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第50話 防衛拠点の構築と『惣菜パン』の複合魔法

 神無月の声を聞くと同時に、この世界の秋は加速度を増した。

 空気が澄み渡り、魔力の循環が鋭さを増す月。

 聖女は慈悲を振りまく暇もないほどの、未曾有の「連勤」という名の試練の中にいた。


「……ふう。これでドラッグストアの方の納品整理は完遂どすな」

「実にご苦労だったな、リエル。一昨日は物流倉庫でのピッキング、昨日は商店街へのポスター配布、そして今日は早朝からの品出し任務か。まさしく連勤術師と呼ぶに相応しい働きじゃないか」


 足元で愛らしいんにゃ丸のフリをした師匠が、呆れたように話を飛ばしてくる。

 ドラッグストアの裏口で、山積みになった戦利品を見下ろした。

 複数の現場を渡り歩いた末に得たのは、報酬という名の金貨だけではない。


「師匠、人聞きの悪い。うちはただ、困ってはる人らを放っておけなんだだけどす。それより見ておくれやす、この立派な防護資材ダンボールの山を。店長はんが『処分するのも手間やから好きに持ってってや』と言わはったさかい、遠慮なく頂戴しましたえ」

「ふむ。物理的にはただの紙の集積体だがね。今の季節、学び舎の若き学生たちにとっては、これこそが戦略的価値を持つ重要物資となるわけか」

「どす。チサトはんから『文化祭の資材が枯渇して、陣地の構築がままならんのじゃい!』と救済要請が入っとりましたさかい。これを届けるまでが、うちの今日の聖務どす」


 借りてきた台車を押し、大量のダンボールを積み上げて馴染みの高校へと向かった。

 秋の夕暮れ、黄金色に染まる通学路を台車に師匠を乗せ、カタカタと鳴らしながら進む姿は、聖女というよりは行商人のようであったかもしれない。


 やがて辿り着いた放課後の高校は、特有の熱を帯びていた。


「チサトさん、リンさん。戦場(文化祭)の設営はお進みどすか」

「あ、ハンナリエルさん!んにゃ丸……じゃなくてバンリ師匠!来てくれたんだ!」

「ハンナリさん、バンリさん。いらっしゃい」


 中庭の片隅で、二人は大量のダンボールと格闘していた。

 月末に控える文化祭――生徒たちが各クラスや部活動で出展を行う、年に一度の祭典の準備である。


「ドラッグストアでもらってきた空き箱、お持ちしやしたえ」

「おー!助かる!これでお城の城壁が作れるよ!」

「お二人は合同で陣地を構築するんどすな」

「ああ、あたしのクラスはお化け屋敷の準備だが……千怜の弓道部は射的をやるんだとか」

「そうそう!的とか台とか、お互いダンボールが大量に必要だから、協力して集めてたんだよ!」

「なるほど、学年を超えた物資調達の同盟というわけどすな」

「物流の停滞は戦線の崩壊に直結するからな。この波状構造を持つ紙片の集積こそが、今の彼女らにとっては聖遺物にも等しい価値を持つというわけだ」


 チサトさんが積み上げようとしていたダンボールの壁を見て、思わず口を挟んだ。

 戦乱の世を生き抜いた聖女として、この脆弱な陣地構築は見過ごせないのだ。


「……お二人とも。これでは防衛線が薄すぎやへん?」

「えっ、そう?」

「ただ積んだだけでは、敵の投石で一発崩落どすえ。壁の裏側に三角の支柱を立てて補強するんどす」

「三角の支柱?」

「段ボールを三等分に折り、三角柱を作りやす。それを壁の裏に等間隔に配置すれば、強度は数倍に跳ね上がるどす」

「なるほど!さすが……って、ハンナリエルさんも手伝ってくれないの?」

「うちは後方支援専門どす。学生さんが主役の祭典は自分らで汗を流してこそ価値が出るもの。知恵と物資は惜しみなくお貸ししますけど、最後は自分らの手で築き上げはるのが、一番の供儀おもいでになりますえ」

「受動的な救済に慣れすぎては、若き魂の自律が損なわれるからな」


 足元で丸まっていた師匠が、もっともらしい理屈を並べて追従する。

 学生たち自身の手で陣地を築き上げる過程こそが、結束力を高めるのだ。


「ハンナリさん、またサボる口実作ってる……でも、これだけの量を用意してくれたのは本当に助かる。ありがとう」


 冗談めかして言うリンさんの言葉に、周囲で作業をしていたクラスメイトや弓道部の部員たちからも、「助かります!」「聖女様、マジ聖女!」と感謝の声が飛ぶ。

 満足げに深く頷き、ベンチに腰を下ろした。


「皆さんの感謝の祈り、しかと受け取りましたえ。ささ、励みよし。うちはここから、皆さんの奮闘を慈愛の目で見守らせてもらいやす」

「あはは、ほんとに監督みたい!ハンナリエルさん、後でお礼に購買のパン奢るから、ちょっと待っててね!」


 二人は共に、教わったばかりの補強術を駆使して、猛烈な勢いで作業を再開した。

 それからしばらくして。


「よーし、休憩にしよう!お待ちかねの約束のパン、一緒に食べよ!」

「ハンナリさん、バンリさんも。今日は本当に助かった。あたしたちの分だけじゃなくて、二人の分も用意してある」


 作業のキリがついたところで、チサトさんが晴れやかな声を上げた。

 リンさんが購買の大きな袋をベンチに置き、中からずっしりと重い獲物——惣菜パンの数々を取り出した。


「……立ち込める若さと、発酵した汗の匂い。このモラトリアム特有の濃密な空気は、いつの時代も青臭さを感じさせるな」

「師匠、それを言うなら活気と言うておくれやす。さて、ありがたく補給物資の検品をさせてもらいまひょか」


 焼きそばパン、コロッケパン、メンチカツパン。

 茶色いソースをまとった具材が、白いコッペパンの間に隙間なく敷き詰められている。


「これは……パンという聖域に、己の欲望を無理やり封じ込めた、キメラ食材の宴どすな」

「あはは、ほんとだね!放課後の定番、最強の惣菜パンセットだよ!文化祭準備のお供と言えばこれ!」

「千怜、またそんなに買ってきて……これ、一人三つ計算じゃない?明らかに過剰だ」

「いいの!私はまずコロッケパンから行くよ!凛ちゃんは?」

「あたしは焼きそばパン……ハンナリさんとバンリさんは何がいい?」

「では、うちはこのメンチカツパンというのを頂戴しやす」


 手に取ったそれは、見た目以上に重かった。

 フワフワのパンを割らんばかりに、肉の塊であるメンチカツが詰め込まれている。


「……んぐっ。濃厚どすな」

「でしょでしょ!疲れてる時は炭水化物の掛け算が一番効くんだから!」

「ええ。柔らかなパンが荒ぶる肉を受け止め、一つの味に統合しております。これぞカロリーの複合魔法コンポジット・スペルどすな。紅生姜の補助魔法バフもいい仕事をしてはる」

「複合魔法って。でも、たしかに一撃の威力がすごい」

「栄養学的な冒涜と言い換えてもいいがな。炭水化物の衣で肉を包むなど、消化器官に対する宣戦布告に他ならない……まあ、その不合理な過積載こそが、この世界の若さと共鳴しているのも事実か」


 メンチカツパンを半分こした師匠が、どこか満足げな声を漏らす。


「口の横、ソースついてますよ、ハンナリさん」

「おっと、失礼。いやはや、実に野心的で力強い食の術式どす。この茶色い塊があれば、決戦も勝利間違いなしどすな」

「うん!最高の文化祭にするから、ハンナリエルさんもバンリ師匠も絶対遊びに来てね!」

「うむ。必ず行こう」

「師匠、その時はぬいぐるみのフリで頼みますえ」

「ああ、任せておけ……にゃっぷ」


 夕日に照らされた中庭で、四人の穏やかな、しかし熱を帯びた時間が流れていった。


 ***


【タイトル:[複合]炭水化物の多重連鎖と、コッペパンによる『惣菜パン』の強制統合】


 祈りの時です。

 皆様は、異なる種族の共存がもたらす奇跡に立ち会ったことがあるでしょうか。

 この『惣菜パン』という空宙においては、それが奇跡的なバランスで成立しております。


 麦の恵み(パン)という聖母のような包容力が、荒ぶる麺の精霊(焼きそば)や、大地の巨神(コロッケ)を優しく抱擁し、一つの完全なる食品へと昇華させているのです。

 炭水化物に炭水化物を重ねるという禁忌の術式。

 しかし、その背徳的な多重構造こそが、疲弊した現代の若き戦士たち(高校生)に、爆発的な魔力カロリーを供給する唯一の解なのでございます。


「そういえばハンナリエルさん。ダンボール建築のプロみたいな顔して色々指示出してたけど、アレ誰の受け売り?」

「ゴンドウはんがホームセンターで、業者(若手)を指導しているのを物陰から観察していたどす」

「やっぱり……」


 #惣菜パン #文化祭準備 #聖女の複合


カツカツで今週末か、余裕を持たせた来週末あたりで終わりそうです。

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