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恋の白狐  作者: にゃふ
14/52

第14章、ふたりの距離、花火の下で

――夏休み、残り4日。


いつの間にか、蝉の鳴き声も少し落ち着き始めていた。

楽しかった海辺の別荘での勉強会と、夜の海での告白――

その記憶は、まるで昨日のことのように鮮明で、けれど少しずつ夢のようにも感じる。


 


黒川蒼は、家の窓から外を見つめていた。

陽はまだ高いが、空の色はどこか秋の気配を含み始めている。

彼の手にはスマホ。画面には、あるひとつのメッセージが表示されていた。


 


「今日は夏祭り、ちゃんと浴衣着てくるんだよ?笑」

「駅前に18時集合ねっ。楽しみにしてる!」


 


差出人は、紡績こはく。


こはくと正式に付き合い始めて、まだ日が浅い。

あの夜の告白のあと、ふたりは静かに恋人としての一歩を踏み出した。

けれど――まだみんなには秘密にしている。


 


(変な風に思われたら困るし、ちゃんと伝えるタイミングも難しいし……)


蒼はひとつ深呼吸をして、浴衣の襟を整えた。

親から借りたシンプルな紺色の浴衣。帯の結び目は緩んでいないか、鏡で何度も確認する。


 


時計の針が17時半を指したとき、蒼は家を出た。


 


 ◇ ◇ ◇


 


駅前はすでにたくさんの人でにぎわっていた。

屋台の準備が進み、焼きそばやイカ焼きの香ばしい匂いが漂ってくる。

子どもたちの笑い声、風鈴の音、夏の音がそこかしこにあふれていた。


 


「……こはく、まだかな」


蒼が辺りを見回すと、風の向こうから声が聞こえた。


「蒼っ!」


 


振り返ったその先、浴衣姿のこはくが駆け寄ってくる。

淡い水色の浴衣には、小さな金魚の模様。髪は軽くまとめられ、耳元で小さな飾りが揺れていた。


 


「……めっちゃ、似合ってる」

蒼が呟くと、こはくは顔を赤らめて微笑んだ。


「ありがとう。蒼も似合ってるよ、すごく」

「子ども扱いされなくてよかった」


 


「ふふ、じゃあ、今日は“大人っぽい”蒼にエスコートしてもらおうかな」


こはくの笑顔に、蒼の胸は少しだけ高鳴った。


 


そこに、他のメンバーも合流する。

結愛は元気いっぱいのピンクの浴衣で登場し、美音は落ち着いた紫に金の帯。

理玖は涼しげな甚平姿で、凪は珍しく白地の浴衣を着ていた。


 


「ほらほら、射的行こうよ!」

「まずはかき氷でしょー!あたしブルーハワイね!」

「スイカ味って意外とおいしいんだよ」

「静かに並べば、すぐ買える」


 


にぎやかな時間の中、蒼とこはくはあえて目立たないように並んで歩いた。

けれど、ふと視線が合うと、どちらともなく小さく笑い合っていた。


 


「……ねえ、今日、ずっとこうしてたいね」

「うん。祭りって、やっぱり好きだな。なんか、特別な夜って感じ」


 


しばらくして、凪がぽつりと口にした。


「そろそろ、花火が始まるわ」


 


みんなは堤防沿いに移動し、それぞれ場所を確保して座る。

川風が浴衣をふわりと揺らし、空は少しずつ、夜の帳を落としはじめていた。


 


「……こっち、来ない?」


こはくがそっと蒼の袖を引く。

二人はみんなから少しだけ離れた場所に腰を下ろした。


 


そして、夜空に最初の一発が――


「たまやーっ!!」


ドーン、と空に開いた大輪の花。

赤、青、金、そして大きな菊のような花火が次々に打ち上がっていく。


 


「すごい……」

こはくが見上げながら、小さく呟く。


 


蒼はこはくの横顔をちらりと見た。

花火の光に照らされて、少しだけ儚く、それでいてまっすぐに輝いていた。


 


「……ねえ、蒼」


「ん?」


「これからも、こうして一緒にいられるよね?」


 


蒼は迷わず、静かに答えた。


「もちろん。……付き合ったからって、急に何かが変わるわけじゃないけど、俺は、こはくの隣にずっといたいって思ってる」


 


こはくは、そっと手を差し出した。


「じゃあ、こっそり握っててもいい?」


 


「……バレないように、な」


 


ふたりの手は、静かに重なった。

周りの喧騒とは別世界のように、そこだけがゆっくりと時を刻んでいた。


 


花火の音が、夜空に響くたびに、ふたりの心もまたひとつずつ、重なっていくようだった。


 


――それは、誰にも知られない、ふたりだけの特別な夜。


 


そしてきっと、夏の終わりを彩る最高の思い出になった。

第14章でした。なんと、夏祭りが始まりましたね!さて、もう学校がはじまる

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