第10話 四人そろった
「さすが、慎ちゃん、よく分かったね」
「ほんとほんと。さすが」
芽衣と環がそんな風に言いながら、ひょこひょこ出てきて、近くにやってきた。
「つか、そもそもこんなとこに来る、知らない若い奴なんて、まず居ないし」
あくびをしながら、呆れたように言う、慎吾……らしきもの。
いや、だから、なんか……老けてない? 同じ年だろ?
「慎ちゃん、なんか髪型ひどくない? ひげもー!」
「しばらく依頼で作ってて、教室も休んでたし。外出なかった」
「うわーご飯どうしてたの?」
「少し前はばあちゃんが持ってきてくれてた」
「何日か会ってないって言ってたよ」
「家にあるもん、たまに食ってた」
「……倒れるよ?」
心底呆れたように言う芽衣。
……オレも今、めちゃくちゃ呆れている。
「なに、帰ってきたの? 碧」
自然と呼びかけられるけれど……誰って感じ。
「慎ちゃんがすごいから、碧くんが、引いてるよ」
クスクス笑って芽衣が言う。
「いつもはもっとちゃんとした人なんだけどねー。陶芸教室なんて、超人気だしさ」
環は、慎吾を庇ってるのか、そう言う。超人気……。この姿だと、ピンとこない。
「それで、依頼のは終わったの?」
「あぁ、終わった。んで、寝てたんだけど」
「皆、ばあちゃんちでご飯食べてる。慎ちゃんも行く?」
「あ、マジ? 行く」
オレには、この会話や、今のばあちゃんちが不思議でならないんだが、とりあえずこの三人には、当たり前のことらしい。慎吾は引き戸を閉めて、歩き出す。呆けてたオレを見て、「碧いくぞー」と言う。
……なんかこの言い方。思い出してきた。居たな、偉そうな奴……。
慎吾を連れて、ばあちゃんちに戻ると、皆が慎吾に、「またすごいかっこして」みたいなことを言ってる。それを聞いて、「また」なんだな、と納得。依頼で陶芸するなんてあるんだ。ああ、皿を作る、とかかな。
「しんちゃん、またなんかすごいね」
ばあちゃんもクスクス笑ってる。
「ばあちゃん、あとで風呂貸して。なんか昨日シャワーが壊れてさー」
慎吾が笑いながら言うと、ひとりのおじさんが「連絡しろよ、直しに行ってやんのに」と声を上げた。続く話の感じだと、どうやら水道屋さんらしい。
「え、じゃあ直してー。あ、ただで?」
「はー? 儲けてんだろ、払え」
「はーい」
なんて、軽口をたたいて笑ってるのを、端から見ている。
へー、儲けてんの? そうは見えないけど……とか失礼なことを思っていると。ばあちゃんが、食べ物を慎吾の前に並べていく。
「碧くんも手伝ってくれて作ったんだよ、たくさん食べて」
「ありがと、ばあちゃん」
……なんか、会話や、「ばあちゃん」の呼び方を聞いてると、こいつのばあちゃんみたいだな。と思いながら、オレに視線を向けてきた慎吾を見つめ返す。
「料理作れんの?」
「……手伝っただけ」
「昔も手伝ってたじゃん。そういえば。思い出した」
「……よく覚えてるな。それに、よくオレのこと分かったよな」
「面影あるし」
「あるか?」
小学二年と、二十七歳。おもかげ??
「高校ん時も見たし。あん時は法事だけで絡まなかったけど、こっちからは見てたから」
ああ。なるほど。途中でか。あーだから、芽衣と環も……。
「碧くんね、たまちゃんのこと、女の子だって記憶してたんだよー」
余計なことを言う芽衣に、慎吾は、へー、と頷きながら、食事。
「まあ……あの頃の環は女みたいだったからな。すぐでっかくなってたけど。髪型が良くねーよ、おかっぱってさ」
「あれは母さんの趣味だし」
環がちょっと反論し、はは、と笑う慎吾。
とても人の髪型について文句言える髪型じゃないと思うけど。今時そんな、絵に描いたようなぐーたらな外見……漫画でしか見ねーな。……田舎は身だしなみ、そこまで気にしないのか……??
「ばあちゃんとこ来て、碧の話とかたまにしてたし、環や芽衣ともたまに話してたし。話すと記憶って上書きされるだろ。忘れねーんだよ」
「そうだね、碧くんは、私たちの話を、誰ともしないだろうから、そうすると忘れちゃうよね。人の思い出ってそういうものな気がする」
「確かに。オレらは共有してたもんね」
慎吾と芽衣と環が、そんな風に言って、頷き合ってる。そういうもんかね、と曖昧に頷いていると。
「私たちが覚えてて、碧くんが覚えてないこといっぱいありそうだね。いる間、喋ろうよ。また遊ぼ」
芽衣がそんな風に言って、クスクス笑う。
遊ぶ、ねぇ。何年越しだか。曖昧に相槌を打ってると。
「お前、遊ぶかどうかはっきりしろよ。しゃべろうって言われてんだから、しゃべれ」
慎吾の言葉。かちん、とくる。
「――」
今更って感じ……の意味の言葉をフランス語でつぶやく。
つかもう、まわり、結構うるさくて、聞こえないだろうなと思いながら。
「……まあ、お前らは、仕事だろうし。合間、暇だったら」
そんな風に言いなおして、酒を一口。
「久しぶりに四人そろったねぇ」
ほのぼのと、嬉しそうに言うばあちゃん。
オレ的には、もう久しぶりすぎて。
感動ってよりは、戸惑いの方が大きいんだけど。
まあ……ばあちゃんが嬉しそうなら、いっか。なんて、思うけど。