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第23話 鉄骨の森に響く喝采、建設されし『野外ステージ』と労働者の魂を癒やす『のり弁』

「オーライ、オーライ。ストーップ!」


 初夏の陽射しがアスファルトをじりじりと焼く、某公園の広場。

 明日開催される野外フェスの設営現場にて、鉄骨という名の巨木を担いでいた。

 ヘルメット、タオル、そして軍手。これぞ現代の聖騎士(現場作業員)の正装。


「おいおい、姉ちゃん。それ一人で持ってんのか?すげぇな」

「いえいえ、これくらいは存外心地よいものどす」

「マジかよ」


 ベテランの作業員が目を丸くする前で、単管パイプの束を軽々と肩に乗せ、指定された場所へと運ぶ。

 足取りは軽やか。汗一つかかない涼しい顔で、黙々と任務を遂行する。

 魔力全開であるが、使えるものを出し惜しみしてはならない。


「やるねぇ。最近の若いのは根性がねぇと思ってたが、見直したぜ」

「恐縮どす。労働とは女神サマへの奉仕。そして対価(日当)を得るための崇高な儀式。手を抜くことなど、あってはなりませぬ」

「かーっ!言うねぇ!気に入った、休憩ン時に飲み物奢ってやるよ!」

「感謝いたしますえ」


 ぺこりと頭を下げ、再び資材置き場へと戻る。

 周囲の喧騒、金属がぶつかる音、飛び交う怒号と笑い声。

 このカオスな空気感こそ、祭りの前夜祭。悪くない。


 ***


「ふぅ……暑いどすなあ」


 昼休憩。パイプ椅子の森の片隅で、支給された『のり弁当』を開く。

 揚げたての白身フライ、ちくわの磯辺揚げ、そして海苔の下に隠されたおかかご飯。

 茶色一色の潔いビジュアルこそ、労働者の味方。


「あ!ハンナリエルさん!」


 箸を割った瞬間、聞き覚えのある声が降ってきた。

 顔を上げると、そこには鮮やかな色の髪をなびかせた美女が立っていた。

 ただし今日は、いつものパーカー姿ではなく、煌びやかな衣装を身に纏っている。


「おや、アスカはん。奇遇どすなあ。このような場所で何を?」

「えへへ、リハーサルですよ!明日のフェス、アタシも出るんです!」

「フェスに……?アスカはんが?」


 彼女は胸を張り、ステージを指差した。

 そこにはデカデカと掲げられた看板。『超新星歌姫、NOVAノヴァ降臨!』の文字。


「……NOVA、ノヴァ……。もしや、アスカはんの正体は……」

「はいっ!アタシがノヴァなんです!びっくりしました?」

「なんと……夜の路地裏で『迷い込んだ流星』ではなかったと?」

「むぅ、その認識は改めてくださいよー!これでも今、一番輝いてる星なんですから!」


 アスカはんは頬を膨らませたが、すぐに悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「ところでハンナリエルさん、これからお昼ですか?」

「ええ。労働の合間のささやかな燃料補給どす」

「だったら、アタシと一緒に食べに行きませんか?出演者用のケータリング、すごい豪華なんですよ!ステーキとかお寿司とかあって、一人じゃ食べきれないくらいで!」

「ステーキにお寿司……」


 悪魔の囁き。

 だが、手元の『のり弁』に視線を落とし、首を横に振った。


 確かに冷めてはいる。

 しかし、汗を流した身体には、この冷えた揚げ物の油と、醤油の染みた海苔ご飯の塩分こそが、五臓六腑に染み渡る至高の甘露。

 豪華な食事も魅力的だが、現場の風に吹かれながら掻き込むこの無骨な弁当こそ、労働者ワーカーにとっての真のご馳走。


「……お気持ちは嬉しいどすが、今回は辞退させていただきますえ」

「えっ?ど、どうしてですか?食べ放題ですよ?」

「今は労働の最中。この身は雇用主との契約により、午後5時までは現場に縛られた存在。任務を放棄しての供宴は、聖女の矜持(日当の支払い規定)に関わりますえ」


 ヘルメットのあご紐を締め直し、キリッと表情を引き締める。

 たとえ目の前に豪華な食事の山があろうとも、受けた仕事は最後まで全うする。それが流儀。


(あと、ここで抜けると先程のおじ様から飲み物を奢ってもらえなくなるどす)


 しかし、アスカさんは目を見開き、そして感嘆の溜息を漏らしていた。


「……かっこいい。やっぱりハンナリエルさんは、本物の『聖女』様なんですね……!」

「いえ、ただのはんなり系フリーターどす」

「アタシ、感動しました!その真摯な姿勢、勉強になります!よーし、アタシも午後のリハ、全力で頑張ります!」


 彼女は握り拳を作り、太陽に向かって掲げた。

 その瞳は、芸名の通り新星のように燃えている。


「ハンナリエルさん!明日の本番、期待しててくださいね!最高のステージ見せますから!」

「ええ。楽しみにしておりますえ。怪我のないようお気張りやす」

「はいっ!じゃあ、また後で!」


 嵐のように現れ、嵐のように去っていったアスカさん。

 その背中を見送りながら、冷めたのり弁をかきこむ。


「さて、午後も稼ぎますかえ」


 空になった弁当箱を片付け、立ち上がる。

 鉄骨の森に響く喝采はまだ遠い。

 しかし、その土台を支える筋肉もまた、密かに喝采を上げているのだ。


 ***


【タイトル:[労働]鉄骨の森で食む黒き宝石、四角い箱に詰められた『のり弁当』という名の質実剛健なる聖櫃について】


『――人は何故、汗を流すのか。それは、この黒き聖櫃アークを開くためと言っても過言ではありません。一面に敷き詰められた漆黒の海苔。その下に眠るは、醤油にまみれた鰹節と白米の黄金郷。上に鎮座するのは白身魚のフライという白銀の盾と、ちくわの磯辺揚げという緑の魔剣。茶色という統一感に身を包んだ彼らは、疲弊した肉体に塩分と油分という名の活力を注入するのです。華やかさなど無用。ここにあるのは、生存と労働への渇望を満たす、極めて即物的な奇跡のみ。故に、美味いのです』


「姉ちゃん、休憩終わりだ!行くぞ!」

「御意どす。ふふっ、アスカはんにちょっとええ格好しすぎましたわ……」


 #のり弁 #現場仕事 #ノヴァ降臨 #見栄っ張り #働く聖女


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