第9話 輝く翠の宝石、午後の喫茶店で味わう『メロンソーダフロート』の魔法
窓から差し込む明るい日差しが、琥珀色の店内にキラキラと踊っている。
ここは街の喧騒を少しだけ忘れて、ゆったりした時間を楽しめる素敵な喫茶店。
カウンターの奥では、純白のエプロンが眩しい店長さんが、鼻歌でも歌い出しそうな軽やかな手つきでコーヒー豆の準備をしていた。
「ふふ……今日もお日様がご機嫌で、お店の中がとっても明るいどすなあ。窓際の観葉植物さんも、光のシャワーを浴びて嬉しそうに葉っぱを揺らしてはりますわ」
棚に並んだ可愛らしいカップたちも、午後の光を反射して楽しそうに笑っている。
ここでのアルバイトは、前の世界にいた頃の厳しい修行とは違い、心に灯がともるような温かい発見に満ちていた。
「店長はん。その豆を量る真剣な横顔、いつ見ても格好いいどすなあ。まるで、世界で一番美味しい秘密のレシピを生み出そうとしてはるみたいどすえ」
「くふふっ……。大げさね、ハンナリエル。でも、美味しい一杯のためには、この数グラムのこだわりが大切なの。素材の良さを最大限に引き出すのが私の役目なんだから」
ちょっと風変わりなところもあるけれど、その一杯に注がれる愛は本物だ。
科学者のように鋭い瞳は、出来上がった飲み物を客に差し出す瞬間だけは、いつも悪戯っぽくて優しい光を湛える。
「ふふ、さすがはこだわりの店長はん。うちは店長はんが生み出す幸せの一滴で、お客様の笑顔に変わる瞬間を一番近くで見守れて幸せどすえ」
チリン、と。入り口の鈴が、楽しそうな音を立てて鳴り響いた。
少し肩を落とし、疲れを隠しきれない様子で一人の若いサラリーマンが入ってきた。
カウンターの隅へと身を沈め、小さく吐息をついたその姿には、日々の喧騒に磨り減った心が滲んでいる。
「あの、メロンソーダフロートを一つもらえますか。あの爽やかな緑色と甘いアイスに、思いっきり癒やされたい気分なんです」
「くふふっ、素敵な注文ね、了解したわ。……ハンナリエル。とびきり綺麗な氷を三つ用意して。シュワシュワの炭酸も元気に飛び出してくる絶好のタイミングよ」
「承知しましたえ。炭酸の精霊たちがお客様の疲れを吹き飛ばすくらい元気に弾けるよう、最高の設定で準備させてもらいますわ。お任せおくれやす、店長はん」
専用のガスシリンダーからは、これから新しい楽しみが始まる合図みたいに、炭酸の弾ける音が聞こえてくる。
中の気泡がどれくらい活発か、感覚を研ぎ澄ませて確認していく。
「ふふ……。この子ら、今日も一段と元気いっぱいどすなあ。グラスの中で踊り出すのが待ちきれへんみたいにキラキラした泡が湧き上がっておりますわ」
「ハンナリエルはいつも楽しそうに表現するわね。……シロップの量も完璧、この鮮やかな色がグラスの中で炭酸と溶け合う瞬間が一番のシャッターチャンスよ」
グラスの底を満たしていくのは、透き通ったエメラルドグリーンの綺麗なシロップだ。
そこへ元気いっぱいの炭酸水が、細かな銀色の気泡を散らしながら勢いよく注がれていった。
「底から湧き上がる銀色の粒々が小さな妖精さんたちのダンスみたいで、本当に綺麗どす。ずっと眺めていたら日々の小さな悩み事なんて、どこかへ消えてしまいそうどすなあ」
「そう言ってもらえると嬉しいわ。……さあ、仕上げのステップよ。真っ白なバニラアイスをこの翠色の海へ浮かべましょう。最高のアクセントになるはずだわ」
アイスクリームディッシャーで丁寧に丸く形を整えられた、真っ白なバニラ。
翠色の液体の上へと、ふわり、優しく着水させる。
最後に真っ赤なチェリーを乗せれば、世界一可愛いデザートドリンクの出来上がり。
「完成よ。……さあ、どうぞ。今のあなたに一番必要な元気をチャージしてくれる特製のドリンク。この一口で明日への活力がきっと湧いてくるはずだわ」
目の前に置かれた、宝石みたいに輝くメロンソーダフロート。
透明感のある緑色と、溶け始めたアイスの白さが混ざり合い、えもいわれぬ美しさを描いている。
その輝きに見惚れた様子で、彼は目をキラキラさせて呟いた。
「……すごい。久しぶりに見ました。なんだか心が洗われる気分です。今日のご褒美として、ゆっくり味わせてもらいますね」
彼はストローで一口飲むと、炭酸の心地よい刺激に、ぱっと顔を明るくさせた。
次はスプーンを持って、山盛りのバニラアイスを少しだけ崩して、口へと運ぶ。
その幸せそうな表情を見ていると、心が満ちてくる。
「ふふ……。無心に甘いものと向き合っとる姿は、純粋な喜びを感じられて、見てるだけで癒やされますなあ」
「くふふっ……甘いものは、心を一瞬で幸せにしてくれる魔法のようなもの。その小さな喜びが明日を頑張る力になることもあるわ。私のこだわりが届いて良かったわ」
作業へと戻りつつ、店長さんは満足げに唇の端を上げた。
自信たっぷりのその横顔は、どんな魔法陣よりも力強く、頼もしく映る。
サラリーマンはアイスが少しずつ溶けて綺麗な層を作っていく様子を、まるで宝物を眺めるように楽しんでいた。
「うちも店長はんが心を込めて作る最高の一杯を、いつか飲んでみたいもんどす。そのためにも、もっと張り切ってお仕事頑張らせてもらいますわ」
「くふふっ……あなたはいつも全力投球だから、今のままで十分合格よ。ハンナリエル, お喋りはここまで。次のお客様が来る予感がするわ。カップとグラスをピカピカに磨いて準備して」
「かしこまりましたえ。店長はんの自慢のお店をもっとキラキラ輝かせるために、うちの磨き上げの技を披露しますわ。次の幸運な方を迎える準備、完璧に整えておくれやす」
明るい日差しの中でお気に入りの布巾を手に、一つずつ丁寧に磨いていく。
こんな穏やかで笑顔が溢れる日常の繰り返しこそが、今の自分にとっては、どんな壮大な伝説よりも大切な一日。
やがて日が傾き、看板を裏返して本日のお仕事が一段落。
一日の終わり。エプロンを外そうとした矢先、店長さんの手から「お疲れ様」という言葉と共に何かが差し出された。
「くふふっ……。今日は一段と頑張ってくれたから、あなたにもこの『魔法』を分けてあげるわね。頑張り屋さんのハンナリエルに、私からの特別なご褒美よ。さあ召し上がれ」
「こんな素敵なご褒美まで用意してくれはるなんて夢みたいどすわ。それじゃあ遠慮なく……店長はんの真心、たっぷり味わせてもらいますなあ」
目の前には、『メロンソーダフロート』が置かれ、店長さんに礼を伝えて口を付ける。
ストローを伝って流れ込んできた、弾けるような翠色の甘み。
口いっぱいに広がる香りと、バニラの濃厚な口溶けが、今日一日の疲れをふわふわと溶かしていく。
「ふふ……。美味しい……。このシュワシュワした刺激が身体に溜まった疲れを根こそぎ洗い流して、心の中までキラキラした光で満たしてくれるような最高の気分どすわ」
「喜んでもらえて何よりだわ。……美味しそうに飲むあなたの顔を見ていたら、新しいレシピのアイディアが湧いてきたわ。明日の準備も、もっと楽しくなりそうね」
***
アパートへ帰り着くと、窓から入る夜風を感じながら、今日の出来事を日記に書く。
キラキラした翠色、弾ける泡の音、そして格好良くて優しい店長さんのこと。
【タイトル:[合成]翠碧の深淵に浮かぶ白銀の浮島、天秤の賢者が処方せし『メロンソーダフロート』による瞬間的救済について】
『――それは宝石みたいな輝きを纏った、最高に幸せな贈り物。心を込めて作られた冷たい飲み物が、こんなにも人の心を温めるなんて、わたくしは新しい「智慧」を知ったのです』
画面の向こうで日記を読んでくれる皆に、この翠の魔法が届くよう投稿ボタンを押すのは、何度やっても楽しい瞬間。
「本当に不思議な力が籠もってて素敵どす。元の世界の手がかりを探すのも大事なことやけど、それはまた、明日からボチボチ頑張りまひょか」
ノートパソコンを閉じ、心地よい満足感と共にベッドへと身を横たえる。
喉の奥には、店長さんが味見させてくれたシロップの、あま〜い余韻が残っている。
それが、明日を元気に過ごすための、一番確かなエネルギーになってくれる。
窓の外, 夜空には翡翠色に輝く星が、ひとつ。
今日お店で見た『メロンソーダフロート』みたいに、優しく光りながら街の夜を静かに見守ってくれていた。
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今日はもう少し投稿できそうなので頑張ってみたいです。
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