第37話 世界が“踏破”を知る
最初に異変に気づいたのは、王都の観測塔だった。
奈落回廊があったはずの地点。
常時発生していた魔力渦が、消失している。
「……消えた?」
観測士が、目を疑う。
再測定。
誤差修正。
再確認。
結果は、変わらない。
奈落回廊
魔力反応:なし
空間歪曲:なし
状態:消滅
沈黙。
次の瞬間、警鐘が鳴り響いた。
⸻
王都・中央会議室。
緊急招集。
席に着くより先に、資料が配られる。
「ダンジョンが……消えた?」
「崩壊ではない。
踏破後、消滅だ」
誰かが、乾いた声で言った。
「……前例は?」
「ない」
即答だった。
ギルド長ハロルドが、深く息を吐く。
「踏破者は?」
視線が、集まる。
「……七名」
紙に書かれた名前。
その先頭に、太字で記されていた。
アリエス
室内の空気が、変わる。
⸻
世界会議は、数時間後に再開された。
今回は、隠さない。
秘匿もしない。
全世界向けの公式会合だ。
「奈落回廊の踏破を確認した」
老賢者が、静かに告げる。
「踏破者は、血縁で構成された七名のパーティ」
一拍。
「……生存、全員」
どよめき。
「最難関ダンジョンだぞ……?」
「S級でも、帰還率ゼロだったはずだ」
王国代表が、続ける。
「なお、奈落回廊は
踏破完了と同時に消滅した」
言葉の意味が、ゆっくりと浸透する。
――二度と、挑めない。
――再現できない。
――比較対象が、存在しない。
⸻
「つまり」
海洋国家の代表が、震える声で言う。
「彼女たちは……
**世界で唯一の“到達者”**だと?」
「そうなる」
老賢者は、否定しない。
「ダンジョンが消えた以上、
彼らを測る物差しは、もうない」
沈黙。
次に来たのは、
恐怖に近い理解だった。
⸻
一方その頃。
高原の屋敷。
アリエスたちは、食卓を囲んでいた。
「……静かだね」
アリエスが、箸を止める。
「嵐の前だ」
レオンが、淡々と言う。
「踏破の報は、
もう届いているはずだ」
ミラが、窓の外を見る。
「気配が、増えてる」
「世界中から、ね」
セリスが、苦笑した。
エルナが、穏やかに言う。
「でも……
戻ってきた」
それだけで、十分だった。
⸻
世界は、結論を出し始めていた。
•奈落回廊は、もう存在しない
•踏破者は、七人
•その中心に、アリエスがいる
そして、
彼女たちを“試す場”は、もうない。
試すなら――
世界そのものしかない。
⸻
夜。
アリエスは、屋根の上で空を見ていた。
「……なんか、大事になってる?」
隣に、レオンが腰を下ろす。
「なってるな」
「でも」
アリエスは、少しだけ笑った。
「踏破しただけだよ?」
レオンは、空を仰ぐ。
「世界はな」
間を置いて、続けた。
「踏破できる存在がいる、という事実に
一番、怯える」
アリエスは、考えた。
そして、肩をすくめる。
「じゃあ、次は何?」
答えは、もう分かっている。
世界が知ったのだ。
越えられない壁が、越えられたと。
その先にあるのは――
恐怖か、依存か、あるいは。
新しい“役割”。
⸻
その夜、世界中に通達が流れた。
奈落回廊、消滅。
踏破者、七名。
当該パーティを、
世界基準戦力として認定。
名前は、まだ記されていない。
だが、
世界は、すでに呼び始めていた。
――あの七人を。
**“次の基準”**と。




