第21話 抑止力には、穴がある
抑止力は、存在するだけで効く。
だがそれは、
「正面からぶつかってくる相手」に対して、だ。
世界は賢い。
だから――正面には来ない。
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王都の外れ、物流拠点。
夜明け前の静けさの中で、
倉庫街の一角が、不自然に暗い。
灯りは点いている。
だが、音がない。
巡回兵が、足を止めた。
「……おい、誰かいるか?」
返事はない。
次の瞬間、
影が、地面から立ち上がった。
――ズルリ。
兵士の声が、途中で途切れる。
⸻
同時刻。
王都、訓練場。
アリエスは、ぼんやりと空を見ていた。
「……静かすぎない?」
胸の奥が、嫌な感じでざわつく。
殴りたい、ではない。
落ち着かない。
理由が、分からない。
そこへ、ギルド経由の緊急通信が入った。
「アリエスさん!
王都外縁の物流拠点で、連絡途絶!」
「物流?」
「食料、魔導資材、回復薬……
全部、抑止力を支える物資です!」
アリエスは、即座に理解した。
(……私を殴れないなら、
周りを殴る、か)
翼が、自然と広がる。
「場所、教えて」
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現場に到着した時、
戦闘は終わっていた。
倉庫は無傷。
物資も残っている。
だが――
人だけが、消えていた。
血も、争った跡もない。
「……気持ち悪い」
視界が切り替わる。
《ステータス・オーバールック》
地点:王都外縁 物流拠点
異常検知:
・生命反応消失(複数)
・空間位相ズレ(微)
(連れ去りだ)
空気の“歪み”を、翼でなぞる。
痕跡は、地下へ続いている。
「……また、地下」
アリエスは、地面を蹴った。
⸻
地下通路は、古い。
王都ができる前の構造。
今は、使われていないはずの道。
奥で、声がした。
「……計画通りだ」
影の中から、複数の人影。
黒衣。
だが、どこの国の紋章もない。
視界が、即座に反応する。
《ステータス・オーバールック》
対象:???
所属:不明
平均Lv:36
特記事項:
・正面戦闘回避
・抑止力回避行動
「……へえ」
アリエスは、少しだけ笑った。
「私、避けられてる」
黒衣の一人が、低く言う。
「お前が動くのは、想定内だ」
「じゃあ、ここにいるのも?」
「そうだ。
抑止力が“動けない”と信じている間に、
抑止力を支える基盤を壊す」
理屈は、通っている。
だからこそ――
「賢いね」
アリエスは、拳を握った。
「でもさ」
翼が、一気に広がる。
「“動けない”って、誰が決めたの?」
⸻
――ドンッ!!
空気が弾ける。
黒衣の前列が、まとめて吹き飛んだ。
反撃は、遅い。
アリエスは、中央へ突っ込む。
――ゴンッ!
――バキッ!
殴るたび、誰かが倒れる。
逃げようとした一人が、叫ぶ。
「待て!
我々は、お前を倒すつもりは――」
「知ってる」
アリエスは、首を傾げる。
「だから、余計にダメ」
――ドォンッ!!
最後の一人が、壁に沈んだ。
全員、無力化。
⸻
地下に、静寂が戻る。
捕らえられていた人々は、無事だった。
「……ありがとう」
震える声。
アリエスは、少しだけ照れた。
「殴っただけだよ」
だが、それで十分だった。
⸻
王都へ戻ると、
報告が即座に世界へ回る。
抑止力の周辺を狙った非公式行動、失敗。
対象、即時対応。
世界は、理解した。
抑止力は、動く。
穴を突けば、
即座に拳が飛んでくると。
⸻
アリエスは、訓練場で空を見上げた。
「……殴らない方がいい世界って、難しいね」
でも、分かったことがある。
抑止力は、立っているだけじゃ足りない。
守るために、動く必要がある。
そして――
次に動く者は、もっと巧妙だろう。
アリエスは、翼を畳み、息を整えた。
「次は、どんな手で来るのかな」
怖くはない。
殴れる準備は、できている。




