第42話 空の国の調査――浮遊ダンジョンの影
翌朝のアウレリオンは、澄み切っていた。
雲は低く、光は柔らかい。
翼を広げれば、どこまでも飛べそうな空。
だが――
その空に、違和感がある。
「……あるね」
アリエスは、高台の縁に立ち、遠くを見つめていた。
「見える?」
セラフィナが、隣に並ぶ。
「うん。
でも、はっきりじゃない」
それは、影だった。
雲のさらに上。
空の青に溶け込むような、歪み。
見ようとすると、焦点がずれる。
《ステータス・オーバールック》
空域異常反応
分類:未登録構造体
状態:浮遊・固定
特性:
・視認拒否
・高度制限突破
「……ダンジョン、だよね」
アリエスの声は、弾んでいた。
怖さはない。
期待の方が、ずっと大きい。
⸻
調査は、天翼族の長老たちと共に行われた。
白い翼を持つ者たちが、円陣を組む。
「空に浮かぶ迷宮は、
古い記録にも、ほとんど残っていない」
長老の一人が、低く言う。
「唯一の共通点は――」
一拍。
「天翼族だけが、近づけたということ」
セラフィナが、静かに頷く。
「だから、今まで
地上の者には“影”にしか見えなかった」
「でも」
アリエスが、首を傾げる。
「今は、
みんなにも、感じられる」
その通りだった。
《セブン・ブラッド》の面々も、
それぞれに違和感を覚えている。
「……圧がある」
レオンが、腕を組む。
「地上のダンジョンとは、
質が違う」
「魔力の流れが、循環してる」
セリスが、空を見上げる。
「壊れない前提で、
“そこに在る”構造」
「つまり」
カイが、結論を出す。
「自然発生じゃない」
その言葉で、空気が引き締まった。
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調査隊は、高度を上げる。
天翼族の先導。
《スカイ・ノマド》は、少し下で待機。
雲を抜けた瞬間――
世界が、反転した。
音が、消える。
風が、止まる。
そこにあったのは、
空に固定された巨大な構造体。
岩でも、金属でもない。
白と青の層が折り重なった、迷宮。
「……本当に、浮いてる」
リィアが、息を呑む。
「落ちない。
支えも、見えない」
《ステータス・オーバールック》
未確認ダンジョン
通称:浮遊迷宮(仮)
危険度:測定不能
特性:
・空間固定
・侵入者選別
・落下=消失
「……落ちたら?」
ミラが、ぽつりと聞く。
「戻れない」
長老が、はっきり答えた。
その一言で、
“空のダンジョン”の意味が変わる。
⸻
アリエスは、一歩前に出た。
迷宮の縁。
空と空の境界。
胸の奥が、はっきりと高鳴る。
「……呼ばれてる気がする」
セラフィナが、娘を見る。
「行く?」
「うん」
迷いはない。
「でも」
一度、振り返る。
仲間たちを見る。
「準備、ちゃんとしてから」
全員が、頷いた。
地上の最難関とは、違う。
ここは――
空の試練。
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調査結果は、その日のうちにまとめられた。
•浮遊迷宮は、一定高度以上に固定
•天翼族以外も侵入可能(ただし補助必須)
•内部構造、不明
•出口、未確認
そして、最後に追記。
迷宮は、アリエスに反応している可能性あり
その文を見て、
アリエスは、にっと笑った。
「……やっぱ、そうだよね」
セラフィナは、ため息をつく。
「あなた、本当に
面倒なものに好かれるわね」
「楽しいから、いいじゃん」
空を見上げる。
浮遊迷宮は、
何も語らない。
だが――
確実に、待っている。
⸻
その夜。
《セブン・ブラッド》は、
出発の準備を始めた。
次に踏み込むのは、
地上を越え、
空のさらに上。
物語は――
もう、入口に立っている。




