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そこにいないあなたは誰?

作者: 久藤 瑛太
掲載日:2026/03/06

ねえ、聞こえる?

いま、「わたし」は家に1人でいるんだけど、家族はいなくてのびのび過ごしている。


だから、いまこの空間を占めている命は、わたし一人。それだけ。


時計の針が刻む「カチ、カチ」という音だけが、やけに大きく響いてる。


窓の外を走る車の音も、遠くで鳴く鳥の声も、なんだか別の世界の出来事みたい。


この家の中だけが、透明な膜で包まれて、世界から切り離されたみたいだよね。


……あ、ごめんね。怖がらせるつもりはないんだ。


でも......あなたも感じたことない?


1人なのに、1人じゃないっていう、なんかこの不思議な感覚。


さっき、台所の方で「コトッ」って音がしたんだ。


コップが少し動いたような、そんな小さな音。


あるじゃん?コップが勝手にテーブルをすーっと動くこと。あれの音だったのかな


風かなって思ったけど、窓は全部閉まってるし。変だよね。


それに、廊下を歩いていると、ときどき空気が「ふわっ」と揺れるんだ。


誰かが横を、静かに通り過ぎたみたいに。


でも、全然。怖くはないんだよ。


全然、悪いものじゃない気がするし。


むしろ、ずっと前からここにいて、自分のことを見守ってくれている……そんな、馴染んだ気配。


ほら、いまも。

背中のあたりが、少しだけ。

誰かがじっと、優しく見つめてくれているような気がしない?


バカみたいな話なんだけど


「そこにいるの?」って、小さな声で聞いてみたこともあるんだ。


返事はもちろんないけれど、その瞬間、部屋の温度がふっと上がった気がしたんだよね。


姿は見えない。声も聞こえない。

でも、確かに「誰か」がこの家を共有している。


ひとりきりの時間にだけ、そっと密度を増す同居人。


ねえ、あなたも自分の場所で、同じようなことを感じたことはない?


ふと振り返ったとき、そこには誰もいないのに、視線だけが粘りつくように残っているような。


カーテンが揺れていないのに、隅っこの影だけが少しだけ形を変えたような。


それはきっと、特別なことじゃないんだと思う。


壁のシミが増えるみたいに、床のきしみが癖になるみたいに。


家っていう箱が、長い時間をかけて吸い込んできた「何か」が、ときどき外に溢れ出しているだけ。


あれ?


急に、家の中がもっと静かになった。


自分の心臓の音だけが、耳の奥でドクンドクンって暴れてる。


さっきまで「温かい」って思ってた気配が、なんだか少し、重たくなってきた気がする。


鏡を見れば、そこに映る自分はもちろん一人だ。


でも、その鏡の「奥」にある部屋には、もう一人、誰かが座っているような気がしてならない。


そんな、昔のホラー映画みたいなことはないんだけどね。


でも


いるんだよね。


……ふふ。

大丈夫。

だって、害はないんだから。


ただ、ずっとそこに、いるだけだもんね。


あ、窓に映った「わたし」の輪郭が、いま、少しだけ揺れた気がする。


でも、そんなの気のせいだ。

……多分、この不思議な感覚、わかってくれるよね?


何も、おかしなことじゃないもん。


どこの家にだって、そういうのは当たり前にいるものなんだから。

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― 新着の感想 ―
丁寧なお返事ありがとうございます!拙作の家訓や「弔い合戦」の熱量まで受け取っていただけて感無量です。久藤さんの仰る「湿り気を帯びた描写」こそ、私にはない素晴らしい魅力だと感じ、とても刺激を受けました。…
初めまして、久藤さんの「独り言」のような温度感に引き込まれました。 「家が吸い込んできた何かが溢れ出す」という表現が秀逸で、温かさが徐々に重苦しさに変わる空気感の描写に、背筋がゾクっとしました。 実…
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