第7話 友だちを泣かせた大人
その日は、朝から空気が重かった。
「浩太、どうした?」
礼は、教室でうつむく浩太を見た。
「……べつに」
べつに、の声が小さい。
有希も、校門のところでしょんぼりしていた。
「ゆき?」
「……先生、こわい」
礼の眉がぴくりと動く。
*
問題の先生は、新しく来た担任代理だった。
「静かにしろ!」
声が大きい。
机を叩く音も大きい。
ミスをすると、強い口調で叱る。
その日、有希がプリントを落とした。
「何度言ったらわかる!」
びくっ、と有希の肩が震える。
目に涙がにじむ。
礼の中で、なにかが弾けた。
――ドクン。
心臓の音が、やけに大きい。
*
放課後。
有希は泣いていた。
「わざとじゃないのに……」
浩太が慰めている。
礼は、何も言わない。
ただ、目が暗い。
「レイ?」
「……あの大人」
声が低い。
「冥界に落とす」
浩太が凍る。
「は?」
「泣かせた。悪い。裁く」
空気が、ひやりと冷える。
礼の片目が、ゆっくり光りはじめる。
「待て」
後ろから、監視役の声。
「止めるな」
「止める」
「なんでだ!」
礼の怒りが爆発した。
「悪いことしただろ! 有希泣いた! 浩太も怒ってる! なら裁く!」
黒い風が、足元から揺らぐ。
校庭の木がざわりと揺れた。
*
そのとき。
「……レイくん」
有希が、涙目のまま言った。
「先生、ちょっとだけ……こわいだけだよ」
「こわいは悪だ」
「でもね」
有希は鼻をすすった。
「さっき、職員室でね」
「……?」
「先生、だれもいないところで、手ふるえてた」
礼の目が揺れる。
「え」
「“ちゃんとやらなきゃ”って、ひとりで言ってた」
監視役が静かに言う。
「怒鳴る者が、必ずしも強いとは限らない」
礼の中の黒い風が、ゆらぐ。
「……でも」
「裁くのは簡単だ」
監視役は続ける。
「だが、理解するのは難しい」
礼は、拳を握ったまま立ち尽くす。
怒りが、まだ消えない。
だが。
冥界へ続く影が、すっと消えた。
*
翌日。
礼は、先生の前に立った。
「……なんだ」
先生は相変わらず怖い顔。
「昨日、有希泣いた」
「……」
「でも」
礼はまっすぐ見る。
「怖いなら、怖いって言えばいい」
「……は?」
「大人も、失敗するんだろ」
教室が静まる。
先生は、しばらく黙っていた。
やがて、小さく息を吐く。
「……すまなかった」
その声は、昨日より小さかった。
*
帰り道。
「レイ、すごかったな!」
浩太が笑う。
「……べつに」
礼はそっぽを向く。
「落とさなかったな」
監視役が言う。
「……うるさい」
「怒りを抑えた」
「抑えてない」
少しだけ、声がやわらかい。
「……あいつ、ちょっとだけ人間だった」
監視役は小さくうなずいた。
*
夜。
洋館の窓辺。
礼は、月を見上げる。
「裁くって、むずかしいな」
「だから修行だ」
「……めんどくさい」
でも。
その顔は、どこか少しだけ大人びていた。
死神の子供は、
今日、初めて知った。
怒りよりも、
守るほうが、ずっと難しいことを。




