第13話 懐かしい
翌朝。鳥の声が聞こえる。朝日が部屋に差し込んできていて、オレは、目を覚ました。
今日仕事……? 何時? はっと目が覚めた瞬間、見慣れない天井に一瞬呆けて、すぐに気付いた。
――あぁ。そっか。ばあちゃんちだ。仕事行かなくていいんだ……。ふー、と息をついた。
昨日、話の通じない慎吾と、とりあえず通じてた芽衣と環と別れて、シャワーを浴びた。ばあちゃんが用意してくれていたのは浴衣で、着なれないのでなんとなく合わせて着てみた。
ばあちゃんが心配だし、「一緒の部屋で寝ようよ」と、夕方の内に布団を同じ部屋に敷いていたので、寝てるばあちゃんの隣の布団に入って、昨日はすぐに眠りについた。
隣を見ると、ばあちゃんはもう居なかった。
枕もとのスマホを見ると、七時半。……向こうでは休みの日、こんな時間には起きなかったな。そんな風に思いながら、体を起こして、ラフな服装に着替えた。一応荷物が来るまでと思って、何枚か持ってきたけど、今日届いてくんないと困るな、とか考えながら、顔を洗って台所を覗くと、ばあちゃんの後ろ姿。
「ばあちゃん、おはよ」
静かに声をかけると、ばあちゃんが振り返る。
「おはよ、碧くん。昨日片づけ、ありがとうね」
「手伝ってもらったし、全然大変じゃなかったから」
「そう?」
ふふ、とばあちゃんが笑う。
「ばあちゃん、今日は? あの先生が来る他は、なんか用事ある?」
「んー。そうだね、お昼にちょっと。碧くんは?」
「オレに用事なんて無いよ」
クスクス笑ってしまいながら言って、ばあちゃんの近くに立つ。だしのいい匂い。
「朝ごはん、和食でいい?」
「もちろん。ていうか、和食、好き」
そう言うと、ふふ、と笑う。
……ばあちゃんには、素直に答えられるのは、何でだろう。昔の名残?
むしろ父さんや母さんには、全然。まともに会話出来てるんだかも、ちょっと怪しい。
「オレ、ばあちゃんのだし巻き好きなんだよね」
「覚えてる?」
「うん」
「じゃあ……作ってみる?」
「え。オレ?」
「今の碧くんならできると思うから」
そんな風に言うばあちゃん。オレは、ん、と頷いて、ばあちゃんと並ぶ。
卵の溶き方、味付け、焼き方。優しい教え方に、頷きながら巻いていく。
上手、と褒められて、すっかりその気の自分。
巻きすに置いて、少し固める。
「上手にできてたね。これでもう作れそう、碧くん。昔から、器用だよね」
「どうだろ?」
――懐かしい。
こんな風に、ばあちゃんと並んで、色々作ったっけ。
ばあちゃんと作った記憶が無かったら、オレは、料理をしたいなんて、言うことも無かったろうな。
「そういえばさ、昔はばあちゃんちのお風呂さ、薪だったじゃん?」
「あ、覚えてるの?」
「覚えてるよ。風呂沸かすのに、薪くべて……あんな体験、他でしたことないし」
「碧くん、いつも、やってくれたよね」
「楽しかったから」
昔のお風呂は、薪をくべてお湯を沸かすタイプのものだった。と言っても、五右衛門風呂みたいなのじゃなくて、湯船はちゃんとバスルームになっていた。薪を燃やした熱が伝わるように作られていて、沸かしすぎると熱くなるし、火加減が難しかったっけ。じいちゃんが風呂に入ってて、よく、もう少し入れて、とか、言われてたなぁ。で、その横で、ばあちゃんが料理してて……。
「もうずいぶん前に、薪のお風呂はなくなってたけどね」
「だよね」
ふ、と懐かしさでいっぱいになりながら、オレは、頷く。
じいちゃんにも、よく遊んでもらったっけな……。会えないままに、亡くなって、お葬式で見たじいちゃんは、随分痩せてた。ばあちゃんはすごく痩せた、というわけではないけど、なんとなく小さくなった……のか、オレが大きくなったのか。
「碧くん、鮭の焼き加減見てくれる?」
「ん」
魚焼きグリルをひっぱり出すと、なんだかすごく美味しそう。
「あ。そうだ、碧くん」
「んー? もうお皿に出していい?」
「いいよ。……あのね、碧くん」
「うん」
ばあちゃんはオレを見て、少し困ってる。
「ん?」
「……私の先生なんだけどね」
「あ、うん」
「良い先生なの、町の皆、大好きだし」
「うん。……あー、少し聞いたけど」
「あ、聞いた?」
「うん。……自分の息子が帰ってないんでしょ? ……んー、まあ若干とばっちり感あるけどさ」
そう言うと、ばあちゃんはもっと困ったように、んー、と唸って、苦笑い。
「そうよねぇ、碧くんにとったらそうよね。……でも、奥さんも早くに亡くなって、父子二人だったから。余計に、戻らないのが辛いのかも」
「……ん」
「和史くん、必ず戻るからって約束して出て行ったから余計にね。うちみたいに、外交官になりたいから戻ってこれないかもしれないって宣言されたら、まだ諦めるけど」
ばあちゃんは、ふふ、と笑ってる。
「ばあちゃんは、父さんがそれで、寂しくはなかったの?」
「まあ……寂しいか寂しくないかで言ったら、わが子にもお嫁さんにも碧くんにも、あまり会えないしね」
やっぱり、寂しかったのか……思っていると。
「でも別に……会えてないから繋がってない、てことはないから。それに碧くんがうちに、二年近くも住んでくれたし。あの時間は、大切な時間だったし」
「――」
「おじいさんも、私も、あの二年、本当に楽しかったからね」
そんな風に言われて―― それでもその後、オレ、全然帰って来れなかったけど。という言葉が浮かんだけれど。
ばあちゃんが、すごくニコニコ笑ってるから。
言わずに、飲み込んだ。