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第22話 白き皮に包まれし混沌、月夜の『餃子』と職人の指先が紡ぐ円卓の饗宴

「……足りまへんな」


 バイト帰りのスーパーの総菜コーナー、ほのかな照明の下。

 パック詰めされた『焼き餃子』の前で、世界の不条理を前にした哲学者のように溜息を吐いた。


「1パック5個入り。2パックで10個。……これでは胃袋の準備運動にもなりまへん」

「んにゃ」

「そう。これは女神サマへの冒涜にも等しいケチりどす。もっとこう皿から溢れんばかりの肉の山、皮の城壁……数という暴力に溺れたい夜もあるのですえ」


 足元の信徒――んにゃ丸が、同意するように瞳を点滅させた。

 財布の中身と相談するまでもない。完成品を買っていては、この果てしない渇望(と胃袋)を満たすには、破産という代償を支払うことになる。


「ならば道は一つ。……無いのなら、作ってしまえと、ホトトギス。どす」


 視線を『精肉コーナー』へと移す。

 そこには赤く輝くひき肉の塊と、今日のおススメと書かれた台にある『餃子の皮(大判)』が鎮座していた。


 ***


「……で、なぜあたしを呼んだ?うちはこれから夕飯だって時に」


 アパートの狭いキッチン。

 腕組みをして仁王立ちする少女――水守凛が不機嫌そうに眉をひそめていた。

 その視線の先には、キャベツの山とひき肉の海、そして大量の皮の塔が築かれている。


「あら、リンはん。ようこそおいでやす。今日は聖なる儀式『包み』の執り行いどすえ」

「……包み?ただの餃子パーティーではないのか?量が尋常じゃないのだが……何人呼ぶつもりだ?」

「参加者は二名。うちと、凛はん。そして見届け人のんにゃ丸どす」

「あ……可愛い……」


 足元の信徒と目が合ったリンが小さく呟く。

 しかしすぐに視線を肉の山に戻し、現実に引き戻された。


「……この量は、業者か何かか?」

「ふふ。リンはん、餃子というものは、本来『数』を楽しむものなのどす。中華の歴史において餃子は貨幣を模した縁起物。つまり、これを大量に生み出すことは富の創造にも等しい行為。すなわち、富の創造にも等しい行為──」

「──本場は水餃子や蒸し餃子だ。また適当なこと言って。一人じゃ終わらないから手伝えってこと?」


 リンさんは呆れたように溜息を吐いたが、その手は既に持参したエプロンを慣れた手付きで結び始めていた。

 さすがは看板娘。文句を言いながらも、目の前に『作業』があることを見過ごせない性分なのだろう。


「ふふ。ご名答どす。リンはんの職人の指先を見込んでの招聘どす。うちはどうも繊細な作業が苦手のようで……」

「部屋を見ればわかる。ハンナリさんの部屋は片付いてるようで細かいところに埃があるし」

「お手厳しいわあ……。さあ、まずはこのキャベツを微塵に変え──」

「──貸して。あんたがやると床中キャベツだらけになりそうだ」


 こちらの手から包丁を奪い取ると、リンさんは目にも止まらぬ速さでキャベツを刻み始めた。

 トントントントン!というリズミカルな音が、狭いキッチンに心地よく響く。

 その横顔は真剣そのもの。銭湯の番台で見せる仕事人の顔だ。


「まるで機械仕掛けの精密さどすなあ。見ておくれやす、キャベツが怯える暇もなく細断されていきますえ」

「無駄口叩かないでハンナリさんは肉を練って。調味料は?」

「ここに。秘伝のオイスターソースと生姜のすりおろし。そして隠し味の『背脂ラード』どす」

「……あんた、本当にカロリーに対する敬意がないね」

「カロリーとは熱量。つまり生きる力そのものどす。さあ、肉よ、脂よ、混ざり合いなさい。混沌カオスの中で新たな秩序を築くのです」


 ボウルの中で肉と野菜が混ざり合い、香ばしい匂いが立ち上る。

 粘りが出るまで手で練り上げる感触。これこそが命を頂くという原初の感触。


「ううむ、いい粘りが出てきました。指にまとわりつくこの脂の重み……期待できますえ」

「よし、タネは完成。ここからが本番だ、ハンナリさん」


 テーブルの上に皮と水をセットする。

 リンさんが一枚の皮を手のひらに乗せ、タネを掬い、スッスッスッと指先を動かす。

 瞬きする間に、そこには美しいひだを持つ芸術的な餃子が誕生していた。


「美しい。まるで白きドレスを纏った貴婦人のようどす……」

「慣れれば簡単だ。皮の縁に水を少しつけて、親指でひだを寄せながら閉じる。空気を抜くのがコツ」

「ふむふむ。ひだを寄せ、空気を抜く……」


 見様見真似で皮を手に取る。

 具を乗せる。……あ、ちょっと多すぎたか。ええい、ままよ。

 皮の端を摘み、強引に閉じる。


「できたえ」

「……なにそれ」

「餃子どす」


 リンさんの手元にあるのが『貴婦人』なら、こちらの手の中にあるのは『身重の石像』だ。

 パンパンに膨れ上がり、ひだなど存在しない。

 ただ「肉を皮で閉じ込めました」という暴力的な主張だけがある。


「欲張りすぎだ。皮が悲鳴上げてる。それに閉じ口が甘い。これじゃ焼いてる時に中身が出る」

「ですがリンはん。料理は愛情、そして包容力どす。この子にはありったけの肉を詰め込んであげたかったのです」

「破裂して中身が出たら意味ないだろう。貸して、修正する」

「ああ、うちの可愛い子たちが!整形されていく!」


 結局、こちらが具を乗せ、リンさんが包むという分業体制が確立された。

 次々と生産される美しい餃子の列。

 その横に、時折こっそり作った「巨大爆弾餃子」が紛れ込む。


「ちょっとまて。そのデカイの、まだ作ってたの?」

「これは『当たり』どす。食べた瞬間に肉の奔流に溺れる、勇者のための試練」

「見ればわかる。焼く時に場所取るんだけど……まあいい、焼くよ。そのデカイのは火の通りが違うから真ん中に置いて」

「承知いたしましたえ。炎の儀式へ参りまひょ」


 熱したフライパンに油を引き、餃子を並べる。

 ジュウウウウウ!!という激しい音が、食欲中枢を直接殴打する。


「おお……!歓喜の歌が聞こえますえ!」

「油跳ねるから離れてて。水を差すよ」


 水を注ぎ、急いで蓋をする。

 蒸気が閉じ込められ、フライパンの中が白の世界へと変わる。

 この蒸しの時間こそが、永遠にも似た試練の時。


「……いい匂いだ」

「豚肉、ニラの焦げる香り。これはもはや、合法的な麻薬どすなあ。にんにくを控えめにした分、生姜の香りが際立っておりますわ」

「皮の粉っぽさが消えて、肉の旨味と一体化していく匂いだ。よし、そろそろか」


 パチパチ、という音が変わり、水分が飛んだ合図。

 リンさんが手際よく蓋を開ける。

 白い湯気が晴れたその先には、黄金色の焼き目を纏った天使たちが整列していた。


「完成したよ」

「おおお……!ビバ、炭水化物!ブラボー、脂質!これぞ円卓に舞い降りた奇跡!」

「相変わらず大袈裟だ。お皿、出して」


 皿に盛り付け、テーブルへ。

 タレは酢醤油にラー油、そしてたっぷりの胡椒。

 二人は向かい合い、手を合わせる。


「いただきまひょ」

「いただきます」


 リンさんの作った美しい餃子を一つ、口へ運ぶ。

 見た目にも美しい職人の仕事。

 端をカリッと噛み締めれば、そこから世界が変わる。


「……口の中が火傷しそうな熱さだが、美味しいな。上手く出来た」

「んん~!なんという完成度!皮のクリスピーな食感と、モチモチとした弾力のコントラスト!そして中から溢れ出す肉汁は野菜の甘みと複雑に絡み合い、舌の上でワルツを踊っておりますわ!」

「キャベツを少し大きめに切ったのが良かったかもね。食感が残ってて」

「リンはんの包み技が旨味を完璧にロックしてはるのどす。……ああ、白米。白米を所望する!」


 茶碗に盛ったご飯に、タレの染みた餃子をワンバウンド。

 白き大地に広がる琥珀色の染みこそ、勝利の証。


 炭水化物と炭水化物の禁断の抱擁。

 それを一気にかき込む幸せに、言葉はいらない。


「ふう……。やはり餃子と米は、前世からの恋人同士どすなあ」

「ハンナリさんが生まれたのって……いや、やめとこ。そっちの爆弾はどうなんだ」


 リンさんの視線が、皿の端に鎮座する『爆弾餃子』に向けられる。

 ひだのない、ただの巨大な肉団子のような物体。

 しかし、その表面は油でつやつやと輝いている。


「ふふ。見ておくれやす」


 箸で持ち上げると、ずっしりと重い。

 皮が引きつり、限界ギリギリで肉汁を支えているのがわかる。

 口を大きく開けて、かぶりつく。


「……!!」

「うわ、肉汁飛び散った……!」


 想定以上の肉汁の奔流。

 皮の端から決壊した汁が、口の中を蹂躙し、溢れ出る。

 繊細さは皆無。野菜の食感すらねじ伏せる、ただひたすらに「肉!」という暴力的な旨味が、脳髄を直接揺さぶる。


「これもまた、真理しんりどす……!」

「……美味しいの、それ?」

「味が濃縮されとります。皮の存在感が薄れ、まるで肉そのものを飲んでいるかのよう。リンはんもひとつ挑戦してみますか?」


 怪訝そうに箸を伸ばし、リンさんが爆弾餃子を口にする。

 咀嚼し、目を見開き、少しだけ口角を上げた。


「……悔しいけど、悪くない。雑だけどパンチがあって」

「ふふ。リンはんの繊細さと、うちの大らかさ。この二つが合わさってこその円卓の饗宴どすなあ」

「次はもっと上手に包めるように練習しなよ。皮が可哀想だから」

「んにゃう」


 ふと、足元の信徒が物欲しげな声を上げた。

 瞳がリンさんの箸の先にある餃子をロックオンしている。


「……あんたも欲しいのか?ほら、少し冷めたやつなら平気だろ」


 リンさんが小さめの餃子を取り分け、小皿に乗せて目の前に置いてやる。


「んにゃ!」

「ふふ。リンはん、やっぱり優しいんどすなあ」

「うるさい。見てて不憫になっただけだって」


 皿の上に積み上げられた幾つもの餃子は、瞬く間に消えていった。

 満腹と熱気で、部屋の中は平和な倦怠感に包まれている。


「……食べた。久しぶりにこんなに食べたかも」

「凛はんも、なかなかの健啖家どすなあ。見ておくれやす、んにゃ丸のお腹もパンパンどす」

「んにゃ〜……」

「何でも食べれるんだな、この子」


 満足げに寝転がる信徒のお腹を、リンさんが撫でているのをはんなりと見つめながら、ふと思いつく。


「そうどす。この感動をあのお方にもお裾分けせねば」

「あのお方?……ああ、千怜?」

「正解どす」

「いつの間に連絡先交換してたんだ……」

「弓道場の帰りに、こそっと。……そういえば、リンはんともまだでしたな。どうどす?これを機に、うちとホットラインを結んでみまへん?」

「……まあ、業務連絡用なら、いいけど」


 端末を取り出し互いの連絡先を交換してから、美しく焼けたリンさんのと、迫力満点の爆弾餃子の写真を撮る。

 湯気が立ち上るベストショット。

 そして、メッセージと共に送信。


 送信先:千怜はん

『本日の成果どす。リンはんとの共同制作。味は……想像にお任せしますえ』


 数秒後。

『既読』が付くと同時に、画面が震え、悲痛なスタンプが連打された。


『飯テロ!!今、部活終わりでお腹ペコペコなのに!!』

『二人ともずるいよ!誘ってくれてもいいじゃんかー!』

『今度は絶対に私も呼んでくださいよ!』


 必死な文字の連打。

 画面の向こうから、部活帰りの腹ペコ女子高生の切実な魂の叫びが聞こえてくるようだった。


「ふふ。どうやら、彼方にも福音は届いたようどすなあ」

「……ハンナリさんって、時々性格の悪さが出るよね。今度は千怜も呼んで作れる料理を考えるか」

「おや、リンはん。もう第二弾を企画してくれてはるのですか?ふふ、言葉とは裏腹にホンマとっても世話焼きさんなんどすえ?」

「なっ。べ、別に。人数多い方が効率がいいって思っただけ。勘違いしないでよ」

「耳が赤いですえ?ふふ、はいはい、そういうことにしておきまひょ。その時はチサトはんも呼んで一緒に作りまひょ。きっと素晴らしい料理が生まれますわ」


 リンさんが呆れつつも、その表情はどこか楽しげだった。

 月夜の晩。

 薄い皮に包まれたのは、肉と野菜、そしてささやかな日常の幸福だったのかもしれない。


 ***


【タイトル:[創造]白き月の皮に包まれし渾沌、指先が紡ぐ『餃子』という星宙について】


『――円卓の上に広がる小麦の雪原。そこに舞い降りた職人の指先は、瞬く間に具材という名の混沌を秩序へと導き、美しき三日月を創造するのです。対して、我が生み出すは破壊と豊穣の爆弾。薄皮一枚で隔てられた内側には、加熱により活性化した肉汁のマグマが眠る。タレという名の聖水を潜らせ、口内という名の戦場へ投下すれば、そこにはカオスとコスモスが融合した爆発的な旨味のビッグバンが起こるのです。これこそが、創造主にのみ許された、熱と香りの特権的奇跡なのです』


「ハンナリさんが変な文章書いてる──って、もう感想が付いてる。この一番星のペコって人、早いな」

「お喋りする機会がありましたが、面白い人でしたえ」

「んにゃん」


 #餃子 #水守の湯 #飯テロ #聖女の自炊


本作および短編版のランクイン履歴に驚く日々です。

本当にありがとうございます。

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