第18話 同盟という、次の一手
控室の扉を叩く音は、二度だけだった。
強くもなく、弱くもない。
礼儀を選んだ音だ。
「入っていい?」
声の主は分かっている。
アリエスは、椅子に腰掛けたまま答えた。
「いいよ」
扉が開き、入ってきたのは――
白銀のローブを脱いだ、セレスだった。
魔導国家ルミナリアの代表。
そして、ついさっき殴られて負けた人。
だが、その表情に悔恨はない。
あるのは、はっきりとした決意だ。
「改めて言うわ。
……完敗だった」
「うん」
アリエスは、あっさり頷いた。
「でも、楽しかったでしょ?」
セレスは、一瞬だけ笑った。
「ええ。
だからこそ、ここに来た」
彼女は、一歩前に出る。
「同盟を結ばない?」
部屋の空気が、静まった。
⸻
「理由は?」
アリエスは、短く聞いた。
セレスは、迷わず答える。
「戦争を回避するため、
……じゃない」
視線が、真っ直ぐ向けられる。
「勝てない相手とは、敵になるより隣に立つ方がいい」
率直だった。
「あなたは、力を持っている。
でも、振り回さない」
「殴るけどね」
「殴る“相手”を選んでいる」
その指摘に、アリエスは少しだけ目を丸くした。
(……見てたんだ)
⸻
セレスは、続ける。
「ルミナリアは、魔導国家。
情報、研究、結界、転移――
戦い以外の分野なら、世界最高峰よ」
「へえ」
「あなたが戦うなら、
私たちが道を整える」
それは、従属ではない。
利用でもない。
役割分担だ。
⸻
アリエスは、少し考えた。
拳を振るわなくていい時間。
殴らなくても、世界が動く方法。
……悪くない。
「条件は?」
セレスの目が、わずかに光る。
「三つ」
指を立てる。
「一つ。
あなたの行動を制限しない」
「いいね」
「二つ。
同盟は対等。上下は作らない」
「それもいい」
「三つ」
少しだけ、言葉を選んだ。
「あなたが“敵だ”と判断した相手を、
私たちも敵と見なす」
アリエスは、笑った。
「分かりやすい」
拳を、軽く握る。
「それなら――」
立ち上がり、手を差し出した。
「同盟、いいよ」
セレスは、その手をしっかりと握った。
⸻
その瞬間、
外で待機していた各国の観測員が、同時に理解する。
――世界が、一つ動いた。
ルミナリアと王国。
そこに、アリエスという“軸”。
均衡は、もはや数や兵力ではない。
彼女が立つ場所が、基準になる。
⸻
控室を出ると、王国の随行員が駆け寄ってきた。
「……同盟、結びましたね?」
「うん」
「詳細は……」
「後でいい」
アリエスは、空を見上げる。
胸の奥は、静かだ。
殴らなくても、
世界が前に進んだ。
それは――
初めての感覚だった。
「次、どこ殴る?」
それでも、
彼女は彼女だった。
⸻
その夜、各国に通達が走る。
王国 × ルミナリア
特別同盟締結
軸戦力:アリエス
備考:
敵対行動は、即時リスク判定S
世界は、理解し始めていた。
彼女と戦うか。
彼女と組むか。
選択肢は、それだけだ。




