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空に立つ翼 ― 天翼族の少女は殴り倒す ―  作者: てん


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21/58

第21話 抑止力には、穴がある

 抑止力は、存在するだけで効く。


 だがそれは、

 「正面からぶつかってくる相手」に対して、だ。


 世界は賢い。

 だから――正面には来ない。



 王都の外れ、物流拠点。


 夜明け前の静けさの中で、

 倉庫街の一角が、不自然に暗い。


 灯りは点いている。

 だが、音がない。


 巡回兵が、足を止めた。


「……おい、誰かいるか?」


 返事はない。


 次の瞬間、

 影が、地面から立ち上がった。


 ――ズルリ。


 兵士の声が、途中で途切れる。



 同時刻。


 王都、訓練場。


 アリエスは、ぼんやりと空を見ていた。


「……静かすぎない?」


 胸の奥が、嫌な感じでざわつく。


 殴りたい、ではない。

 落ち着かない。


 理由が、分からない。


 そこへ、ギルド経由の緊急通信が入った。


「アリエスさん!

 王都外縁の物流拠点で、連絡途絶!」


「物流?」


「食料、魔導資材、回復薬……

 全部、抑止力を支える物資です!」


 アリエスは、即座に理解した。


(……私を殴れないなら、

 周りを殴る、か)


 翼が、自然と広がる。


「場所、教えて」



 現場に到着した時、

 戦闘は終わっていた。


 倉庫は無傷。

 物資も残っている。


 だが――

 人だけが、消えていた。


 血も、争った跡もない。


「……気持ち悪い」


 視界が切り替わる。



《ステータス・オーバールック》

地点:王都外縁 物流拠点

異常検知:

・生命反応消失(複数)

・空間位相ズレ(微)



(連れ去りだ)


 空気の“歪み”を、翼でなぞる。


 痕跡は、地下へ続いている。


「……また、地下」


 アリエスは、地面を蹴った。



 地下通路は、古い。


 王都ができる前の構造。

 今は、使われていないはずの道。


 奥で、声がした。


「……計画通りだ」


 影の中から、複数の人影。


 黒衣。

 だが、どこの国の紋章もない。


 視界が、即座に反応する。




《ステータス・オーバールック》

対象:???

所属:不明

平均Lv:36

特記事項:

・正面戦闘回避

・抑止力回避行動



「……へえ」


 アリエスは、少しだけ笑った。


「私、避けられてる」


 黒衣の一人が、低く言う。


「お前が動くのは、想定内だ」


「じゃあ、ここにいるのも?」


「そうだ。

 抑止力が“動けない”と信じている間に、

 抑止力を支える基盤を壊す」


 理屈は、通っている。


 だからこそ――


「賢いね」


 アリエスは、拳を握った。


「でもさ」


 翼が、一気に広がる。


「“動けない”って、誰が決めたの?」



 ――ドンッ!!


 空気が弾ける。


 黒衣の前列が、まとめて吹き飛んだ。


 反撃は、遅い。


 アリエスは、中央へ突っ込む。


 ――ゴンッ!

 ――バキッ!


 殴るたび、誰かが倒れる。


 逃げようとした一人が、叫ぶ。


「待て!

 我々は、お前を倒すつもりは――」


「知ってる」


 アリエスは、首を傾げる。


「だから、余計にダメ」


 ――ドォンッ!!


 最後の一人が、壁に沈んだ。


 全員、無力化。



 地下に、静寂が戻る。


 捕らえられていた人々は、無事だった。


「……ありがとう」


 震える声。


 アリエスは、少しだけ照れた。


「殴っただけだよ」


 だが、それで十分だった。



 王都へ戻ると、

 報告が即座に世界へ回る。


抑止力の周辺を狙った非公式行動、失敗。

対象、即時対応。


 世界は、理解した。


 抑止力は、動く。


 穴を突けば、

 即座に拳が飛んでくると。



 アリエスは、訓練場で空を見上げた。


「……殴らない方がいい世界って、難しいね」


 でも、分かったことがある。


 抑止力は、立っているだけじゃ足りない。

 守るために、動く必要がある。


 そして――

 次に動く者は、もっと巧妙だろう。


 アリエスは、翼を畳み、息を整えた。


「次は、どんな手で来るのかな」


 怖くはない。


 殴れる準備は、できている。


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