第17章、秘密の夜、気配の距離
夜中。
みんなが寝静まったはずの蒼の家に、小さな物音が響いた。
蒼は布団の中で目を開け、ぼんやりと天井を見つめていた。
目が冴えて眠れない――理由は、なんとなく分かっていた。
(こはくと、ちゃんと話したいな……)
プールのときも、別荘でも、どこかぎこちない距離感が続いていた。
あの告白から、彼女が何を思っているのか、ずっと分からなかった。
喉の渇きを理由に布団を抜け出し、静かに階段を降りる。
リビングの明かりは消え、月明かりだけが薄く部屋を照らしていた。
「……あ」
冷蔵庫の前に、影が一つ。
「こはく……?」
「……蒼くん?」
ばったり目が合って、気まずそうに笑うこはく。
寝巻きのパーカーに短パンという、普段とは少し違う雰囲気。
「起こしちゃった?」
「いや、俺も喉渇いて起きただけ」
二人は軽く笑い合い、同じように麦茶を取り、カウンターに並んで腰掛けた。
深夜のキッチン。冷房の音が微かに響いている。
「……眠れなかったの?」
蒼が聞くと、こはくはうなずいた。
「うん。……ずっと、考えてて」
「……何を?」
「……この夏、いろんなことがあって、ね。蒼くんのこと、ちゃんと向き合わなきゃって思ってた」
そう言って、こはくは少しだけうつむいた。
蒼は、目をそらさずに見つめる。
「こはく、無理しなくていい。答えを急がせたくはないって思ってたけど……」
「ううん。もう、はっきりしてるの」
そう言って、こはくは蒼の方をまっすぐ見た。
「私ね、蒼くんのことが、好き。ずっと、友達としてしか考えてなかったけど……違った。もっと、もっと一緒にいたいって思うの。あのとき答えられなかったの、後悔してた」
その言葉は、まるで時間を止めたかのようだった。
蒼は、ただ静かに息を吸い、吐いた。
「……ありがとう。すっごく、嬉しい」
二人は顔を見合わせ、照れたように、でも心から笑った。
その笑顔に、ようやく本当の気持ちが重なった気がした。
「でもね」
こはくが声を潜める。
「まだ、みんなには内緒にしよう? いきなりだと、色々大変だから……」
「もちろん。俺たちのタイミングで、伝えればいいよ」
夜の静けさの中、手を繋ぐわけでも、何か劇的なことが起きたわけでもなかった。
けれど、その“少し近くなった距離”こそが、今の二人にとっては何よりの証だった。
外では、風が木の葉をさらさらと揺らしている。
その音を聞きながら、二人は少しのあいだ、何も言わずに並んで座っていた。
この“静かで、温かい夜”は、きっと、ずっと忘れない。
第17章でした。二人の夜の会話!よき!ここからどんどんどうなっていくのか