最終話 となりの死神くん
その夜、月がやけに近かった。
洋館の庭に、黒い円陣が浮かび上がる。
空気が震え、世界が静まる。
「来るぞ」
監視役の声は、いつもより低い。
礼は、ひとり前に出た。
霧の奥から現れたのは――
冥界の王。
姿ははっきり見えない。
だが、圧倒的な気配。
「バロン」
世界そのものが響くような声。
「命令を拒否したな」
「うん」
礼はうなずく。
「理由を述べよ」
礼は、少しだけ考えた。
浩太の笑顔。
有希の涙。
花火の光。
「まだ、なにもしてない人を裁くのは、ちがう」
「未来は見えている」
「でも今は見てない」
声が震える。
でも、止まらない。
「オレは……」
一瞬、迷い。
そして。
「守りたいほうを選ぶ」
静寂。
世界が、止まったように静かになる。
*
「バロン」
王の声は、冷たくもあり、どこか遠い。
「死神とは何だ」
問い。
礼は息を吸う。
「……命を奪うだけじゃない」
「ほう」
「終わりを決めるなら、ちゃんと見なきゃダメだ」
監視役が、わずかに目を細める。
「怖くても、面倒でも」
礼は拳を握る。
「ちゃんと見て、ちゃんと決める」
王の気配が、揺れた。
*
長い沈黙のあと。
「バロン」
「はい」
「おまえの修行は、延長だ」
「……え?」
「人間界に留まれ」
礼の目が見開く。
「ただし」
空気が冷える。
「いずれ選べ」
「選ぶ?」
「冥界か、人間界か」
胸が、きゅっと締めつけられる。
*
黒い円陣が消えていく。
「王の裁定は以上だ」
静けさが戻る。
礼は、その場に立ち尽くす。
「……帰らなくていいの?」
監視役が小さく笑う。
「まだな」
「でも、いつか」
「ああ」
*
翌朝。
「レイー!」
浩太の声。
いつものように門の前で手を振っている。
有希もにこにこしている。
何も知らない。
昨日のことも。
冥界のことも。
選択のことも。
「どうした? ぼーっとして」
「……べつに」
礼は、少しだけ笑う。
「今日、ゲームな!」
「また負けないからな!」
「絶対負けるくせにー!」
有希が笑う。
その笑い声が、やけにあたたかい。
*
学校への道。
礼は空を見上げる。
青い空。
冥界とはまるで違う色。
「選ぶ、か」
小さくつぶやく。
遠くで、風が揺れた。
でも今は。
まだ決めない。
まだここにいる。
*
洋館の窓辺。
夕暮れ。
礼はひとり座っている。
隣の家の灯りがともる。
笑い声が聞こえる。
胸が、少しだけ痛い。
いつか終わる時間。
でも。
「……それまで」
小さく笑う。
「ちゃんと見る」
死神の子供は、今日もとなりにいる。
奪うためではなく。
守るために。
そしていつか――
本当の“死神”になるその日まで。
月は静かに、二つの世界を照らしていた。
ここまで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございます。
『となりの死神くん』は、「もし死神の子供が、となりに住んでいたら?」という小さな疑問から始まりました。
命を奪う存在であるはずの死神が、誰かを守りたいと思ったらどうなるのか。
正しい裁きとは何か。
そして、子供の時間は誰が守るのか。
重くなりすぎず、でも軽くもなりすぎず、子供にも大人にも届く物語を目指しました。
礼はまだ修行中です。
冥界か、人間界か。
彼が選ぶ日は、いつかきっと来ます。
もしこの物語が、少しでも心に残ったなら――
また、となりで会いましょう。




