第17話 距離の詰め方
環と芽衣が帰って行って、その後、はー、眠い……とか言った慎吾はそのまま大の字で縁側に倒れたと思ったら、ぐーぐー眠り出した。
「……は?」
寝てるし。
「ばーちゃん、こいつって、いつもこんななの?」
「えー、碧くんがいない時は、こんな風に寝たことはなかったよ」
クスクス笑うばあちゃん。
「……意味が分からない」
オレが居るからって寝る意味が。
……三人の「幼馴染」は、昔からの長い付き合い……なんて絶対言えない。なんなら、もう、初対面って言ってもいいんじゃねえのか。面影らしきものはあるけど。……でも「たまちゃん」には面影無いしな。芽衣は、なんとなくあるかも。慎吾も、今日の慎吾なら……? いやでも、それもこれも、全部ぼんやりだ。似た奴連れてこられても、分かんない程度。「幼馴染」なんて言葉で表していいのかも、考える。
――なのに、なんでか。
距離を詰めてこられるのを、オレは拒否、してない気がする。
そんなことを思っていると、ポメ子がオレを見ていた。
「ポメ子……?」
来るかな……? と思いながら、そっと手を差し伸べてみた。すると。じっとオレを見て、その後、オレの手にまとわりついてきた。
おお。
……つか。ふわふわ。つぶらすぎる瞳……。
すげー可愛いな。
芽衣が撫でてたみたいに、撫でてみると、幸せそうな顔をする。
「ばあちゃん、すげえ可愛い、こいつ」
「そうだよねえ、人懐こくて。ほんとに可愛い」
ふふ、と笑って、撫でるばあちゃんの手にもすり寄っている。
「碧くん」
「ん?」
「ちょっとお昼寝してくるね」
「あ、うん。疲れた?」
「少しね。暑いし」
確かに。クーラーを入れるほどじゃないけど暑い。日差しの下、しばらく歩いたし。
「あ、じゃあオレ、荷物、奥の部屋に片付けさせてもらう」
「うん、どうぞ。空いてる棚とか全部、好きに使ってね」
そう言って、ばあちゃんは寝室に入っていった。
――病気もあるのかな。疲れるよな、やっぱり。体力、落ちるだろうし。
夕飯。オレが作ろうかな、と、パソコンを置いたテーブルの前に座って電源を入れた。スマホ経由のデザリングででパソコンをネットにつなぎ、あまり重くないレシピを検索する。仕事を辞めるまで、毎日毎日、何時間も向かってたパソコン。のどかにレシピなんか検索してて、不思議だけど。
……消化にいいものがいいよな。しばらく探してメニューを決めてから、玄関に置いたままの段ボールを開ける。
慎吾は、まだ心地よさそうに寝てるし。ポメ子がオレの後をくっついてきてるので、そのまま一緒に、奥の部屋に行く。
段ボールから出した中身を、空いてる棚や、引き出しに詰めていく。多分、じいちゃんのものが入ってたところなんだろうな、と思うと、今更ながらに切ない気がするけど。
じいちゃんは、病気が分かってから、亡くなるまでが早かった。三か月位。大きな総合病院に入院して手術したと聞いてから、間もなく危篤、ときて――あっという間だった。だから、会えないまま、別れた。
じいちゃんにも……すごくかわいがってもらった記憶があるのに。
でもあの頃は高校生で、ひとりでここまで来るとかは思わなかった。というか、そもそもまさかすぐ死んじゃうなんて、思わなかった。退院して自宅に居るようになったら、夏休みとか会いに行けたらいいなと思ってたっけ。……会いに行けばよかったって、あとから何回も思った。
……ばあちゃんには会いにこれてよかったけど……やっぱり、もっと会いに来ればよかったと、後悔がある。
つか……こういうのって、きりが無いな。
そんなことを思いながら、さっき段ボールに突っ込んだ、包丁のセットを手にとる。
――ばあちゃんに見られたよな。
……オレがまだ料理の道に未練があるとか、思ったかな……。
一度、こっちに帰ってきた時、何でだったか……ばあちゃんの前で、一度だけ。父さんとやりあったことがある。
オレが料理をやりたい、と言って、父さんが反対して、確か母さんは、お葬式の日だから、帰ってからゆっくり、とか言ってた気がする。
ばあちゃんは、確か、碧くんの話もちゃんと聞いて、とか、父さんに言ってたような、気はするけど。
あれ以来、なんだよな……。
「碧」
不意に呼ばれて驚いて振り返ると、慎吾が立ってた。
「勝手に奥まで悪い。ポメ子が居ないから」
「ああ。ついてきた」
「懐いた?」
「人懐こいな」
「ああ。可愛すぎるだろ?」
そんな言葉に、そうだな、と笑ってしまう。やっと起きた飼い主に、まとわりついてる姿も可愛い。なんかすげえ……綿あめみたいだ。
「……何、包丁セット、眺めてんの。やっぱ、夢だった?」
「――やっぱって、何」
「オレの中のお前、料理するイメージだもん」
「そうだっけ? 昔は火も使ってねーし……料理ってほどのことしてないような気ぃするけど」
「火使ったかは覚えてねーけど、とにかく台所で何かしてたじゃん。ばあちゃんと」
「……良く覚えてんな」
「まあ、なんか、すげーなーと思ってたから覚えてる。まあオレは、あの頃、母さんの手伝いとか、したこと無かったから」
苦笑を浮かべる慎吾。
「……つか、お前、よく起きたな?」
「あそこ日当たり良すぎて」
「ああ……暑かったのか」
ぷ、と笑ってしまう。
「ばあちゃんは?」
「ばあちゃんも、少し昼寝するって」
「そっか」
慎吾と話しながら、包丁のセットは紙袋に押し込んで丸めて、そのまま棚の端っこに押し込んだ。
「なあ、碧」
「ん?」
「後で、ポメ子の散歩行こうぜ」
「散歩? んー……オレ、夕飯作ろうと思ってんだけど」
そう言うと、慎吾はオレを見て、楽しそうに。
「ついでに、この町で唯一のコンビニ、連れてってやるよ」
「あ、マジ? 行く行く」
「おっけ。じゃあ後でな。ポメ子、帰るぞー」
「帰んの? 昼寝?」
駆けよったポメ子を抱き上げながら、言うことには。
「少しこいつと寝てくる。こいつもペットショップで疲れてるだろうから」
「はは。了解。オレは少し夕飯仕込む……つか、お前食べにくる?」
「いーなら来る」
「今日は昨日みたいなのはやんないみたいだし。いいんじゃねえの」
そう言うと、慎吾は頷いた。
「じゃあ、とりあえず、散歩ん時くるから」
「んー」
慎吾とポメ子が出て行って、静かな空間。
やっぱり……あいつらの、距離の詰め方、あまり嫌ではなくて。
……気づいたら夕飯に誘ってしまっていた。
なんか。自分のことが、不思議だ。
向こうに居た時と、何が違うんだか、考えても、よく分からなかった。