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空に立つ翼 ― 天翼族の少女は殴り倒す ―  作者: てん


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39/58

第39話 世界からの公式要請が殺到する(そして、いつも通りの朝)

 朝は、普通に始まった。


 高原の屋敷の台所で、エルナが鍋をかき混ぜ、

 リィアが味見をしては「薄い!」と文句を言い、

 レオンは黙ってパンを切っている。


 アリエスは、縁側で伸びをした。


「……よく寝た」


 奈落回廊を踏破した翌朝だというのに、

 身体に重さはない。


 胸の奥も、静かだ。


(今日は、殴らなくていい日かも)


 そう思った瞬間――


 空が、鳴った。



 屋敷の上空に、魔導の光が次々と現れる。


 転移陣。

 通信陣。

 使者の紋章。


「……多くない?」


 アリエスが、素直に言った。


 カイが、即座に解析を走らせる。


「世界各国。

 王国、ルミナリア、海洋国家、砂漠国家……」


 言い終わる前に、

 屋敷の門が、次々と叩かれた。


「王国代表より、正式要請!」


「ルミナリア同盟案件です!」


「緊急災害対応のご相談を――!」


 重なり合う声。


 セリスが、深く息を吐く。


「……殺到、ですね」


「踏破の余波だな」


 レオンは、腕を組んだ。


「世界が、判断を他人に委ねるようになった」


 アリエスは、少し考える。


「……えっと」


 指を折る。


「全部、今すぐ?」


「そういう顔だな」


 ミラが、肩をすくめた。



 結局。


 全部、後回しになった。


「まずは、朝ごはん」


 エルナの一言で、全員が席に着く。


 外では、使者たちが待っている。

 世界を背負った書類を抱えて。


 中では、

 スープの匂いが立ち上る。


「……これ、世界が見たらどう思うかな」


 アリエスが、匙を動かしながら言った。


「最難関踏破者が、

 普通に朝食してるって」


「落ち着くと思う」


 セリスが、微笑んだ。


「神話より、

 人の方が扱いやすい」


 リィアが、笑う。


「でも、外の人たちは大変そうだよ?」


「勝手に大変になってるだけだ」


 レオンは、淡々としている。



 朝食後。


 庭に長机が並べられ、

 使者たちが順番に呼ばれた。


 内容は、どれも似ている。

•未踏領域の調査

•災害級の兆候

•抑止力としての名義貸し

•同盟強化の象徴行動


「……要するに」


 アリエスが、まとめる。


「困ってるから、来てほしい?」


 全員、頷く。


「多いね」


「世界ですから」


 カイが、冷静に返す。


「優先順位、決めないと」


 レオンが、頷いた。


「受ける条件も、だ」



 話し合いは、短かった。


「全部、受けない」


 アリエスが、はっきり言う。


「必要なところだけ」


「基準は?」


 ミラが、聞く。


 アリエスは、少し考えてから答えた。


「……殴らないと、

 どうしようもないところ」


 全員が、頷く。


 それが、《セブン・ブラッド》のやり方だ。



 夕方。


 使者たちは、それぞれ帰っていった。


 満足する者もいれば、

 肩を落とす者もいる。


 だが、共通しているのは――

 納得だ。


 夜。


 焚き火の前で、アリエスは空を見上げる。


「……世界、忙しそうだね」


「そうだな」


 レオンが、隣に座る。


「でも」


 アリエスは、笑った。


「今日は、静か」


 拳を握って、また開く。


 胸の奥は、落ち着いている。


 殴る日もあれば、

 殴らない日もある。


 それでいい。


 《セブン・ブラッド》は、

 世界の便利屋じゃない。


 世界が本当に壊れそうな時、

 立つ場所に立つだけだ。



 その夜、各国に通達が流れた。


《セブン・ブラッド》

即応不可。

だが、無視不可。


 世界は、少しだけ学んだ。


 強さとは、

 常に振るうものではないということを。


 そして――

 彼らの日常は、今日も続く。


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