第39話 世界からの公式要請が殺到する(そして、いつも通りの朝)
朝は、普通に始まった。
高原の屋敷の台所で、エルナが鍋をかき混ぜ、
リィアが味見をしては「薄い!」と文句を言い、
レオンは黙ってパンを切っている。
アリエスは、縁側で伸びをした。
「……よく寝た」
奈落回廊を踏破した翌朝だというのに、
身体に重さはない。
胸の奥も、静かだ。
(今日は、殴らなくていい日かも)
そう思った瞬間――
空が、鳴った。
⸻
屋敷の上空に、魔導の光が次々と現れる。
転移陣。
通信陣。
使者の紋章。
「……多くない?」
アリエスが、素直に言った。
カイが、即座に解析を走らせる。
「世界各国。
王国、ルミナリア、海洋国家、砂漠国家……」
言い終わる前に、
屋敷の門が、次々と叩かれた。
「王国代表より、正式要請!」
「ルミナリア同盟案件です!」
「緊急災害対応のご相談を――!」
重なり合う声。
セリスが、深く息を吐く。
「……殺到、ですね」
「踏破の余波だな」
レオンは、腕を組んだ。
「世界が、判断を他人に委ねるようになった」
アリエスは、少し考える。
「……えっと」
指を折る。
「全部、今すぐ?」
「そういう顔だな」
ミラが、肩をすくめた。
⸻
結局。
全部、後回しになった。
「まずは、朝ごはん」
エルナの一言で、全員が席に着く。
外では、使者たちが待っている。
世界を背負った書類を抱えて。
中では、
スープの匂いが立ち上る。
「……これ、世界が見たらどう思うかな」
アリエスが、匙を動かしながら言った。
「最難関踏破者が、
普通に朝食してるって」
「落ち着くと思う」
セリスが、微笑んだ。
「神話より、
人の方が扱いやすい」
リィアが、笑う。
「でも、外の人たちは大変そうだよ?」
「勝手に大変になってるだけだ」
レオンは、淡々としている。
⸻
朝食後。
庭に長机が並べられ、
使者たちが順番に呼ばれた。
内容は、どれも似ている。
•未踏領域の調査
•災害級の兆候
•抑止力としての名義貸し
•同盟強化の象徴行動
「……要するに」
アリエスが、まとめる。
「困ってるから、来てほしい?」
全員、頷く。
「多いね」
「世界ですから」
カイが、冷静に返す。
「優先順位、決めないと」
レオンが、頷いた。
「受ける条件も、だ」
⸻
話し合いは、短かった。
「全部、受けない」
アリエスが、はっきり言う。
「必要なところだけ」
「基準は?」
ミラが、聞く。
アリエスは、少し考えてから答えた。
「……殴らないと、
どうしようもないところ」
全員が、頷く。
それが、《セブン・ブラッド》のやり方だ。
⸻
夕方。
使者たちは、それぞれ帰っていった。
満足する者もいれば、
肩を落とす者もいる。
だが、共通しているのは――
納得だ。
夜。
焚き火の前で、アリエスは空を見上げる。
「……世界、忙しそうだね」
「そうだな」
レオンが、隣に座る。
「でも」
アリエスは、笑った。
「今日は、静か」
拳を握って、また開く。
胸の奥は、落ち着いている。
殴る日もあれば、
殴らない日もある。
それでいい。
《セブン・ブラッド》は、
世界の便利屋じゃない。
世界が本当に壊れそうな時、
立つ場所に立つだけだ。
⸻
その夜、各国に通達が流れた。
《セブン・ブラッド》
即応不可。
だが、無視不可。
世界は、少しだけ学んだ。
強さとは、
常に振るうものではないということを。
そして――
彼らの日常は、今日も続く。




