第19章、静かな戦いの朝
夏の騒がしさが嘘のように、朝の空気は少しひんやりとしていた。
蝉の声も心なしか控えめになっていて、秋の気配がじわじわと忍び寄っている。
蒼は目覚ましが鳴るよりも前に目を覚ました。
ぼんやりと天井を見つめる数秒間――その間に、心の中で自分を落ち着ける。
(今日は……テスト本番だ)
長かったようで、あっという間だった夏休み。
あの別荘での勉強会、みんなとの時間、こはくとの特別な夜の出来事。
それらすべてが、蒼の中で大きな支えになっていた。
制服に着替え、リュックを肩にかけて家を出る。
朝の風が頬に心地よく当たり、少し背筋が伸びた気がした。
校門をくぐると、いつもより人の声が少なかった。
普段は賑やかな登校時間も、今日は緊張感のある沈黙が支配していた。
「……おはよ」
昇降口でこはくに声をかけられた。
彼女はいつもと変わらない笑顔で、けれど目の奥にはどこか引き締まった決意が宿っている。
「おはよう。……早いね、今日」
「うん。ちょっとだけ、黒板に公式とかまとめて書こうかなって思って」
「……さすがだな。こはくって、やっぱり努力家だよな」
「ふふ、褒めても何も出ないよ?」
二人で並んで階段を上がる。
その距離は、あの夜以降、少しだけ近づいた気がしていた。
教室に入ると、すでに美音と理玖が来ていて、各々ノートを広げていた。
「おっはよー! あ、蒼くん、こはくちゃん! 朝から仲良しね~♪」
「ち、ちが……! いや、そうでもあるけど……!」
「あらあら、動揺してる時点でアウトだよ?」
「お前、朝からテンション高いな……」
理玖が少し呆れたように笑いながら、蒼に参考書を見せる。
「ここ、見直しておいた方がいいかも。過去問だと何度も出てる」
「お、サンキュ。……やっぱ、理玖は頼れるな」
ふと、後ろのドアが静かに開いた。
入ってきたのは、天野凪――生徒会長で、物静かで凛とした存在感を持つ少女だった。
「おはようございます」
小さな声と共に、凪は自分の席に静かに座る。
誰に媚びるわけでもなく、ただ淡々と準備を始める姿に、教室の空気が少しだけ引き締まる。
「凪ちゃん、今日も一人で勉強してきたの?」
「ええ。……静かな方が集中できますので」
それだけを言って、また手元のノートに視線を戻す。
その姿に、美音がこっそり「相変わらずカッコいいなぁ……」と呟いた。
チャイムが鳴り、テストの開始が告げられる。
先生が黒板に「国語」と大きく書き、答案用紙を配り始める。
紙の擦れる音が、やけに大きく響く。
蒼は深呼吸をして、ペンを手に取る。
こはくも小さく頷いて、視線を前に向けた。
「では、始めてください」
その一言で、教室の空気が完全に変わった。
カリカリとペンの音が響き、誰もが真剣な表情で問題に向き合う。
夏の終わりに試される「努力の答え合わせ」。
蒼は、心の中でつぶやいた。
(絶対に、悔いのないように――)
昼休み。
みんなが弁当を開きながら、答案の話に花を咲かせる。
「やばかった~、古文。訳わかんなかったー!」
「ねぇ、ここの記述問題、どう書いた?」
「おれは……えっと、こういう感じで書いたけど……」
「わたし、完全にズレてるかも……!」
笑い混じりの会話の中に、安堵と疲労感が混ざっていた。
蒼はこはくと少しだけ目を合わせて、声をかける。
「……調子、どうだった?」
「うーん……悪くはなかったと思う。でも、まだあと2日あるしね」
「そうだな。気を抜かずに、最後まで行こう」
午後のテストも終わり、下校の時間。
いつもの放課後とは違い、どこか達成感と緊張が入り混じった空気。
「今日はこれで終わりだし、軽く反省会しない?」
美音の提案に、みんながうなずいた。
「そうだな。明日の教科、軽く予習してから帰るか」
「お泊まりはしないけど、また集まって勉強するのはありかも」
「蒼の家、また借りる?」
「ちょ、ちょっと待て! 俺の家、いつから学習塾になったんだよ!」
そんな冗談混じりの会話が飛び交いながら、みんなで帰り支度をする。
放課後の廊下に差し込む夕日が、みんなの背中を照らす。
明日も、明後日もテストは続く。けれど、もう一人じゃない。
蒼は少しだけ目を閉じて、深く息を吸った。
この静かな戦いの朝が、きっといつか「懐かしい」と笑える日になると信じて――
第19章でした。1日目のテストが終了!!みんな頑張れ!