第56話 名前のない世界の核心
世界は、静かだった。
敵意は消え、
拒絶も薄れ、
代わりに――観察されている感覚が残る。
空の紫は淡くなり、
地面の反発も弱まっている。
「……奥に、何かある」
アリエスが、直感で言った。
言葉に根拠はない。
だが、全員が頷いた。
この世界は、
今、語ろうとしている。
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進んだ先にあったのは、
巨大な“空白”だった。
壁も、床も、天井もない。
ただ、中心に一点の揺らぎが浮かんでいる。
《ステータス・オーバールック》
領域:世界中枢(未定義)
特性:
・存在未確定
・観測依存
・命名拒否
「……拒否?」
リィアが、首を傾げる。
「名前を、拒んでる?」
「正確には」
カイが、静かに修正する。
「名前を与えられること自体を、
“固定”と見なしている」
揺らぎが、
わずかに波打つ。
声が、直接響いた。
「そうだ」
言語ではない。
だが、意味は明確だった。
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「世界は、名を持つことで定義される」
揺らぎが、語る。
「定義されれば、
役割が生まれ、
目的が生まれ、
壊される理由が生まれる」
映像が、流れ込む。
名前を持った世界。
神話を持ち、
秩序を持ち、
そして――戦争を持つ世界。
「だから」
声が、静かに続ける。
「我は、名を捨てた」
「……逃げた?」
アリエスが、率直に聞く。
揺らぎは、否定しない。
「そうだ」
迷いも、誇りもない。
「壊されないために、
何者でもないことを選んだ」
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沈黙。
誰も、すぐには言葉を返さない。
最初に口を開いたのは、
レオンだった。
「……それで、
安全になったのか?」
揺らぎが、
ゆっくりと揺れる。
「完全ではない」
エルナが、優しく言う。
「でも……
生き延びた」
肯定。
「それが、目的だった」
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アリエスは、揺らぎを見つめた。
拳を、開く。
「……じゃあさ」
一歩、前へ。
「今も、怖い?」
世界が、
初めて“迷う”。
「……恐怖は、ある」
正直な答え。
「だから、拒絶した」
「でも」
アリエスは、笑った。
「拒絶しても、
来るやつは来る」
リィアが、頷く。
「強いやつほど、
境界とか気にしない」
ミラが、静かに言う。
「私たちみたいに」
揺らぎが、
少しだけ、強く震えた。
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「……選択を、間違えたと?」
声が、問う。
「ううん」
アリエスは、首を振る。
「一人で逃げたのが、
つらかっただけ」
揺らぎが、
沈黙する。
その沈黙は、
拒絶ではなかった。
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「……提案がある」
世界が、言った。
「名を、持たぬまま」
空間が、広がる。
「守る者を、持て」
全員が、息を呑む。
「我は、名を持たない。
だが――」
揺らぎが、
アリエスたちを見る。
「呼ばれる存在は、必要だ」
それは、
“神”でも、“管理者”でもない。
「世界と、外の境界に立つ者」
「……私たち?」
アリエスが、首を傾げる。
「そうだ」
即答。
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空白が、
一歩引いた。
拒絶が、消える。
《状態更新》
世界:未命名(維持)
関係:協調(暫定)
役割:境界護持
カイが、静かに言う。
「……世界は、
“一人でいる”のを、やめた」
アリエスは、
胸の奥が、少しだけ温かくなるのを感じた。
「……悪くないね」
拳を、軽く鳴らす。
「殴る相手、減るし」
揺らぎが、
微かに――笑った。
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光が、収束する。
道が、再び現れる。
戻る道。
進む道。
どちらも、拒まれていない。
「……選べるようになった」
セリスが、静かに言う。
アリエスは、振り返る。
仲間を見る。
「どうする?」
レオンが、即答する。
「戻る」
「戻って」
ミラが、続ける。
「必要なら、また来る」
エルナが、微笑む。
「世界は、逃げませんから」
アリエスは、頷いた。
「じゃあ――」
一歩、戻る道へ。
「次は、呼ばれた時に」
揺らぎが、
静かに応えた。
「待っている」
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《セブン・ブラッド》は、
名前のない世界の核心を知った。
それは、
敵でも、支配者でもない。
恐怖から逃げ、
それでも生き続けた世界。
そして今、
その世界は――
一人ではない。




