第50話:それでも、日常は続く
朝は、いつも通りだった。
鍋の蓋が鳴り、
皿が並び、
窓から風が入る。
高原の屋敷の台所で、エルナがスープを温め、
リィアが味見をしては首を振り、
レオンは黙ってパンを切っている。
「……ちょっと薄い」
「十分だって」
「薄い」
「十分」
いつものやり取り。
アリエスは縁側で伸びをした。
「……よく寝た」
世界修復者。
そんな言葉が、どこか遠い。
拳を握って、開く。
昨日と同じ感触。
(変わってない)
それが、少し嬉しかった。
食卓に、全員が揃う。
セリスが、湯気の立つカップを置いた。
「今日は、何も予定はないわ」
「ほんと?」
アリエスが、少し拍子抜けする。
「世界からの要請は?」
「“しばらく静観”だそうです」
カイが、淡々と伝える。
「直したばかりの継ぎ目を、
わざわざ揺らす国はいません」
「賢いね」
ミラが、くすっと笑った。
「殴られたくないだけでしょ」
「それでいい」
レオンが、短く言う。
朝食後。
庭で、軽い訓練。
リィアが木を殴り、
ミラが影の距離を測り、
セリスは魔力の流れを整える。
アリエスは、石に腰掛けて見ていた。
「……今日は、殴らない日かも」
「珍しい」
レオンが、盾を置く。
「体、休めろ」
「うん」
素直に頷く。
無理をしない。
それも、学んだ。
昼。
屋敷の外に、子どもたちの声が聞こえる。
「見て見て!」
「羽の人だ!」
近所の子どもたちだ。
アリエスは、立ち上がって手を振る。
「こんにちは」
子どもたちが、目を輝かせる。
「本当に、空のダンジョン行ったの?」
「行ったよ」
「怖くなかった?」
少し考えて、答える。
「怖い時もあった」
正直な返事。
「でも」
笑う。
「一緒だったから、大丈夫だった」
それを聞いて、子どもたちは満足そうに頷いた。
夕方。
セラフィナが、屋敷を訪れた。
特別な用事はない。
ただ、顔を見に来ただけ。
「……元気そうね」
「うん」
アリエスは、即答する。
「今日は、殴ってない」
「それは、それで良いこと」
セラフィナは、微笑んだ。
空を見上げる。
「世界は、あなたたちを“役割”で呼ぶ」
「うん」
「でも」
アリエスを見る。
「あなたは、あなたでいなさい」
アリエスは、少し照れた。
「……努力する」
夜。
焚き火の前で、七人は並んで座っていた。
星が、雲の上に瞬く。
「……不思議だね」
アリエスが、ぽつりと言う。
「世界を直したのに、
今日は何もない」
「だから、いい」
エルナが、優しく答える。
「日常があるから、
また外へ行ける」
アリエスは、火を見つめる。
胸の奥は、静かだ。
壊れそうな世界があれば、
殴って直す。
でも、壊れていない日は――
「……寝よ」
立ち上がる。
「明日も、普通でいい」
全員が、頷いた。
その夜、世界は静かだった。
修復者が眠り、
《セブン・ブラッド》が休み、
空も、地上も、揺れない。
それでも、日常は続く。
それこそが、
守ったものの証だった。




