第40話 空へ行くには、足が足りない
地上の風は、もう物足りなかった。
高原の屋敷の庭で、アリエスは空を見上げている。
奈落回廊を踏破してから、数日。
世界は騒がしく、
日常は静かだった。
「……次、どこ行く?」
ぽつりと漏れた言葉に、
レオンが反応する。
「地上は、もう大体片付いたな」
「最難関が、消えちゃったしね」
セリスが肩をすくめる。
ミラが、屋根の上から言った。
「じゃあ、上?」
その一言で、
アリエスの目が輝いた。
「それだ!」
拳を握る。
「空に浮かぶダンジョンとか、
絶対あるでしょ」
全員が、一瞬黙る。
――否定できない。
⸻
「空のことなら」
エルナが、そっと言った。
「セラフィナ様の国が、
一番詳しいはずです」
「母さんのとこか」
アリエスは、頷いた。
「じゃあ、聞きに行こ」
即決だった。
だが――
「待て」
カイが、冷静に遮る。
「行けない人がいる」
全員の視線が、自然と集まった。
アリエス。
翼持ち。
飛べる。
……それ以外。
「……あ」
アリエスは、今さら気づいたように言う。
「みんな、飛べない」
「飛べない」
レオンが、即答する。
「落ちたら死ぬ」
「落ちなくても死ぬ」
ミラも、淡々と追撃。
「……じゃあ」
アリエスは、少し考えてから言った。
「乗り物、探そう」
⸻
目的は、すぐに定まった。
空を飛べる乗り物。
条件は、三つ。
•高高度まで行ける
•ダンジョン近くで安定飛行できる
•七人分+装備を運べる
「普通に考えて、
国家級だね」
セリスが、冷静にまとめる。
「王国の飛空艇?」
「軍事用が多い」
「借りられるかな」
リィアが、首を傾げる。
カイが、情報を整理する。
「選択肢は、三つ」
指を立てる。
「一つ。
古代遺産級の飛行船」
「二つ。
魔導工房製の試作機」
「三つ」
一拍置く。
「……個人所有の変人」
全員、同時に納得した。
「それ、絶対クセ強い」
アリエスが笑う。
⸻
翌日。
一行は、王都の外れへ向かった。
そこにあるのは、
半ば放棄された研究区画。
「ここ?」
「ここ」
カイが、頷く。
「“空に取り憑かれた男”がいる」
「すごい肩書きだね」
アリエスは、楽しそうだ。
⸻
工房は、予想以上に――
空だった。
天井が開き、
翼のような構造物が並び、
中央には、巨大な船体。
「……でっか」
アリエスが、素直に言う。
「これ、飛ぶの?」
「飛ぶとも!」
奥から、声がした。
白衣。
寝不足。
目が、やばい。
「私の最高傑作だ!」
男は、船体を叩く。
「《スカイ・ノマド》!」
全員が、船を見上げた。
カイが、即座に解析を走らせる。
「……性能、異常です」
「でしょ!?」
男が、満面の笑み。
「ただし――」
一拍。
「誰も、危険すぎて乗らない」
沈黙。
次の瞬間。
「それ、最高じゃん」
アリエスが、笑った。
拳を鳴らす。
「じゃあ、決まりだね」
全員が、苦笑する。
だが――
否定は、しなかった。
⸻
夕暮れ。
工房の屋根の上で、
アリエスは空を見上げる。
「……空のダンジョン」
胸の奥が、静かに高鳴る。
地上を越え、
次は――空。
セラフィナの国。
浮かぶ迷宮。
未知の試練。
「行こ、みんな」
レオンが、頷いた。
「次は、落ちたら終わりだな」
「落ちないよ」
アリエスは、即答する。
「私が、落とさない」
それだけで、十分だった。




