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番外編「琥珀の瞳と小さな秘密」

 王都の危機が去ってから季節は一つ巡り、風に混じる冷気が少しずつ和らいでいた。

 冒険者ギルドの裏手にある中庭は、かつてアリアがレオンに涙ながらの懇願をした場所だが、今は柔らかな春の陽光に包まれている。

 石壁に這う蔦には若々しい緑の葉が芽吹き、小さな白い花が甘い香りを放っていた。

 レオンは石造りのベンチに腰を下ろし、膝の上で丸くなるティアの背中を優しく撫でている。

 その指先の動きに合わせて、ティアは気持ちよさそうに喉を鳴らし、目を細めていた。

 ギルドの喧騒は分厚い壁に遮られ、ここには微かな葉擦れの音と、遠くで鳴く小鳥の声しか届かない。

 静かで、とても満ち足りた時間だった。

 石畳を踏む軽やかな足音が近づいてくる。

 レオンが顔を上げると、木漏れ日の中を歩いてくるアリアの姿があった。

 今日は群青色の乗馬服ではなく、街の娘たちが着るような質素だが仕立ての良い白いワンピースを身にまとっている。

 銀色の髪は風に遊ばれ、琥珀色の瞳がレオンを見つけて嬉しそうに細められた。


「お待たせしてしまったかしら」


 アリアはベンチの端に腰を下ろし、少しだけ息をついた。

 彼女から漂う気品のある花の香りが、春の風に乗ってレオンの鼻腔をくすぐる。


「いえ、ティアと一緒に日向ぼっこをしていたので、時間は気になりませんでした」


 レオンの言葉に、アリアは膝の上のティアを愛おしそうに見つめた。

 ティアもアリアの気配に気づき、小さな首を持ち上げて挨拶するように短く鳴く。


「王宮を抜け出すのは、ずいぶんと上手になりましたね」


 レオンが少しからかうように言うと、アリアは頬を微かに染めてうつむいた。

 国を救った英雄として、レオンには国王から莫大な報奨金と爵位の授与が打診された。

 しかし、レオンはそれらをすべて辞退し、これまで通り一介の冒険者として生きていくことを選んだ。

 その代わりとして彼が受け取ったのは、ギルド史上初となるSSSランクへの特例昇格と、そしてこうしてアリアと自由に会う権利だった。


「お父様も、最近は私の奔放さに呆れているみたい。でも、窮屈な城の中にいるよりも、こうして街の空気を感じている方が、ずっと息がしやすいの」


 アリアは視線を遠くの空へと向けた。

 彼女の横顔は、初めて会った時の張り詰めた表情とは全く違い、年齢相応の柔らかさと穏やかさに満ちている。


「それに、あなたから聞く外の世界の話が、とても楽しいから」


 アリアの視線がレオンに戻り、2人の視線が静かに交差した。

 レオンは少し照れくさくなり、視線をティアの鱗へと逸らす。


「僕の話なんて、ただの薬草採りや小さな魔物の討伐の話ばかりですよ。SSSランクとは名ばかりの、退屈な日常です」


 魔物の暴走を鎮めて以来、レオンは目立つような大型討伐の依頼は受けていない。

 ティアの強大な力を見せつける必要はもうなく、自分たちのペースで静かに日々を過ごすことが、彼にとって何よりの幸福だったからだ。


「それがいいのよ。平和で、何事もない日常が、どれほど尊いものか……私たちは身をもって知っているのだから」


 アリアの言葉には、深い実感がこもっていた。

 彼女の白い指先が伸びてきて、レオンの膝の上で眠りにつこうとしているティアの頭をそっと撫でる。

 アリアの手の甲が、レオンの指先に微かに触れた。

 その瞬間、レオンの胸の奥で、ティアとの共鳴とは違う、小さく温かい火が灯るような感覚があった。

 アリアもそれに気づいたのか、指先の動きを一瞬止め、静かに息を吸い込む。

 しかし、彼女は手を引っ込めることはせず、そのままの距離を保った。


「ねえ、レオン。いつか……本当にこの国が完全に落ち着いたら、私をあなたの旅に連れて行ってくれないかしら」


 アリアの言葉は、とても小さく、風の音にかき消されそうなほどだった。

 しかし、レオンの耳には、その言葉の奥に隠された彼女の真摯な願いがはっきりと届いていた。

 王族としての責務に縛られる彼女が、外の世界を自由に歩くことは容易ではない。

 それでも、彼女はレオンの隣で、自分自身の目で世界を見たいと願っているのだ。

 レオンはアリアの琥珀色の瞳を真っ直ぐに見つめ返し、静かに頷いた。


「もちろんです。その時は、ティアも一緒に、誰も見たことのない景色を探しに行きましょう」


 レオンの答えを聞いて、アリアの顔に満面の笑みが広がった。

 それは春の陽光よりも眩しく、レオンの胸に深く刻み込まれるような美しさだった。

 中庭の木々が風に揺れ、緑の葉が重なり合う心地よい音が2人を包み込む。

 過去の痛みは遠い記憶へと退き、新しい季節が、確かな温もりと共に2人の時間を彩り始めていた。

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