第10話 退魔師の視線
夜は、静かすぎるほど静かだった。
洋館の窓に、月明かりが差し込む。
「……いるな」
低い声が、闇に溶ける。
神谷浩太の父は、庭に立っていた。
数珠を軽く握る。
空気が、わずかに揺れる。
*
一方、洋館の中。
礼は急に顔を上げた。
「……なんか、くる」
監視役が目を細める。
「退魔師だ」
「浩太の父ちゃん?」
「本気だ」
礼の背中に、ぞくりとした感覚が走る。
*
庭先。
浩太の父は、静かに歩く。
「悪意はない……だが、濃い」
刀の柄に、そっと触れる。
その瞬間。
礼が窓を開けた。
「……なにしてる」
月明かりの中、二人の視線がぶつかる。
空気が張りつめる。
*
「君の家は、不思議だ」
浩太の父が言う。
「そうか」
「普通ではない」
「普通ってなんだ」
礼の声は、子供らしい。
だが目はまっすぐだ。
「……浩太や有希に害はあるか」
問いは、鋭い。
礼は一瞬だけ、言葉を失う。
そして、ゆっくり答える。
「ない」
迷いはなかった。
*
沈黙。
数珠が、かすかに光る。
だが――弾かれる。
礼の周囲に、柔らかい何かが広がる。
怒りではない。
敵意でもない。
守ろうとする意志。
浩太の父の目が、わずかに見開かれる。
(これは……)
*
そのとき。
「父ちゃーん!」
浩太の声。
「何してんの?」
ぱたぱたと駆け寄る。
有希も後ろからついてくる。
緊張が、ふっとほどける。
「夜の見回りだ」
「かっこつけてるー!」
浩太が笑う。
礼はそっぽを向いた。
*
浩太の父は、しばらく礼を見つめる。
やがて、小さく息を吐いた。
「……今は、何もしない」
「今は?」
「子供の時間を壊すほど、無粋ではない」
礼は眉をひそめる。
「意味わかんない」
「わからなくていい」
浩太の父は背を向けた。
「だが覚えておけ」
一度だけ振り返る。
「もし、その力が牙をむいたときは」
刀の柄に触れる。
「私が斬る」
はっきりと。
だが、その目に憎しみはない。
*
静けさが戻る。
浩太が首をかしげる。
「なんか変な空気だったな」
「気のせいだ」
礼は短く答える。
だが拳は、わずかに震えていた。
*
洋館の屋根の上。
「怖いか」
監視役が聞く。
「……べつに」
嘘だ。
ほんの少しだけ、怖い。
でも。
「オレ、牙むかない」
「ほう」
「守るほうだから」
監視役は、わずかに目を細める。
「それが答えなら、いい」
遠くで、神谷家の灯りがあたたかく揺れている。
退魔師は疑いを捨てていない。
だが、完全な敵でもない。
その微妙な距離の中で――
死神の子供は、今日も選ぶ。
奪うか。
守るか。
月は静かに、二つの家を照らしていた。




