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第14話 アスファルトを駆ける福音の飛脚、召還し『ダブルチーズバーガー』と白銀の御子の祝祭

誤字と前後の文章を修正。

 ジリジリと、執拗なまでにアスファルトが鳴いている。

 かつて聖域を包んでいた柔らかな陽光とは似ても似つかぬ、無機質で、それでいて暴力的なまでの熱の塊。

 それが、街の入り組んだ路地という路地に逃げ場なく充満していた。


「……ふぅ。……暑うおすなあ。この世界の太陽は、少々働き者すぎやしませんの?」


 額を伝う汗を、使い古したタオルの端で拭う。

 背負った巨大な立方体――鮮やかな「うーにゃー」のロゴが躍るデリバリーバッグは、何よりも重い『試練の十字架』そのものだった。

 ペダルを漕ぐたび、太ももの筋肉が悲鳴を上げ、喉の奥は砂漠のように乾ききっている。


「けれど、これもまた尊き労働。……全ては、あの白く丸い、慈悲の結晶のために……」


 視線の先、自転車のハンドルに括り付けられたスマホの画面を見つめる。

 そこには、この街の一部で限定的に開催されている『うーにゃー・キャンペーン』の進捗が表示されていた。

 あと三件。あと三件の配達を完遂すれば、念願の「特製うーにゃーぬいぐるみストラップ」を手に入れる権利を得るのだ。


 あの、なんとも言えず脱力した表情。

 丸っこいフォルムに、どこか他人とは思えない親近感を覚える、この世界の不思議なキャラクター。


 初めて見かけた際、雷に打たれたような衝撃を受けた。

「これは、うちの失われた半身なんやありまへんか……?」と。


(……それにしても、今日の注文は少々重いものばかりどすなあ)


 先ほど届けたのは、大家族用と思われる特大寿司セット。

 その前は、工事現場へと運んだ大量の牛丼弁当。

 どちらも重量級の『供物』であり、愛車ママチャリのタイヤは悲鳴を上げ、膝は笑いを通り越して震えていた。


「……ん?」


 その時だった。

 自転車を走らせていた静かな住宅街の片隅。

 古びた公園の生い茂る木々の合間から、微かな、けれど確実な『揺らぎ』を感じた。


 それは、異世界の理を知る者にしか察知し得ない、次元の綻び。

 かつて封印し、前線の盾となって戦った終末災害『幻想郷』の残滓とはまた違う、もっと静かで、それでいて底知れない『ゲート』の息吹。


「……あらまあ。こんなところに面白い落とし物が」


 自転車を止め、その揺らぎの源へと歩み寄る。

 公園の片隅、誰も見向きもしないベンチの裏。そこだけが、夏の酷暑の中でもひんやりと冷え、視界が僅かに歪んでいた。


 今すぐどうこうなるような危険なものではない。

 けれど、放っておけばいつか。

 この世界の穏やかな日常に、望まぬ亀裂を入れてしまうかもしれない。


仕事うーにゃーはあと三件。……けれど、聖女としての務めも、たまには果たさなあきまへんわなあ」


 バッグを下ろし、ベンチに腰掛ける。

 周囲に人の気配がないことを確認し、ひらを空中に向けて広げた。


「……満ちよ。我が魂の震えよ。境界を監視し、静寂を告げる白き御子を、今ここに――」


 本来ならば、もっと荘厳な儀式と膨大な魔力が必要なはずだった。

 けれど、今はこの過酷な労働で研ぎ澄まれた集中力と、何より「うーにゃー」への熱き想いがある。

 心の奥底にあるもっとも『愛らしい』記憶を掘り起こした。


「イメージは……そう、白くて、丸くて。潮騒の海を漂う白き軟体生物のようにしなやかで、それでいて、異郷の知性体が使役する丸き給仕人形のように愛らしく……. 何より、あの『うーにゃー』のような、全てを許容するような虚無の瞳……」


 手のひらの上が、眩い、けれど温かい白銀の光に包まれる。

 光が粒子となり、渦を巻き、やがて一つの形を成していく。


「んにゃ~……?」


 光が収まったところには、真っ白で、丸くて、小さな足がチョロチョロと動いている、不思議な生き物が浮いていた。

 頭の上には小さなアンテナのようなものが光り、その顔には、液晶ディスプレイが発光するような記号的な『目』の光が灯っていた。


「にゅふ。……ふふ、ほんまに可愛らしい。イメージ通りどすなあ」


 描き、呼び出した『信徒つかいま』。

 それは、かつて使役していた威厳ある精霊たちとは程遠い、けれど見ているだけで心が浄化されるようなマスコットだった。


 何より特徴的なのは、その目もと。

 電子の粒子が瞬きをしたり、嬉しそうに細められたりするたびに表情がコロコロと変わり、まるで給仕をする猫型の自動機械のような、どこか未来的で愛くるしい無機質さを湛えていた。


「あんさんは今日から、うちの代わりの目として揺らぎを見守っておくれやす。……せやねえ。名前はそう……『んにゃ丸』、どす」

「んにゃ~!」


『んにゃ丸』は、電子的な光の瞳を瞬かせると、嬉しそうに周囲をふわふわと一周した。

 あるいは、次元の揺らぎがある場所へと吸い寄せられるように移動し、そこに鎮座する。


「んにゃ~!」


 まるで「任せて!」と連呼するように、小さなアンテナを光らせるんにゃ丸。

 あまりの愛くるしい仕草さに、乾いた心は一瞬にして潤いを取り戻した。


「ふふ、よろしゅう頼みますえ。……さて、んにゃ丸への褒美おそなえを確保するためにも、うちは残りの労働に励んでくるとしましょうか」


 バッグを背負い、自転車に跨る。

 足首を刺すような熱気も、今は不思議と心地よい。


 聖女とデリバリー、そして新たに加わった小さき相棒。

 日本の日常は、また少しだけ、賑やかになりそうな予感がしていた。


(……さあ、急がな。あと三件、これはまさに『三連戦』の試練どす)


 一件目。坂の上の豪邸。

 インターホン越しに聞こえる住人の声は、どこか威圧的。


「遅かったわね」


 その一言に、心は少しだけ折れそうになる。

 けれど、バッグの中で微かに温かさを放つロゴマークを心の支えにした。


「……失礼いたしました。お待たせした分、こちらには女神サマの慈悲をたっぷり込めておきましたわ」

「……え?ああ、そう。ありがとう」


 相手が面食らっている隙に、華麗にターンを決め、自転車へと戻る。

 丁寧な言葉遣いと、糸目の奥に隠した慈愛。

 それが、この世界での戦い方なのだ。


 二件目。賑やかな商店街の裏手にあるアパート。

 届けるのは、山盛りのスタミナ丼。

 受け取ったのは、汗だくの若い学生だった。


「あ、ありがとうございます!助かります!」


 その清々しい笑顔に、疲れは少しだけ蒸発する。


「ふふ、よう頑張ってはりますなあ。これを食べて、午後の戦いに備えておくれやす」

「はい!頑張ります!」


 誰かの空腹を満たす。

 それは、かつての聖域で行われていた『救済』と同じくらい、尊いことなのかもしれない。


 最後に、駅前の商業ビルへと続く長い階段の手前。

 重いバッグを背負い、一段ずつ祈りを捧げるように階段を上る。


「……あと、少し。あと少しで、うちは『解脱』できるんどす……」


 一段、また一段。

 背中を焼く陽光は、魔術的な守護プロテクションを幾重にも重ねたところで、その『鬱陶しさ』までは消し去ってくれはしない。


 治癒で太ももの乳酸を霧散させ、心臓の鼓動を平常に保っても、アスファルトから立ち上る熱気が網膜を揺らし、魂の奥底までをもじっとりと湿らせるような疲労感。

 それは、どれほど強力な魔導を操ろうとも、肉体という名の依代を持つ限り逃れられぬ、この世界の重力そのもののような試練。


「……辛いものは、……魔力があっても、……辛いもんどすなあ……」


 枯れ果てた喉が、ひりつくような熱を帯びる。

 視界がチカチカと点滅し、意識の端でんにゃ丸が心配そうにアンテナを揺らすのを感じた。


 ***


「……完逐。ミッション・コンプリートどす」


 ようやく全ての配達を終え、駐輪場の隅で震える指をスマホの画面へと滑らせた。

『ミッション達成!特典クーポンが発行されました』

 その文字を見た瞬間、天からのファンファーレが聞こえたような気がした。


「……はぁ。ようやく、拝受できるんどすなあ。聖なる糧と、うちの同志を」


 向かったのは、駅前にある大きなハンバーガーショップ。

 店内に入ると、冷房という名の『女神の吐息』が、火照った体を優しく愛撫する。

 レジカウンターへ向かう足取りは、いつしか『静寂の歩法』に近いものへと変わっていた。


「いらっしゃいませ!」

「ふふ、このクーポンを。……それと、『ダブルチーズバーガー』のセットを一つ。……あ、オニポテセットで、飲み物はメロンソーダを頂戴できまへんやろか」


 店員さんの元気な声に対し、糸目をさらに細めて微笑む。

 注文を完了し、番号札を受け取り、窓際の席に腰を下ろした。


(……ああ。……この感覚。労働の果てに待つ、極限の供儀……)


 待つこと数分。トレイに乗せられた「それ」が、運ばれてきた。


「……っ。……なんという壮麗な……」


 目の前に鎮座するのは、圧倒的な存在感を放つ『ダブルチーズバーガー』。

 パティから溢れ出る肉汁。黄金の溶岩のように覆い尽くすチェダーチーズ。


「おっ!お姉さんはっけーん!」

「……ハンナリさん。お疲れ」


 不意に二つの方向から、同時に声をかけられた。

 見上げると、そこには見知った二人の少女が、互いに不思議そうな顔をしながら立っていた。


「あら、チサトはん。……それにミズモリはんまで。……奇遇どすなあ」


 立っていたのは、弓道部の活気溢れる少女――龍崎千怜と、銭湯『水守の湯』の跡取り娘――水守凛。

 二人は偶然にも同時にこちらを見つけ、鉢合わせしたらしい。


「知り合いか?」

「うん、私は龍崎千怜。ハンナリエルさんとは猫を通じて知り合ったんだ。君は?」

「あたしは水守凛。ハンナリさんは銭湯の仕事を共にした助っ人だ」


 チサトさんが持ち前の社交性で話しかけると、ミズモリさんも硬質で簡潔な口調で自己紹介を返した。


「ふふ、麗しき若人サマが二人も揃うなんて。……せっかくの出会いどす。お二人ともこちらへ掛けておくれやす」


 デリバリー報酬が、ちょうど電子マネーとして確定したところだった。

 二人が腰を下ろすと、店内の空気を震わせるようにどこか宇宙の深淵を思わせる、透明感に満ちた歌声が流れ始めた。

 世界的な歌姫による、星々の瞬きを旋律に変えたような名曲。


「あ、ノヴァの新曲……。私、大好きなんだよね。聴いているだけで燃え上がるような元気がもらえる気がして」

「……同感だ。魂の奥底を揺さぶる、熱き響き。あたしもこの歌姫の『熱』は嫌いじゃない」


 チサトさんが弾んだ声で言い、ミズモリさんも短く、けれど確かな肯定を返した。


「チサトはん、ミズモリはん。……今日はうちにとって、この世界での労働が結実した記念すべき日。そして、お二人が出会った『お友達記念日』どす。……よろしければ、デザートでも奢らせていただけまへんやろか?」

「えっ!いいの!?じゃあ私、コーヒーシェイク飲みたい!」

「あたしは、温かいアップルパイを。……だが、いいのか」


 鋭い瞳を向けつつも、どこか律儀に確認してくるミズモリさん。


「ふふ、ええんどす。……これはうちの『祈り』の形。……少々お待ちを」


 再びレジへと『静寂の歩法』で向かい、追加の品を買い求めた。

 戻ってきたトレイには、冷たいシェイクと、香ばしく焼き上がったアップルパイが乗っている。


「はい、お待たせいたしましたわ」


 差し出したアップルパイを、ミズモリさんはじっと見つめ、それから短く応えた。


「……凛でいい。名字で呼ぶ必要はない」

「あらまあ。……ふふ、承知いたしましたわ、リンはん。……さあ、せっかくの祝祭どす。感謝を込めて頂きましょうか」


二人が報酬デザートを受け取る姿を見て、心がすでに満たされつつあった。


「わあい!ありがとうハンナリエルさん!」

「感謝する。大切に食べよう」


ダブルチーズバーガーを両手で恭しく持ち上げた。ずしりとした重み。

思い切り、かぶりつく。


(……っ!!)


前歯を押し返すような力強いパティの弾力。

噛み締めるほどに、牛の旨味が凝縮された肉汁が、津波となって舌を飲み込んでいく。


「……美味しい。……あまりに、美味しゅうおすわあ……」


恍惚として呟く横で、チサトさんもシェイクを啜りながら声を上げた。


「すごっ、ハンナリエルさん、めちゃくちゃ幸せそうな顔してる。凛ちゃん、これ見てると食べ物の定義が変わるから気をつけてね」

「わかる。神聖な儀式だ。アップルパイも甘味と熱量が完璧に調和している」


リンさんもハフハフとアップルパイを頬張りながら、じっとこちらのバーガーを見つめている。


「ふふ、チサトはん、リンはん。……この一切の妥協を排した肉とチーズの積層……。これぞまさに文明が到達した一つの『福音』。……お友達の笑顔を隠し味に、美味しさは次元を越えていきますわ」


(……そして、この揚げたポテト。玉ねぎという名の繊細な甘みを纏うオニオンリング……)


サイドメニューの一つ、ポテトを口に運んだ。

サクッ、という軽やかな音と共に、塩気と大地の熱い抱擁が広がる。


「んにゃ~?」

「……あらまあ」


いつの間にか、公園に置いてきたはずの『んにゃ丸』が、足元でふわふわと浮かんでいた。


「んにゃ~んっ!」


んにゃ丸が、メロンソーダを指差す。

その目は電子の粒子が瞬くように、期待に満ちている。


「ふふ、あんたも、この女神のメロンソーダにご興味があるんどすか。……せやけど、あんたは『門』を見守っておかなあきまへんやろ?」


小声で囁くと、んにゃ丸は、んにゃ~……としゅん、と肩を下ろした。

そのあまりの不憫さに、そっとポテトの一欠片をテーブルの下へと差し出した。


「……特別どすえ。……あるじとのお揃いどす」


んにゃ丸はパッと顔を輝かせると、小さな足でポテトをぎゅっと抱きしめ、幸せそうに頬張り始めた。

「んにゃ~、んにゃ~!」と満足げな声が聞こえてくる。


この世界には、まだまだ知らない『可愛い』と『美味しい』が溢れている。

それを分かち合える仲間がいる限り、美食巡礼はどこまでも続いていく。


「ハンナリエルさん?誰と喋ってるの?」

「……まさか、そのぬいぐるみに?」


チサトさんとリンさんが、不思議そうにこちらを見ている。

新しい相棒を忍ばせたまま、糸目を細めて最高に幸せな笑みを浮かべた。


「ふふ、独り言どすなあ。……幸せのあまり、つい女神サマにお礼を申し上げておりましたわ。……さあ、デザートが冷めないうちに、皆でお喋りしまひょ?」


午後のバーガーショップ。笑い声と肉の香りが溶け合っていく。

んにゃ丸は足元で満足そうに丸まり、次元の揺らぎなど、今は遠い出来事のように思えた。


***


それから随分と時間が経ち、夕暮れが街をオレンジ色に染め始めた頃。

再び公園のベンチを訪れた。


「……お帰りなさい、んにゃ丸。……異状はありませんどすか?」

「んにゃ~!」


んにゃ丸は元気に飛び出すと、周囲をダンスを踊るように回り始めた。

次元の揺らぎは、んにゃ丸の浄化によって以前よりもずっと安定している。


「ふふ、ご苦労様。……さあ、おうちへ帰りましょう。……今夜はお裾分けの美味しいパンがあるんどすえ」

「んにゃ~にゃ!」


喜びを爆発させるんにゃ丸を懐に仕舞い、自転車のペダルを踏んだ。

明日もまた、暑い一日が始まるだろう。

けれど、背中には「うーにゃー」のバッグがあり、隣には小さな信徒がいる。


(……幸せ、どすなあ)


夕風に髪をなびかせ、はんなりと微笑みながら、家路を急ぐのだった。


***


【タイトル:[親睦]白銀の御子と灼熱の労働、そして『ダブルチーズバーガー』における友情という名の祝祭について】


『――酷暑のアスファルトを駆け抜けた後に拝受する『ダブルチーズバーガー』は、まさに肉とチーズが織りなす聖なる積層。パティという名の力強き大地の恵みと、黄金のチーズという名の溢れんばかりの慈愛が、疲弊した細胞を再起動させ、新たな『福音』を告げるのです。そして、この手に授かった白き「うーにゃー」の御子。その虚無の瞳に見守られながら、麗しき若人たちと分かち合う甘き露と焼き菓子もまた、友情という名の尊き供儀となったのでした』


投稿ボタンを押し、満足感と共にノートパソコンを閉じる。

スマホの横では、ストラップになった「うーにゃー」と「んにゃ丸」が、仲良く並んで月を眺めていた。


「ふふ、明日もまた、ええことがありそうどすなあ」


窓から吹き込む夜風が、ほんの少しだけ秋の気配を運んできたような、そんな気がした。


#ハンバーガー #ダブルチーズバーガー #うーにゃー #聖女の親睦


多くの方にお読みいただき励みとなっております。

ありがとうございます。

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