第11話 深淵の底に響く断罪の咆哮、山盛りし『サブロウ系ラーメン』の供儀とスタミナの福音
「……くっ、これが……。これが、この世界の、物流を支えるという名の過酷な修行の実体どすか……」
五月の爽やかな風とは無縁の鉄と段ボールの臭いが充満した巨大な物流倉庫。
かつての最終決戦で、数日間不眠不休で祈りを捧げた時以来の凄まじい疲労に身を震わせていた。
「おい、そこ。糸目のお姉さん。手が止まってるぞ。あと一息で休憩だ、気合入れろ!」
「は、はい……!承知いたしましたえ……。この段ボールという名の無機質な石板に、宛先という名の聖刻を刻む任務、しかと完遂してみせますわあ……」
口では殊勝なことを言いながらも、脚は生まれたての小鹿のように震え、視界は重なる荷物の山で霞んでいる。
聖女としての魔力は「美味しい食事」と「睡眠」で回復するが、肉体の疲労だけは、この過酷な労働によって確実に削り取られていた。
***
数時間後。ようやく解放されたところで、一人の屈強な男が現れた。
同じ倉庫で働く、首に汚れたタオルを巻いた現場監督風の男──物流の何たるかを知り尽くした、ベテランの『バイト戦士』である。
「お疲れさん。お姉さん、初めてにしてはよく動いてたな。投げ出さずによく頑張った」
「……おお、あんさんは……。物流の迷宮を統べるバイト戦士サマどすか。うちはもう一歩も動けまへん。魂が段ボールと一緒に梱包されて出荷されてしまいそうどすわあ……」
「ははっ、大げさな奴だ。だが、今のままじゃ明日のシフトは無理だな。……いいか、糸目のお姉さん。戦士には、戦士のための『燃料』が必要だ」
「……燃料、どすか?聖なる泉の雫や、大地の慈悲では、この空虚な胃袋は満たされそうにありまへんわ」
「そんなお上品なもんじゃないさ。いいか、ここから少し歩いたところに『黄色い看板』の店がある。そこは俺たち戦士の修練場だ。……行ってみな。今のお姉さんには、あそこの『呪文』が必要だ」
男はそう言い残し、夕闇に消えていった。
『戦士の燃料』。
その言葉の響きに、わずかに残っていた生存本能が反応する。
杖代わりのビニール傘を突き、重い足取りでバイト戦士が指した方向へと歩き出した。
***
「……なんという、禍々しい。いえ、神々しいオーラ……」
辿り着いたその場所は、周囲の静かな街並みから浮き上がるほどに強烈な、黄色い輝きを放っていた。
店の外まで漂ってくるのは、煮込まれた豚の脂と、脳を直接揺さぶるような強烈なニンニクの薫香。
それは食欲という名の本能を呼び覚ます、あまりに野性的で暴力的な誘惑。
店内に入れば、そこには言葉を発さず、ひたすらに山のような麺と格闘する『修行僧』たちの姿があった。
誰もが汗を拭い、険しい表情で丼という名の宇宙を見つめている。
(……ここは、聖域。いいえ、戦場どす。生半可な覚悟で足を踏み入れれば、その剛勇な味の濁流に呑み込まれてしまいますわあ……)
券売機で、一番小さいはずの『小』の食券を購入し、カウンターへ。
しばらくして、店員がこちらの目を見据えて問いかけてきた。
「……ニンニク、入れますか?」
その問いは、かつて女神サマから「汝の使命は何ぞや」と問われた時と同じ重みを持っていた。
ベテラン戦士から教わった、この戦場における『呪文』を思い出す。
「……ニンニクマシマシ。ヤサイ、アブラ……っ、カラメでお願いいたしまっす!」
一世一代の詠唱。
その瞬間、店内の空気が一変した。
そして、目の前に現れたのは……。
「……な、なんという……。これは、霊峰どすか……?」
丼の上に築かれた、もやしとキャベツの巨大な山。
その斜面を覆い尽くす、雪崩のような白い背脂と、ドロリとした褐色のタレ。
そして麓には、大地の裂け目から噴出したかのような、刻みニンニクの荒々しい塊。
それはもはや食べ物という概念を超越し、一つの荒ぶる神格を成しているかのよう。
「……ふふ、ふふふ。よろし。これほどの試練をうちの前に用意しはるとは。……いざ、尋常に、聖なる供儀を開始いたしますえ!」
まずは、箸を差し込み、下層に潜む麺を上部の野菜と入れ替える儀式──『天地返し』。
ズブリ、と箸を入れる感触は、硬く、重い。
現れた極太の縮れ麺は、小麦の香りを凝縮した褐色の龍の如き威厳を醸し出していた。
(……っ!なんという、暴力的なまでの小麦の主張……!)
ワシワシ、と形容するしかない、凄まじい食感の麺。
それが、豚の旨味が飽和状態にまで達した乳化スープをこれでもかと纏い、喉を通り抜けていく。
ニンニクの辛味が舌を突き、背脂の甘みが脳を麻痺させる。
「んんっ……!!ふ、ふぅ……っ!あ、圧倒的、どす。この一杯の熱量。一口ごとに細胞の一つひとつが『スタミナ』という名の雷に打たれ、再起動していくのを感じますわあ……!」
箸が止まらない。
野菜の山を切り崩し、スープに浸して食らえば、そのシャキシャキとした食感が脂の重さを一瞬だけ忘れさせてくれる。
そして、野菜の影から現れた巨大な煮豚の塊。
「……あらまあ。この豚サマ、口の中で溶けて……消えてしまいましたわ。これはもはや慈愛の化身。うちの身体の一部となって、明日の労働を支える血肉となってくれるのどすなあ……」
汗が吹き出し、意識が混濁する。
だが、その苦しさの先にあるのは、かつてないほどの充足感。
最後の一口を飲み干し、丼をカウンターの棚に置いた時、悟った。
ここは、ただの飲食店ではない。
己の限界に挑み、新たな力を得るための、聖なる修練場なのだと。
***
帰り道、夜風が火照った身体に心地よい。
そこへ、いつもお世話になっている喫茶店の店長さんが通りかかった。
「……あら、ハンナリエル。こんなところで奇遇ね。今日は珍しく野性的な……あら。くふふっ、すごいわ。まるでニンニクの精霊ね」
優雅に口元を抑え、目を細めて微笑む店長さん。
歩くニンニクの精霊と化しているこちらを、その鋭い観察眼で欺くことはできなかった。
「あら、店長はん。奇遇どすなあ。……ふふ、お察しの通りどす。今のうちは、あらゆる倦怠を吹き飛ばす、スタミナの精霊として転生を遂げたばかりどすのえ」
「くふふ、頼もしいわね。でも、その精霊さん、少しばかり『試練』が強すぎはしないかしら? その香りを纏ったままコーヒーを淹れたら、新しいジャンルの飲み物が誕生してしまいそうね」
「あら、それはそれで『魔除けの珈琲』として重宝されるかもしれませんえ? ニンニクという名の浄化の種子が、カフェインと共鳴して……」
「あらあら、それは遠慮しておくわ。でも、そうやって笑えるくらいには、元気が戻ったみたいで安心したわ。身体を壊しては美味しいものも食べられなくなるものね」
「……店長はん。……はい。お気遣い、痛み入りますえ。この燃料のおかげで明日の物流の迷宮も一刀両断にしてみせますわあ!」
店長さんは茶目っ気たっぷりに笑うと、夜の街へと消えていく。
こちらを気遣いつつ、その変化を面白がってくれる彼女の包容力に、満足げに目を細める。
「ふふ、店長はんにも、この『戦士の燃料』の凄まじさをいつか教えて差し上げなあきまへんな。……さあ、明日の物流の迷宮もこの気合で一刀両断にしてみせますわあ!」
ニンニクの香りと共に、夜の街へと消えていく影。
美食を通じた聖女の修行は、また一つ、新たな「剛」の極致に到達したのであった。
***
【タイトル:[覚醒]深淵の黄色き輝き、サブロウ系ラーメンという名の供儀――戦士の燃料『ニンニクマシマシ』による再起動について】
『――ああ、世界の巡り合わせとは過酷で、そして美しい。物流の迷宮という名の深淵――摩耗した魂を再起動すべく拝受した『サブロウ系ラーメン』は、五臓六腑にスタミナの稲妻を走らせる真の聖遺物。ニンニクという名の浄化の炎を纏えば、指南役に「精霊」と讃えられた洗礼さえ、明日へと跳ぶための福音に変わるのです』
カタカタという音が、どこか力強いリズムで部屋を満たす。
窓の外には、ニンニクの余韻と共に、明日への希望という名の星が輝いていた。
「ふふ、儀式……どすなあ。食べることに理由をつけるのは、案外、高潔な行いなのかもしれませんわ」
投稿ボタンを押し、満足感と共に、深い眠りへと誘われる。
ハンナリエルの美食の巡礼は、明日もまた、新たな福音を求めて続いていくのであった。
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