気よく鳴き声を上げ、レオンは迷宮の出口に向かって確かな足取りで歩き始めた。

 長く苦しい暗闇の時間は終わり、彼らの新しい物語が今、静かに幕を開けようとしていた。

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