14.呪い
僕は勉強で心の穴を埋めようとした。
暁茵姉と林姉の存在によって、天地がひっくり返るほどかき乱され、混乱した心を。
自分は綱渡りをしている不器用な曲芸師のようだ。足元には万丈の深淵。
両端には、一人の天使と、一人の……僕には定義できない存在が立っている。
二人とも僕に微笑みかけ、手を差し伸べているが、僕には分からない。どちらの手が僕を天国へ引き上げ、どちらの手が僕を……地獄へ突き落とすのか。
僕がその巨大で、息の詰まるような未知と不安に完全に飲み込まれそうになった時、机の上のスマホが突然震えだした。
画面には、僕が見慣れた二文字が躍っていた――『璃』。
僕は深く息を吸い、微かに震える指で通話ボタンをスワイプした。
「もしもし?璃……」
僕の言葉が終わらないうちに、電話の向こうから聞こえてきた、今にも切れそうなほど急迫し、恐怖とパニックに満ちた声に、粉々に打ち砕かれた。
「お兄、すぐに帰ってきて! 父さんが帰ってきたの! 私たち、龍田派出所にいるの!」
璃は電話口で息を切らしながら言った。
一文字一文字が、雹をまとった弾丸のように、僕の鼓膜を貫き脳に突き刺さった。
父さん……。
帰ってきた……。
派出所……。
一見無関係なこれらの単語が、僕の脳内で繋がり、一つの……僕が最も想像したくない、最も恐ろしい、悪夢のようなシナリオを形成した。
世界は、すべての音を失った。
聞こえるのは、極度の衝撃と恐怖で急激に制御を失い、狂ったように打ち鳴らされる自分の心臓の音だけ。
スマホは氷室から出したばかりの、霜に覆われた鉄塊のように冷たく、とっくに冷や汗で濡れた無力な僕の手から滑り落ちそうだった。
「お兄?お兄!聞いてるの?!」
璃の泣き声混じりの、焦燥した叫び声が、僕をあの真っ白で窒息しそうな空白から乱暴に引き戻した。
「き……聞いてる……」
僕は喉から、砕けた調子外れの音節を辛うじて絞り出した。
「す……すぐ帰る」
電話を切った瞬間、僕は椅子に力なく崩れ落ち、大口で息を吸った。視界が一瞬にして回転する。
いや、ダメだ……。
倒れるわけにはいかない。
母さんと璃が待っているんだ。
僕は猛然と椅子から立ち上がった。
急に立ち上がったせいで目の前が暗くなり、体が制御不能にふらついた。
冷たい机の縁を掴み、無理やり立ち直る。
そして僕は、緊急指令を入力された暴走ロボットのように、狂気に近い、滅茶苦茶な速度で動き出した。
123〇6(鉄道予約)アプリを開くが、指先が激しく震え、何度もタップミスをした。
全身の力を振り絞り、ようやく香港西九龍から深圳北駅への、最も早い列車のチケットを購入した。
続いて、その列車との乗り継ぎ時間がわずか20分しかない、深圳北から深圳坪山へのチケットも予約した。
これは極めて冒険的で、ほぼ不可能な乗り換えだ。
だが、もうそんなことは構っていられない。
脳裏にあるのはただ一つの念――急げ!もっと速く!
僕はリュックを掴み、スマホと財布を乱雑に放り込み、寮の鍵をかけることさえ忘れて、振り返りもせずに飛び出した。
香港の繁栄した心臓部から、深圳の辺境の町へ。
普段なら数時間を要する長い旅路が、今の僕の感覚では、断片的で奇妙な、早送りの映画のようなモンタージュ映像に圧縮されていた。
西九龍駅の壮大で空虚なドームが、頭上で飛ぶように後ろへ流れていく。
高速鉄道は、銀白の沈黙する巨龍のように、焦燥と不安に満ちた僕の心を乗せ、レールの上を疾走する。
窓外の風景は、林立する摩天楼から、連なる緑の山々、そして見渡す限りの巨大な都市群へと変わり、早送りされたぼやけた絵巻物のように、目の前を一瞬で過ぎ去っていく。
この列車は僕を家へ送り届けているというよりは、残酷で問答無用なタイムマシンのようだった。
僕が全力を尽くしてようやく掴みかけた、未知と可能性に満ちた『未来』から、僕を無理やり引き剥がし、死に物狂いで逃げ出そうとした、苦痛と屈辱に満ちた『過去』へと引きずり戻そうとしているのだ。
深圳北駅の迷宮のように複雑で巨大な人波は、生命のない荒れ狂う潮のように、四方八方から押し寄せ、引いていく。
僕は人混みの中を狂ったように走った。心臓が喉から飛び出しそうだ。
発車一分前、僕は息を切らしてようやく坪山行きの列車に飛び乗った。
ドアが背後でゆっくりと閉まる。
僕は冷たい車壁に寄りかかり、激しく息をした。肺が引き裂かれた古い鞴のように感じられた。
車を降りると、ほとんど本能だけで、スマホで『〇〇ゴー』の無人タクシーを呼び、龍田派出所へ向かった。
白く、未来的な流線型の車体を持つ車が、音もなく僕の前に停まった。
ドアが自動的に両側へ開き、僕を飲み込むのを待つ、沈黙した冷たい巨獣の口のようだ。
僕は乗り込んだ。
運転手はおらず、走行ルートを表示する巨大な液晶画面があるだけだ。
空気には、新車特有の冷たいプラスチックの匂いが漂っている。
車は滑らかに発進した。
それは鳥肌が立つほど正確で完璧な挙動で、広い道路を走行していく。
カーブ、加速、回避……すべての動作が、スーパーコンピュータによる数億回の精密計算の末に導き出された最適解のようだ。
完璧で、効率的で、冷静で、一欠片の感情も帯びていない。
この冷たい、魂のない機械が、今僕を乗せて……同じように冷たく、魂のない、僕を作り出し、同時に僕の人生の一部を破壊した……あの男に会いに行こうとしている。
この認識は、真っ赤に焼けた鋭利なメスのように、正確に、情け容赦なく僕の胸を切り裂き、穴だらけになった僕の心臓を、血塗れのままこの冷たい密室に晒した。
窓外の街並みが、どんどん見慣れたものになっていく。
そこは坪山、僕が育った場所だ。
年月に侵食され少し斑になった古い団地、色褪せた看板を掲げた目立たない小さな店、道端でふざけ合い、聞き慣れた言葉を話す子供たち……。
ここは僕の家であるはずだった。
最も安全で、最も温かい港であるはずだった。
今の僕の目には、ゆっくりと収縮し、息の根を止めようとする巨大な檻にしか見えなかった。
僕の家は深圳坪山の盈富家園にあり、その向かいがまさに坪山の龍田派出所だ。
この派出所は、家から最も近い派出所だ。
どうやら……事が起きたらしい。
車は龍田派出所の荘厳な、国章を掲げた門の前でゆっくりと停まった。
僕はドアを押し開け、堅実でありながら、どこか頼りない地面を再び踏みしめた。
顔を上げ、目の前の灰白色の、四角張った、国家権力と秩序を象徴する建物を、深く吸い込んだ。
その息は冷たく希薄で、鋭いガラス片のように、灼熱し痛む気管を切り裂いた。
これは……報いなのだろうか?
僕は緊張した面持ちで派出所に駆け込み、頭のないハエのように、広々と明るいが冷たく抑圧的なロビーを見回した。
空気には公共機関特有の強烈な消毒液の匂いと、淡く安っぽいお茶の匂いが混じり合っている。
蛍光灯は絶え間なくイラつく『ジージー』という音を発し、空間全体を青白く、温度のない光の輪で包み込んでいる。
パリッとした制服を着た警官が無表情に各窓口を行き来している。
用事で来た市民たちが、整然と列を作り、低い声で話している。
恐怖と混乱で心をかき回された侵入者である僕は、ここのすべてとあまりに……不釣り合いだった。
「こんにちは、どうされましたか?」
若そうな警官が、驚いた鳥のように魂を失った僕の様子に気づき、呼び止めた。口調は丁寧だが、眼差しには職業的な警戒と品定めが含まれていた。
「あ、あの、人に会いに、父が、いや、妹が派出所にいるんです」
僕は支離滅裂に言った。舌がもつれて、全く言うことを聞かない。
脳は過負荷で焼き切れたパソコンのように、死に絶えた真っ白な空白に陥っていた。
僕は、僕たち三人の間の複雑で哀れな関係を正確に整理することさえできなかった。
「落ち着いて、ゆっくり話して」
若い警官の顔に、なだめるような温和な笑みが浮かんだ。
彼は傍らの机から登記簿とペンを取り、僕の前に差し出した。
「お父さんと妹さんの名前を書いてください。案内しますから」
父……。
その言葉は毒を塗り、錆びついた針のように、僕の心臓に激しく突き刺さった。
手が震える。
ペンを握ったまま、登記簿の真っ白なページの上で、なかなか下ろせない。
あの名前、僕がとっくに心の中で完全に抹消し、骨まで灰にしたはずの名前を、今ここで自らの手で一画一画書き記し、この世に召喚しなければならないとは。
なんと残酷で、なんと……皮肉なことか。
「父は……洛雲飛、妹は洛璃です」
一文字一文字が、全身の力を使い果たすようだった。
「ああ、分かりました。ここに署名して、時間を記入してください。案内します」
警官は頷き、登記簿を受け取り、名前を一瞥すると、目に一抹の納得の色が浮かんだ。
彼は僕を連れ、ロビーの奥にある廊下へと歩き出した。
廊下は長く静かで、両側の壁は単調で圧迫感のあるクリーム色に塗られていた。
僕たちの足音が空っぽの廊下に響き、格別に鮮明で、格別に……耳障りだった。
家族に会いに行くというよりは、僕への最終審判が執行される……冷たい処刑場へと向かっているような気分だった。
「二時間前、香港から来たという若い方から電話がありましてね、あなたの家で父親を見つけたと」
若い警官は歩きながら、事務的な、感情の欠片もない口調で事件の概要を僕に話した。
「あなたのお父さん……彼の事情は知っていますね?」
「全部知っています、警察の方」
僕は頷いた。声は独り言のように低かった。
「はあ……」
警官は突然軽くため息をついた。
彼は横を向いて僕を見た。その元々穏やかだった瞳に、一抹の……同情が浮かんだ。
「お母さんも大変ですね。女手一つで、あなたたち姉妹二人を育て上げて……」
彼の言葉は不意打ちの鋭いハンマーのように、とっくに極限まで張り詰めていた僕の神経を強打した。
姉妹……。
また……女の子扱いか……。
強烈な、言葉にできない不条理感と、骨の髄まで染みるような冷たい無力感が混ざり合う。
僕は自分が、運命に翻弄される哀れで滑稽なピエロのように感じた。
僕のすべてのあがき、すべての偽装は、この巨大で不条理な『現実』という名の舞台の上では、あまりに徒労で……笑い話だ。
「すみません、実は僕、男なんです」
僕は思わず小声で言った。
その声はとても軽く弱々しく、瀕死の蛾が最期の瞬間に発する、微弱で無念な羽音のようだった。
「えっ?」
若い警官は呆然とした。
彼は足を止め、振り返り、極めて驚いた、信じられないという目で、僕を頭からつま先までしげしげと観察した。
「見えなかったな、男の子だったのか?」
彼の顔には……巨大な、不条理な表情が浮かんでいた。
僕たち二人はこうして、空っぽで静まり返った惨白な廊下で、極めて奇妙で息の詰まるような気まずさに陥った。
結局、その気まずさは、同じく気まずい乾いた笑い声によって破られた。
僕たちは二人とも笑った。
その笑い声には一欠片の喜びもなかった。
それは……巨大で不条理な現実の前でなし得る、唯一の、そして最も無力な反応だった。
「さて、着きました。入ってください」
警官の顔には、まだ消えきらない気まずい赤みが残っていた。
彼は僕を、固く閉ざされた、分厚そうな小部屋の前に連れて行き、ドアを指差した。
部屋の中から、中年男性の、不耐煩と怒りに満ちた声が聞こえてきた。
その声は懐かしくもあり、見知らぬもののようでもあった。
それは僕の記憶の最深部に潜んでいた冷たい毒蛇のように、今この瞬間に音もなく蘇り、舌を出して、僕の魂を完全に飲み込もうとしていた。
同時に、母と妹の声も聞こえた。
彼女たちの声はとても軽く微弱で、蜘蛛の巣に囚われた哀れな蛾が、最後の徒労なあがきをしているようだった。
僕の手が、冷たい金属のドアノブに触れた。
その感触は……地獄の門に通じる、冷たい墓石に触れているようだった。
僕は深く息を吸い、全身の力を振り絞って、その……現実と悪夢を隔てる重いドアを押し開けた。
ドアが開いた瞬間、部屋の中のすべての音が止んだ。
時間が凍結されたようだった。
安タバコのむせるような臭い、汗の酸っぱい臭い、そして……無形の、息の詰まるような『憎悪』という名の気配が混ざり合い、顔に吹き付け、風を通さない網のように僕をしっかりと覆い尽くした。
部屋は狭く、配置も極めて簡素だった。
真っ白な壁、冷たいスチール製の机と椅子、頭上で『ジージー』と鳴る刺すような蛍光灯……ここのすべてが、冷たく、情け容赦ない、取調室特有の圧迫感を放っている。
母、璃、そしてもう一人、非常に有能そうな雰囲気の女性が、左側の長椅子に座っていた。
母の顔色は紙のように白く、両手はきつく組み合わせられ、目には疲労と……一抹の深い恐怖が満ちていた。
璃は母の隣にぴったりと寄り添い、小さな顔を強張らせ、いつもはハムスターのように澄んで明るい瞳が、今は二つの燃え盛る強情な炎となって、対面を死ぬほど睨みつけていた。
そしてあのかっちりとした女性……どこか見覚えのある……林姉? どうして彼女がここに?
右側には大柄な警官が三人立っていた。
彼らは無表情で、沈黙する生命のない彫像のように、全身から疑う余地のない荘厳な気迫を放っていた。
部屋の中央、あの冷たい尋問椅子に、一人の男が座っていた。
あの男だ。
彼の手は、冷たく金属的な光沢を放つ手錠でしっかりと拘束されていた。
高そうだが、すでに皺くちゃになったシルクのシャツを着て、髪は長時間の逃走と揉み合いで乱れていた。
彼の顔は、僕の記憶よりもずっと老けていた。
目尻の皺はナイフで刻んだように深く、もみあげにも白いものが混じっている。
だが、その目……。
いつも一抹の軽蔑を帯び、高みから見下ろし、どうでもいい品物を品定めするかのようなその目は、十数年前と全く同じだった。
冷たく、利己的で、一欠片の温度もない。
彼こそが、洛雲飛。
僕の……父親。
僕の人生において『精子提供者』という役割しか演じなかった、名義上の……父親。
「どうやら全員揃ったようだな」
あの男が先に口を開き、この息の詰まる沈黙を破った。
声は嗄れていたが、吐き気を催すような、すべてを掌握しているかのような余裕のある口調だった。
彼は顔を上げ、その冷たく感情のない目を僕に合わせた。
「迎えに来たぞ、いい暮らしをさせてやるためにな、玖」
彼は整然と話し、その口調は些細な小事を述べているかのように平然としていた。
まるで巨額の公金を横領して逮捕されたばかりの犯罪者ではなく……故郷に錦を飾り、家族に恩恵を施そうとしている……救世主であるかのように。
「あのふしだらな女たちが邪魔しなければ、お前をバンコクへ連れて行けたんだがな。特別いい継母を見つけてやったんだぞ」
ふしだらな女……。
その言葉は、真っ赤に熱せられ猛毒を塗られた鋼鉄の針のように、僕の心臓に激しく突き刺さった。
冷たく、馴染みのある、『怒り』という名の感情が、千年の眠りから覚めた火山のように、僕の胸の中で静かに蘇った。
「誰が……ふしだらな女だって?」
僕の声はとても軽く静かだったが、ベルベットに包まれた冷たい鋼鉄のように、柔らかくも硬質な質感を持っていた。
「お前の母、あの北方の野暮な娘、それから通報したあの女だ」
彼の顔にも、徐々に怒りの色が浮かび上がってきた。
歳月とアルコールに侵食され少しむくんだその顔が、怒りでわずかに歪み、拙劣で悪意に満ちた仮面のようだ。
どうやら林姉が通報したようだが、具体的に何があったのか、僕はまだ何も知らない。
「あの、これからの話は部外者の私が聞くのは不適切ですので、私は外に出ますね」
林姉は即座に空気中の凝固した、一触即発の火薬の匂いを察知した。
彼女はこれが僕たちの家族の問題であることを考慮し、嫌疑を避けるために、僕に一声かけると警官に合図してドアを開けてもらい、出て行った。
部屋のドアが静かに閉められた。
『カチャ』という軽い音が、見えない冷たい水門のように、轟然と落ちた。
部屋には今、僕たち家族と監視の三人の警官だけが残された。
洛雲飛は林姉の退席に全く影響を受けていないようだった。
彼は再び視線を僕の母に合わせた。
その眼差しには、隠そうともしない、赤裸々な嫌悪と……蔑視が満ちていた。
「お前の母さんは、女のくせに、少しも女らしくない!」
彼の声が唐突に高くなり、汚れた悪臭を放つ鞭のように、とっくに耐えきれなくなっていた母の脆い神経を激しく打った。
「女の本分は夫と子に尽くすことだ。女は、家で夫に仕え、家事をし、男のことに口出しするな。『女は無能な方が幸せだ』だ! なのにこの女は、どうしても働きに出て、やるべきこともやらず、男みたいに、クソみたいな仕事に行きやがって、何様のつもりだ!」
その瞬間、母の体が激しく震えるのが見えた。
顔色はさらに青白くなり、唇からもすべての血の気が失せた。
しかし、洛雲飛の『審判』は、これでは終わらなかった。
彼は顔を向け、その悪毒と怨恨に満ちた視線を、最初から最後まで燃えるような怒りの目で彼を睨みつけていた、僕の最愛の妹――璃に投げかけた。
「あの野暮な娘もだ! 玖、お前が小さい頃に言っただろう。北方の人間は野蛮で、教育程度が低く、素質がないと! この野蛮人は力が強くて気性が荒く、手まで上げる。おまけに骨の髄まで卑しい遺伝子を持ってる! この野暮な娘には洛家の血など流れていない、洛を名乗る資格などない!」
卑しい遺伝子……。
洛家の血が流れていない……。
その言葉は、錆びついた鈍いナイフのように、僕の心臓の上を行ったり来たりしてゆっくりと切り裂いていく。
彼が言う璃が洛家の人間じゃないという意味にはまだ疑問があったが、今はそれ以上に怒りが勝っていた。
公金を横領して海外へ逃亡し、僕たち母子三人をこんなに長い間見捨てておきながら、今さら突然現れて、こんなにも悪毒で、差別と偏見に満ちた言葉で僕の最も大切な母と妹を侮辱するこの男が、許せなかった。
最後に、彼の冷たい毒蛇のような目は、ついに僕の上に落ちた。
「それから玖、お前だ! お前は小さい頃から勉強もろくにせず、小学校でも、中学でもそうだった! 俺があんなに金をかけて塾に行かせたのに、お前はどうだ? 数学も理科もずっと散々な成績で、国語だって赤点ギリギリだったじゃないか! こんな子供が、俺がいなくなってどうやって生きていくんだ? 母さんが金を払って香港の三流学校に送ったところで、将来性なんてないんだよ! そんなんじゃ、コネを使って政府の仕事を紹介してやるのも難しいぞ!」
彼のその、正論めいた、『慈愛』と『心配』に満ちた非難の数々が、汚れた冷たい悪臭を放つ汚水のように、頭から浴びせかけられた。
血液が一瞬で凝固したように感じた。
冷たい、骨まで凍みる、鋼鉄さえ粉末にしてしまうほどの寒気が、足の裏から脳天まで駆け上がった。
もういい……。
本当に……もう十分だ……。
「洛! 雲! 飛!」
僕は怒りの声を上げ、あの男の言葉を遮った。
その声は嗄れて砕け、絶境に追い込まれた瀕死の野獣が、命の最期に発する無念と絶望の咆哮のようだった。
「僕のことを言うのは構わない。でも、母さんと璃を侮辱するのは許さない!」
「やっぱり野種と一緒にいると、まともな人間も野種みたいになるんだな」
洛雲飛の顔に、軽蔑と嘲笑に満ちた冷笑が浮かんだ。
「玖、自分の姿を見てみろ。化け物みたいじゃないか。母さんは本当にお前を甘やかしすぎたな。そんな男か女かも分からない格好をして、人に見られたら笑い者にされるぞ?」
男か女かも分からない……。
僕は完全に我慢の限界を超えた。
胸の中の千年の休火山が、今まさに……大噴火しようとしていた。
僕が口を開こうとしたその時、ずっと黙って母に寄り添っていた妹の璃が、突然激怒した捨て身の小豹のように、猛然と長椅子から立ち上がった。
彼女はドアを開け、部屋を飛び出した。
全員が、彼女のこの突飛な行動に呆気にとられた。
続いて間もなく、僕たちが反応する間もなく、閉まったばかりの取調室のドアが、再び激しく押し開けられた。
璃は怒りに満ちたオレンジ色の稲妻のように、取調室に飛び込んできた。
そして、全員の極度の驚愕と信じられないという視線の中、彼女はその白く細い、何の殺傷力もなさそうな手を高く振り上げ、あの男の顔に向けて思い切り振り下ろした。
「パァン!」
妹の手が振り下ろされた時、かなりの力が込められていた。その瞬間の音は澄んで大きく、耳をつんざくようだった。
それは一撃の雷鳴のように、狭い密閉された取調室で轟然と炸裂した。
洛雲飛の怒りでわずかに歪んだ顔は、打たれて猛烈に横へ逸れた。
くっきりとした鮮紅色の手形が、彼の頬に急速に浮き上がった。
彼の目には……信じられないという色が満ちていた。
直後、ずっと傍観していた二人の警官がついに驚愕から我に返った。
彼らは一足飛びに駆け寄り、左右から、怒りで激しく震える怒れる小獅子のような洛璃を、洛雲飛のそばから引き離した。
「お嬢ちゃん、気持ちは分かるけど、ここは派出所だ、監視カメラもある。少し自制してくれ、頼むよ」
警官の一人が、できるだけ穏やかな、なだめるような口調で璃に言った。
「私の……私のお兄を侮辱するな!」
璃は歯を食いしばって言った。いつもハムスターのように澄んで明るい瞳は、今は二つの燃え盛る捨て身の炎となって、彼女にひっぱたかれた男を死ぬほど睨みつけていた。
彼女の声は極度の怒りで激しく震えていた。
僕は深く息を吸った。
璃のあの捨て身の平手打ちは、氷のように冷たい雪水のように、怒りで完全に飲み込まれそうになっていた僕の暴走する心臓を、一気に覚醒させた。
暴走してはいけない。
怒りに我を忘れてはいけない。
僕は静かに、冷ややかな顔で、まだ衝撃と怒りの中にいる男を見つめ、一欠片の感情も帯びない、自分とは無関係な客観的な報告書を読み上げるかのような口調で、一言一言告げた。
「あんたが出て行ってから、母さんは毎日仕事に追われ、必死に稼いでようやく僕と璃を育ててくれた。璃もいい子だ、可愛くて、聞き分けがよくて、僕と母さんがいない時はずっと自分で家事を覚えて、家をきれいに片付けてくれてる。あんたの言う『卑しい遺伝子』が何を意味するのか知らないけどね。母さんはずっと詰め込み教育に反対だったから、頑張って僕を香港に行かせてくれた。僕は香港で成績も悪くないし、生活も充実してる。あんたに心配してもらう必要はないよ」
僕の声は静かだったが、鋭利で冷たい解剖刀のように、彼がさっき吐いた悪毒と偏見に満ちた荒唐無稽な嘘を、一つ一つ切り裂き粉砕した。
洛雲飛の顔色はますます醜悪になった。
彼には思いもよらなかったのだろう。彼の目にはずっと弱々しく、出来損ないで、どうとでもなる『息子』だった僕が、こんなにも……冷酷で、反論を許さない態度で言い返してくるとは。
「お前に何が分かる?」
彼は逆切れして怒鳴った。
「俺には今金があるんだ。タイでバーを開いた。タイは寛容だぞ。お前とお前の母さんみたいなのは、俺のバーで売春すりゃ大金が稼げるんだ。一晩で500ドルくらい取れる。それがどれだけ大金か分かるか? 一回500ドルだぞ、一ヶ月なら? 母さんが一日中駆けずり回って、そんなに稼げるか? 俺はお前たちのために言ってやってるのに、なんだその態度は!」
彼のその、銅臭に満ちた、吐き気を催すほど気持ち悪い、自分の実の家族を値札のついた『商品』とみなす発言は、汚れた冷たい毒蛇のように僕の心臓に巻き付き、僕の最後に残った理性を完全に絞め殺そうとした。
僕はまた猛烈に息を吐き出し、胸を突き破りそうな滔天の怒りを無理やり押し込んだ。
「もういい」
僕の声はさっきよりもさらに冷たく、さらに……一欠片の温度もなかった。
「あんたが今反省すべきなのは自分の問題だ。汚職と公金横領の全過程を自ら供述し、減刑を求めることだ。ここで僕たちを侮辱したり僕たちに怒りをぶつけたりすることじゃない。僕たちにどれだけ怒りをぶつけても無駄だ。あんたを待っているのは法の裁きだけだ」
僕が言い終わるや否や、ずっとそばに立っていた警官がタイミングを見計らって僕と母、そして璃に言った。
「数日後、市政府と検察院が洛雲飛の公訴準備を始めます。ご家族として、関連法に基づき、裁判の傍聴をする権利がありますが……」
警官が言い終わらないうちに、僕が先に口を開いた。
「結構です」
僕は背を向け、僕の言葉で完全に打ちのめされた男をもう見ようとはしなかった。
「その人は、僕たちの家とは無関係ですから」
僕は母の冷たく微かに震える手を取り、もう片方の腕であのまだ怒りで全身を震わせている、僕の最も勇敢で可愛い妹を抱き寄せ、僕のすべての子供時代の悪夢を幽閉していた冷たい取調室を、振り返りもせずに後にした。
ドアが、僕たちの背後で重く閉ざされた。
『洛雲飛』という名の、汚れた、耐え難い過去を、僕たちの世界から完全に隔絶するように。
あの息詰まる取調室を出た時、外の世界も変わったように見えた。
派出所のロビーの青白く刺すような蛍光灯が、今の僕の目には救いのような優しい光の輪を帯びて見えた。
僕たちは自由になった。
血縁で編まれた、呪いと苦痛に満ちた堅牢な檻から、完全に解き放たれたのだ。
しかし、この遅れてきた悲しみに満ちた『自由』を味わう暇もなく、新たな、より複雑で、より……捉えどころのない檻が、僕の目の前で、静かにその優しく、美しく、しかし致命的な網を広げていた。
「ちょっと聞きたいんですが、林欣同志はあなたたちとどういう関係ですか?」
先ほど案内してくれた若い警官が、僕たちが出てきたのを見て迎えてくれた。
彼の顔には好奇心が浮かんでいた。
僕は口を開き、林姉はただの同級生で、優しく善良で、たまたま通りかかって僕たちに救いの手を差し伸べてくれた親切な人だと説明しようとした。
しかし、澄んだ、耳に心地よい、断固とした声が僕より先に響いた。
「私は彼の彼女です」
林姉はいつの間にか僕のそばに来ていた。
彼女は横を向いて僕を見た。いつも優しい笑みを浮かべている天使のような瞳が、今は瞬きもせず僕を見つめている。
そして、彼女はこの驚天動地の発言に呆気にとられている警官に向き直り、丁度いい加減の、優しく恥じらうような微笑みを見せた。
は?
こ……これはいったい……どういう状況だ?
僕はドラム式洗濯機に放り込まれた哀れなぬいぐるみのようで、巨大で混乱した、僕の理解を完全に超えた力によって……目を回されていた。
脳は依然として半ばフリーズ状態で、正常に機能しない。
林姉のあの軽やかで、しかし重爆弾のような『私は彼の彼女です』という言葉が、僕の脳内で繰り返し、残酷に反響する。
彼女……彼女はいったい何をするつもりなんだ?
ようやく家に帰り、ドアを閉め、外の喧騒と未知と危険に満ちた世界を遮断した時、母はやっとあの巨大で心労困憊させる衝撃から我に返った。
彼女は僕を見て、それから僕の隣に立つ、最初から最後まで優雅さと余裕を保っている天使のように完璧な林姉を見て、信じられないという表情をした。
「か、彼女? 玖、彼女ができたの?!」
母の声は極度の驚きで少し甲高くなっていた。
長年の苦労で少し曇っていた瞳が、今は……奇妙な、希望に満ちた光を放っていた。
璃は顔を背け、小さな顔を強張らせ、どうやら不貞腐れているようだった。
「はい、お母様。私は洛玖の彼女の、林欣と申します。どうぞよろしくお願いいたします」
林姉の演技は完璧だった。
彼女は母に向かって深々と一礼し、顔には優しく、慎ましく、どんな母親でも好感を持たずにはいられない微笑みを浮かべていた。
「あ、い、いえいえ、こちらこそ、玖をよろしくお願いします、お世話してやってください」
母は少し手足の置き場に困っているようだった。
「この子は小さい頃から友達がいなくて、私と妹以外に話し相手もいなかったのに、あなたが彼女になってくれるなんて……本当に嬉しいわ!」
母はそう言いながら、目元を少し赤くした。
「母さん……」
僕は少し気まずく母の言葉を遮った。頬が焼けた鉄のように熱い。
「聞きたいことがあるんだ」
「玖、何かあったの? 母さんに遠慮なく言って。母さんが知ってることなら、何でも教えるわ」
母は僕を見て、笑顔をさらに優しくさせた。
「母さん……」
僕は唇を噛んだ。喉がサハラ砂漠のように乾いている。
あの洛雲飛が最も悪毒な言葉で投げつけてきた、血塗れの質問が、魚の骨のように喉に刺さり、言葉に詰まらせる。
「あの男……父さんが言ってたこと……璃のこと、どういうことなの?」
僕は辛うじて尋ねた。
僕の言葉が終わるや否や、部屋の空気が一瞬で凍りついた。
母の顔の笑顔が、口元で固まった。
彼女の視線が一瞬……泳いだ。
彼女は長く息を吐き出し、それから何か重大で困難な心の葛藤を経たかのように、顔を上げ、璃を呼び寄せ、かつてないほど真剣な眼差しで僕たち二人を見た。
林姉は再び、恐怖を感じるほど鋭敏な洞察力を発揮した。
彼女はほぼ一瞬で、空気中の凝固した重い雰囲気を読み取った。
彼女は何も聞かず、ただ僕たちに優しく申し訳なさそうな微笑みを向け、背を向けて家の別の部屋に行き、そっとドアを閉めた。
部屋には僕たち母子三人だけが残された。
窓外からは隣家の子供たちの笑い声が聞こえてくる。
その声は活力に満ち、……愁いを知らない喜びに満ちていた。
対して僕たちの世界は、こんなにも……静まり返っている。
「璃は……私が引き取った子なの」
母がついに口を開いた。
その声は死水に投げ込まれた巨石のように、僕の心の中に……荒波を立てた。
「どうせいつかは二人に話さなきゃいけないことだったのよ。ただ、もう少し大きくなってから話そうと思っていただけで」
「大丈夫だよ、母さん。何も気にしなくていいから」
璃が言った。
彼女の声は母よりも落ち着いていて、そして……揺るぎなかった。
母は僕たちを見た。そのいつも少し疲労を帯びていた瞳の奥に、優しい、懐かしさに満ちた、水霧のような光が浮かんだ。
彼女はあの十数年間封印されていた、遠い……物語を語り始めた。
「玖がまだ小さかった頃、私は北へ出張に行ったの」
「甘粛省の省都、蘭州市へね」
「ある晩、食事を終えてから散歩に出たの」
「ある大学の門の前の木の下で、オギャーオギャーと泣いている赤ん坊を見つけたわ」
「その赤ん坊はとても痩せ細っていて、薄い布団一枚にくるまれていただけだった。当時は冬で、深センの冬みたいに暖かくはないわ。蘭州の夜は、人の骨まで凍らせるほど寒いの」
「私はその子を抱いて家に連れ帰り、あちこち走り回って、ようやく24時間営業のスーパーを見つけて粉ミルクを買ったわ」
「私が抱っこしていると、その子はとてもお利口で、すぐに泣き止んだの」
「粉ミルクでミルクを作ってあげたら、飲み終わった後に私に向かってキャッキャと笑ったわ」
「その時、璃を引き取ろうと決めたの」
「あまりに昔のことで、その後のことはよく覚えていないわ。ただ、翌日蘭州牛肉麺の店で食べた麺がすごく美味しかったことと、赤ん坊を抱いていたから、便宜上、深センに戻るのに飛行機じゃなくて、三十時間以上かけて列車で帰ったことだけは覚えてる」
「そうそう、蘭州はいいところよ――気候は涼しいし、物価も安い。機会があったら兄妹二人を連れて行ってあげたいわ……」
母の語りはとても淡々としていて素朴で、華麗な修飾語も、意図的な扇情もなかった。
ただ、ずっと昔の、ごくありふれた冬の夜に起きた、一つの単純な……選択を述べているだけだった。
しかし、まさにその淡々さ、素朴さ、単純さの中に、山をも揺るがすほどの、偉大で、人の心を動かす力が込められていた。
聞き終わって、僕は情けなくも涙を流していた。
顔を上げ、その痩せ細った、しかし無比に強靭な肩で僕たちの空を支えてくれた、僕の最も偉大な母親を見た。
そして振り返り、最初から最後まで静かに聞いていた、僕の最も可愛い妹を見た。
僕は心に誓った。
卒業したら絶対に一生懸命働いて稼いで、母さんと璃に最高の生活をさせてあげるんだと。
璃は聞き終わると、背を向けてトイレに走っていった。
彼女は……傷ついたのだろうか?
そうだよな、誰だって自分が実の親に捨てられた捨て子だと知ったら……苦しいに決まってる。
この時の僕は全く気づいていなかった。璃のあの小さな賢い頭の中で、今まさに……どれほど波瀾万丈で、ピンク色の泡に満ちた、驚天動地の……内心の嵐が吹き荒れているかに。
璃の脳内では、今別のことが考えられていた。
『えっ?!』
『わ、私私私、私とお兄って血が繋がってないの!』
『ってことは……』
『ってことは、私まだチャンスあるんじゃない?!』
『将来……お兄と結婚することだってできる?』
その夜、僕たち三人はあの小さな、歳月に摩耗して塗装の剥げた食卓を囲み、……遅い、けれど無比に温かい夕食を食べた。
林姉は、母があの物語を語り終えた後、音もなく去っていった。
彼女は誰にも気づかれずに去った。
彼女は神出鬼没の、神秘的で美しい幽霊のように、僕の生活にマグニチュード12の超巨大地震を引き起こすに足る重爆弾を投下した後、一片の雲も持ち去らずに軽やかに袖を振って去っていったのだ。
残されたのは、彼女によって一方的に『彼氏』と宣言された哀れな被害者である僕一人。この……彼女の存在によってより複雑に、より混乱し、より……絶望的になった後始末に、一人で直面しなければならない。
夕食後、母は今日あまりに大きな刺激を受けたことと長年の過労のため、すぐに部屋に戻って休んだ。
リビングには僕と璃の二人だけが残った。
僕たちはあのきしむ古いソファに並んで座り、テレビで流れるつまらないドラマを見ていた。
空気には微かに、料理の残り香が漂っている。
窓外からは隣の夫婦喧嘩の声と、下で物売りが大声で叫ぶ声が聞こえる。
これらすべてがあまりに馴染み深く、あまりに……生活感に満ちている。
しかし僕は、僕たち二人の間にあった、小さい頃から慣れ親しんだ親密無間な雰囲気に、一筋の……微妙で、言葉にしがたい変化が生じているのを感じていた。
璃は以前よりもさらに……僕にベタベタしていた。
彼女はほとんど体全体を僕に預けていた。
頭を僕の肩に乗せ、その柔らかく、シャンプーの香りがする髪が僕の頬を軽くこすり、くすぐったい。
手も、僕の腕をきつく掴んでいる。その姿は主人に捨てられるのを恐れる、可哀想な子猫のようだ。
「お兄……」
彼女は突然顔を上げて僕を見た。いつも澄んで明るい瞳が、薄暗い灯りの下で二つの水晶のように、奇妙な、動悸のする光を放っていた。
「なんであの……クズに……怒らなかったの?!」
彼女の質問は死水に投げ込まれた石のように、波紋を広げた。
僕は彼女の至近距離にある、困惑と不可解に満ちた可愛い顔を見て、長く沈黙した。
そして、笑った。
その笑顔はとても軽く薄く、しかし一筋の……自分でも説明できない、複雑で、疲労と……蒼涼が混じった意味を帯びていた。
「意思決定をする時は、冷静にならなきゃいけない。絶対にサンクコストを考慮しちゃダメだ。そうしないと感情に影響されて、取り返しのつかない誤った決定をしてしまう」
僕はできるだけ平静な、ともすれば……少し冷酷とも言える口調で彼女に言った。
「この考え方の最も典型的な例が、『もうこんなに尽くしたんだから、元を取らないと損だ』ってやつだ。だから、サンクコストは意思決定に関与させてはいけないんだ」
これは僕の人生哲学だ。
泥沼でもがいて十数年生きてきた哀れな生存者である僕が導き出した、唯一にして最も残酷な……生存法則だ。
僕は自分のすべての過去、すべての苦痛、すべての……恥部を『サンクコスト』と定義している。
すでに起きてしまった、変えることのできない、僕がこれ以上一縷の感情も労力も注ぐに値しない……サンクコストだと。
そうして初めて僕は生きていける。
そうして初めて僕は身の回りの、最も大切な人を守ることができる。
璃には僕のこの……理性的すぎて、ともすれば……人情味のない言論は理解できないと思っていた。
しかし予想に反して、彼女は聞き終わると、困惑した表情を見せるどころか、逆に僕をさらに強く抱きしめた。
彼女は頭を深く僕の胸に埋めた。
温かく湿った液体が、薄いTシャツを通して僕の肌に染み込んでくるのを感じた。
彼女は……泣いているのか?
「お兄……」
彼女の声はこもり、濃い鼻声になっていた。
「……辛かったね……」
僕は手を伸ばし、優しく彼女の髪を撫でた。
僕たちはこうして薄暗い灯りの下、退屈なドラマを背景音に、固く抱き合っていた。
窓の外は、喧騒と混乱、苦痛と無力に満ちた、汚れた大人の世界だ。
対して僕たちの世界はこんなにも……静かだ。
こんなにも……温かい。
その時僕は無邪気にも、僕たちの関係は永遠にこの瞬間に留まるのだと思っていた。
この……親情と依存で編まれた、純粋で、温かく、安全な……港の中に。
僕は知らなかった。璃のあのとっくに単純ではなくなっていた心の中に、一つの驚くべき秘密によって完全にかき回された乙女の心の中に、すでに……大波が巻き起こっていることに。
そして僕、この鈍感で愚かで哀れな『兄』は、そのことに……。
全く気づいていなかった。




